春昼

15話 十五

1,474字 約3分 2006年8月26日 公開

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「眉の太い、(いか)(ばな)のがあり、(ひたい)の広い、(あご)(とが)った、下目(しため)(にら)むようなのがあり、仰向(あおむ)けざまになって、頬髯(ほおひげ)の中へ、煙も出さず葉巻を突込(つッこ)んでいるのがある。くるりと尻を引捲(ひんまく)って、扇子(せんす)で叩いたものもある。どれも浴衣(ゆかた)がけの下司(げす)()いが、その中に浅黄(あさぎ)兵児帯(へこおび)結目(むすびめ)をぶらりと二尺ぐらい、こぶらの(あたり)までぶら下げたのと、緋縮緬(ひぢりめん)扱帯(しごき)をぐるぐる巻きに胸高(むなだか)沙汰(さた)(かぎり)。前のは御自分ものであろうが、扱帯(しごき)の先生は、酒の上で、小間使(こまづかい)のを分捕(ぶんどり)の次第らしい。

 これが、不思議に客人の気を悪くして、入相(いりあい)の浪も物凄(ものすご)くなりかけた折からなり、あの、赤鬼(あかおに)青鬼(あおおに)なるものが、かよわい人を冥土(めいど)引立(ひきた)てて()くようで、思いなしか、引挟(ひきはさ)まれた御新姐(ごしんぞ)は、何んとなく物寂(ものさび)しい、(こころよ)からぬ、滅入(めい)った容子(ようす)に見えて、ものあわれに、命がけにでも其奴(そいつ)らの中から救って()りたい感じが起った。家庭の様子もほぼ知れたようで、気が()める、と言われたのでありますが、貴下(あなた)、これは無理じゃて。

 地獄の絵に、天女が天降(あまくだ)った(ところ)を描いてあって御覧なさい。餓鬼(がき)が救われるようで(とうと)かろ。

 蛇が、つかわしめじゃと申すのを聞いて、弁財天(べんざいてん)を、ああ、お気の毒な、さぞお気味が悪かろうと思うものはありますまいに。迷いじゃね。」

 散策子はここに少しく腕組みした。

「しかし何ですよ、女は、自分の()れた男が、別嬪(べっぴん)の女房を持ってると、嫉妬(やく)らしいようですがね。男は反対です、」

 と(いささ)か論ずる口吻(くちぶり)

「ははあ、」

「男はそうでない。惚れてる婦人(おんな)が、小野小町花(おののこまちのはな)大江千里月(おおえのちさとのつき)という、対句(ついく)通りになると安心します。

 唯今(ただいま)の、その浅黄(あさぎ)兵児帯(へこおび)緋縮緬(ひぢりめん)扱帯(しごき)と来ると、()と考えねばならなくなる。耶蘇教(やそきょう)の信者の女房が、(しゅ)キリストと抱かれて寝た夢を見たと言うのを聞いた時の心地(こころもち)と、回々教(フイフイきょう)魔神(ましん)になぐさまれた夢を見たと言うのを聞いた時の心地(こころもち)とは、きっとそれは違いましょう。

 どっち(みち)(うれし)くない事は知れていますがね、前のは、()ず先ずと我慢が出来る、(あと)のは、堪忍(かんにん)がなりますまい。

 まあ、そんな事は()いて、何んだってまた、そう言う不愉快な人間ばかりがその夫人を取巻いているんでしょう。」

「そこは、玉脇(たまわき)がそれ(くわ)(つか)(つえ)()いて、ぼろ半纏(ばんてん)(ひっ)くるめの一件で、ああ()って大概(たいがい)な華族も及ばん暮しをして、交際にかけては銭金(ぜにかね)(おし)まんでありますが、(なさけ)ない事には、遣方(やりかた)遣方(やりかた)ゆえ、身分、名誉ある人は(よッ)つきませんで、悲哉(かなしいかな)その段は、如何(いかが)わしい連中ばかり。」

「お待ちなさい、なるほど、そうするとその夫人と言うは、どんな身分の人なんですか。」

 出家はあらためて、打頷(うちうなず)き、かつ(しわぶき)して、

「そこでございます、御新姐(ごしんぞ)はな、年紀(とし)は、さて、(たれ)が目にも大略(たいりゃく)は分ります、先ず二十三、四、それとも五、六かと言う(ところ)で、」

「それで三人の母様(おっかさん)? 十二、三のが(かしら)ですかい。」

(いいえ)、どれも実子(じっし)ではないでございます。」

「ままッ()ですか。」

「三人とも先妻が産みました。この先妻についても、まず、(ひと)くさりのお話はあるでございますが、それは余事(よじ)ゆえに申さずとも(よろ)しかろ。

 二、三年前に、今のを迎えたのでありますが、此処(ここ)でありますよ。

 何処(どこ)の生れだか、育ちなのか、誰の娘だか、妹だか、皆目(かいもく)分らんでございます。貸して、かたに取ったか、出して買うようにしたか。落魄(おちぶ)れた華族のお姫様じゃと言うのもあれば、分散した大所(おおどこ)娘御(むすめご)だと申すのもあります。そうかと思うと、(はく)のついた芸娼妓(くろうと)に違いないと申すもあるし、(えら)いのは高等淫売(いんばい)(あが)りだろうなどと、(はなはだ)しい沙汰(さた)をするのがござって、(とん)と底知れずの池に()む、ぬしと言うもののように、素性(すじょう)が分らず、ついぞ知ったものもない様子。」

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