52話 借りた恩
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クーパー事務長は、しきりに長良川博士を説いて、海底大陸からの脱走をすすめるのであった。それも、むりならぬことだった。クイーン・メリー号がもしふたたび海上に浮かべば、その恩人は長良川博士であった。だからその恩人を、今後一年も、この海底大陸におきばなしにしておくには忍びないから、英空海軍の手をかりて、恩人長良川博士を助けださねば相すまぬと思っているのだった。
「いや、クーパーさん。わたしのことなら心配は無用です」
と長良川博士は、言下にこたえた。
「わたしはやはりこの海底大陸にこの一年間を暮らします。約束はやっぱり約束ですからなあ」
「約束といっても、人間同士の約束ではなく、相手はばけものじゃありませんか。博士、ぼくたちといっしょに逃げることにしてください」
「いや、なりません。相手が人間でないばけものであればこそ、わたしたちは細心の注意をし、そして、約束をまもらねばならない。さもないときは、――」
といって、博士はぐっと口をつぐんだ。
「さもないときは――どうしたというのですか」
「クーパーさん。どうしてもここは平和的解決が必要ですぞ。わたしは人類の幸福のためにそういうのです」
「わかりました。博士、あなたは、あまりにこのばけものを恐れすぎているのです。しかしわが英国の空海軍はすばらしく強い」
クーパーはいった。
「なんとあなたがいおうとも、わたしはここにのこる決心です。わたしは信義を第一に重んじるよう教育されてきたのです」
と、博士はきっぱりこたえた。
「そうですか。しかしそれはあまりにもおろかな義理だてというものです。ぼくはどうしても恩人たる博士をすくいださずにはいられない」
責任の大きいクーパーは、またかれの信ずるところを、どこまでもかえようとはしなかった。
そのとき、ロロー殿下の大きなマスクがこっちへゆらいでくるのが見えたので、ふたりは共にだまってしまった。
「長良川博士。父は、あなたがたが同意してくだすったので、すこぶるまんぞくの意を表しました。それでは、わたしどもはすぐ用意にかかって、今から四時間後には、メリー号を大西洋上におもどしするようにはからいます」
「ロロー殿下、承知しました。今から四時間のちというと――」
と博士は時計を見て、
「おお、大西洋上は夜にはいったばかりの時刻になりますね」