福翁自伝 02 福翁自伝

13話 福翁自伝 02 福翁自伝(13)

1,560字 約3分 2017年6月15日 公開

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欧羅巴各国に行く

 私が亜米利加(アメリカ)から帰(かえっ)たのは万延元年、その年に華英通語(かえいつうご)と云うものを飜訳して出版したことがある。是(こ)れが抑(そもそ)も私が出版の始まり、先(ま)ずこの両三年間と云うものは、人に教うると云うよりも自分で以(もっ)て英語研究が専業であった。所が文久二年の冬、日本から欧羅巴(ヨーロッパ)諸国に使節派遣と云うことがあって、その時に又私はその使節に附て行かれる機会を得ました。この前亜米利加に行く時には私(ひそか)に木村摂津守(きむらせっつのかみ)に懇願して、その従僕と云うことにして連れて行(いっ)て貰(もらっ)たが、今度は幕府に雇われて居て欧羅巴行(ゆき)を命ぜられたのであるから、自(おのず)から一人前(いちにんまえ)の役人のような者になって、金も四百両ばかり貰(もらっ)たかと思う。旅中は一切官費で、只(ただ)手当として四百両の金を貰たから、誠に世話なし。ソコで私は平生(へいぜい)頓(とん)と金の要(い)らない男で、徒(いたずら)に金を費すと云(い)うことは決してない。四百両貰たその中で百両だけ国に居(お)る母に送(おくっ)てやった。如何(いか)にも母に対して気の毒だと云うのは、亜米利加(アメリカ)から帰(かえっ)てマダ国へ親の機嫌を聞きに行(ゆ)きもせずに、重ねて欧羅巴(ヨーロッパ)に行くと云うのだから、如何(いか)にも済まない。而已(のみ)ならず私が亜米利加旅行中にも、郷里中津の者共が色々様々な風聞(ふうぶん)を立てゝ、亜米利加に行(いっ)て彼(か)の地で死んだと云い、甚(はなは)だしきに至れば現在の親類の中の一人(ひとり)が私共の母に向(むかっ)て、誠に気の毒な事じゃ、諭吉さんもとう/\亜米利加で死んで、身体(からだ)は醢(しおづ)けにして江戸に持(もっ)て帰たそうだなんと、威(おど)すのか冷(ひやか)すのかソンな事まで云(いっ)て母を嬲(なぶっ)て居たと云うような事で、是(こ)れも時節柄(がら)で我慢して黙(だまっ)て居るより外(ほか)に仕方(しかた)がないとして居ながら、母に対しては如何(いか)にも気が済まない。金をやったからと云てソレで償(つぐな)える訳(わ)けのものではないけれども、マア/\百両だの二百両だのと云う金は生れてから見たこともない金だから、ソレでも送て遣(や)ろうと思て、幕府から請取(うけとっ)た金を分(わ)けて送りました。

 それから欧羅巴に行くと云うことになって、船の出発したのは文久元年十二月の事であった。この度(たび)の船は日本の使節が行(ゆ)くと云う為(た)めに、英吉利(イギリス)から迎船(むかいぶね)のようにして来たオーヂンと云う軍艦で、その軍艦に乗(のっ)て香港(ホンコン)、新嘉堡(シンガポール)と云うような印度(インド)洋の港々(みなとみなと)に立寄り、紅海に這入(はいっ)て、蘇士(スエズ)から上陸して蒸気車に乗て、埃及(エジプト)のカイロ府に着(つい)て二晩(ふたばん)ばかり泊り、それから地中海に出て、其処(そこ)から又船に乗て仏蘭西(フランス)の馬塞耳(マルセイユ)、ソコデ蒸汽車に乗て里昂(リオン)に一泊、巴里(パリ)に着て滞在凡(およ)そ二十日、使節の事を終り、巴里を去て英吉利(イギリス)に渡り、英吉利から和蘭(オランダ)、和蘭から普魯西(プロス)の都の伯林(ベルリン)に行き、伯林から露西亜(ロシア)のペートルスボルグ、夫(そ)れから再び巴里に帰(かえっ)て来て、仏蘭西から船に乗(のっ)て、葡萄牙(ポルトガル)に行き、ソレカラ地中海に這入(はいっ)て、元の通りの順路を経(へ)て帰て来たその間の年月は凡(およ)そ一箇年、即(すなわ)ち文久二年一杯、推詰(おしつまっ)てから日本に帰て来ました。

 扨(さて)今度の旅行に就(つい)て申せば、私もこの時にはモウ英書を読み英語を語ると云(い)うことが徐々(そろそろ)出来て、夫(そ)れから前に申す通りに金も聊(いささ)か持(もっ)て居るその金は何も遣(つか)い所はないから、只(ただ)日本を出る時に尋常一様の旅装をした丈(だ)けで、その当時は物価の安い時だから何もそんなに金の要(い)る訳(わ)けがない、その余(あまっ)た金は皆携(たずさ)えて行て竜動(ロンドン)に逗留中、外(ほか)に買物もない、唯(ただ)英書ばかりを買て来た。是(こ)れが抑(そもそ)も日本へ輸入の始まりで、英書の自由に使われるようになったと云うのも是(こ)れからの事である。

 夫(そ)れから彼の国の巡回中色々観察見聞したことも多いが、是(こ)れは後の話にして、先(ま)ず使節一行の有様(ありさま)を申さんに、その人員は、

竹内下野守(たけのうちしもつけのかみ)正使松平石見守(まつだいらいわみのかみ)副使京極能登守(きょうごくのとのかみ)御目付柴田貞太郎(しばたさだたろう)組頭日高圭三郎(ひたかけいざぶろう)御勘定福田作太郎(ふくださくたろう)御徒士目付水品楽太郎(みずしならくたろう)調役岡綺藤左衛門(おかざきとうざえもん)同高嶋祐啓(たかしまゆうけい)御医師但し漢方医なり川崎道民(かわさきどうみん)雇医益頭駿次郎(ましずすんじろう)御普請役上田友助(うえだゆうすけ)定役元締森鉢太郎(もりはちたろう)定役福地源一郎(ふくちげんいちろう)通弁立広作(たちこうさく)同太田源三郎(おおたげんざぶろう)同斎藤大之進(さいとうだいのしん)同心高松彦三郎(たかまつひこさぶろう)御小人目付山田八郎(やまだはちろう)同松木弘安(まつきこうあん)反訳方箕作秋坪(みつくりしゅうへい)同福澤諭吉(ふくざわゆきち)同

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