5話 スミス警部の出発
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大西洋において、奇怪なる失踪をした海の豪華船クイーン・メリー号の行方については、ありとあらゆる捜査がこころみられた。勇敢なる英国海軍の偵察第十二戦隊は、大きな危険をおかして、荒浪激する洋上をすれすれに飛んだり、あるいはまた、雲一つない三千メートルの高空にのぼったりして、消えた巨船の行方をさがしもとめたけれど、なかなか思うようなてがかりがえられなかった。
駆逐艦六隻も、つづいて現場めがけて急行した。その一隻には、とくに英国警視庁の有名なる探偵スミス警部も乗っていた。
スミス警部は、出発にさきだって、警視総監から激励のことばをうけた。
「――なにしろ、世界一のクイーン・メリー号がどこへ消えたかわからないとあっては、わが大英帝国の国辱問題だ。巨船の行方がわからないうちは、ふたたびロンドンに帰ってこないつもりで、大いに任務をつくしてもらいたい」
「もちろんです、総監閣下。メリー号の竜骨をつかむためには、百ひろの底へもぐってもいいと思っています」
スミス警部は、決心のほどをかたくむすんだくちびるのあたりに見せて、総監の前をさがろうとした。
「スミス警部!」
と、総監はいすからたちあがって、スミスにかたい握手をもとめ、そして声をひくくしてささやくようにいった。
「これは、大秘密なんだが、聞くところによると、ちかごろ大西洋方面から怪しい電波がときどきとびだしてくるそうだ。何者が打つのか、まだ正体はしかとわからないが、大いに気をつけたがいい」
「怪しい電波ですって。無線電信ですか、無線電話ですか」
「それはどっちともわからないんだ。暗号電信のようでもあり、また人間の声のようでもある。なにしろ海軍当局――いや、某所で受信した度数も少ないので、正体なんかハッキリしていない。とにかくきみのあたまのどこかに、そのことをしまっておいてくれたまえ」
「ハア、かしこまりました」――
今スミス警部は、駆逐艦の艦橋から暗い海面をじっと見やりながら、総監から餞別にもらったこの言葉を、いくども胸のなかにくりかえしひろげていた。夜目にも、潮が白く歯を見せてほえているのがわかった。
「この暗い海を見ていると、千尋の底には、きっとおどろくべき秘密がかくされているように思えてくるんだ。船にのりつけないじぶんの気まぐれかしら」
スミス警部は、首にかけた双眼鏡のつり革をいじりながら、ひとりごとをいった。
そのとき、タラップを当直の水兵がトコトコと靴音をさせてあがってきた。
「――おォーイ、スミス警部どのォ。警部どのォ」
警部はその声に気がついた。
「オーイ。ここにいますよォ」
水兵は、その声をたよりにかけあがってきた。
「ただいま、あなたあてに本国から電信がきていますよ。すぐいっしょに艦長室まで来てください」
「おお、そうですか。よろしい。いま行きます」
なにごとだろうと思って、スミス警部は大急ぎで艦橋をおりていった。
艦長は一通の電信紙をテーブルの上において、スミスのくるのを待っていた。
「おお、これは総監閣下からの命令です」
スミスは、じっと、文面に見入った。
「なになに、メリー号とすれちがったはずのルゾン号が、ロンドンに向かうのを中止して、現場にひきかえすから、ルゾン号に乗りかえて捜査しろ――という命令か、いや、これはおもしろくなってきた」
警部はなにか事の起こるのを予想しているらしく、ひとり大きくうなずくのであった。