阿難と呪術師の娘

3話 第四場 その三

4,399字 約9分 2021年3月1日 公開

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(老女、毛綱を押し頂き懸命に呪文を唱える。阿難、体の竦(すく)み来るにつれ、極力反抗して手足をもがく様子。)

阿難 ――苦なる哉(かな)。苦なる哉。わたしは遂(つい)に妖術に縛られて生ながら青銅の像となる。この生恥(いきはじ)はまだ堪えよう。出家の身として、衆生(しゅじょう)の眼へ逆に妄執(もうしゅう)の姿となって永劫に留まることの恐ろしさ。あわれなるわたしである。果報拙(つたな)きわたしである。天晴れ仏果を得て人中の芬陀利華(ふんだりけ)と咲くことを望んだ身が、畜生も蹄(ひづめ)を避ける醜草と変るのだ。老女よ! 娘よ! お身等に若(も)したった一雫の情があらば、どうか茲(ここ)から私を逃がして呉れ、わたしにこの場を去らして呉れ。

(老女は用捨なく娘と阿難を一体にして毛綱で捲きにかかる。娘は反狂乱の態になり老女の前に立ち閉(ふさ)がる。)

娘 ――お母様! わたしは嬉しい。わたしは辛(つら)い。わたしはどうしたら宜(よ)いのでしょう。わたしは阿難様と一緒に縛られ度い。阿難さまを逃がしても上げ度い。おお、わたしのこの二つの心。お母さま、わたしはどうしたら宜いのでしょう。

(老女涙をこぼす。)

老女 ――わたしにももう分らぬ。祷(いの)りは毛綱に移った。毛綱は蛇の様に生きて来た。

(若き美僧の阿難と清艶な娘とが狂いもつれながら、黒蛇のような毛綱に捲き上げられて行く。それはギリシャの彫像ラオコンが現わす苦痛美に、若さとなまめきを添えたものである。)

(阿難、急に思い付きたる様子にて呼び声を挙げる。)

阿難 ――おお師よ。わが師よ。祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)に在す釈迦牟尼(しゃかむに)仏よ。あなたのあわれな弟子は、今危難の淵に溺(おぼ)れかかって居ます。恥辱(ちじょく)の縄に亡びかかって居ります。どうぞ憫(あわ)れなこの声をお聴き取り下さい。お救い下さい。南無祇園精舎に在すわが師釈迦牟尼世尊よ!

娘 ――阿難さま! お母様!

(二人の呼び声が響き合い、嗄(かす)れ疲れ、細り行く間に、舞台、徐々に暗くなり、終(つい)に暗転。)

(舞台一面月夜の空の気持。正面に大きな雲の形あり。雲の中央に仏陀の弟子にて神通第一の目連(もくけんれん)が僧衣の姿で立って居る。これに従って護法の諸天、神将達が絢爛(けんらん)なる武装にて控え居る。)

目連 ――阿難奴。またしくじったな。ははははは。今度は本当に弱って居るらしいぞ。

諸天のA ――何しろあの男は生れが上品だし、年は若いし。きりょうはよし。その上心根が優にやさしいと来て居る。女に思いつかれる資格はみんな揃(そろ)って居る。どうしたって女難(じょなん)はまぬかれぬ処だ。

神将のA ――僧侶で美男は罪作りだ。自分から女を迷わせて置いて、迷ってはいけないというのだからな。

諸天のB ――丁度店先きの拵(こしら)えものの菓子の見本のようなものだ。喰べたがらして置き乍ら、いざ取って喰べようとなると歯にかっちりだ。女ならずとも誰でもまごつくに極(きま)って居る。

神将のB ――それに引かえ俺達は安心なものだ。どう見ても女子供の寄り付く柄ではない。

諸天のA ――だから仏様が、ちゃんと箝(は)まった役をふって下さる。

神将のB ――鎧(よろい)甲冑(かぶと)に身を固め、男女の仲を割(さ)きに行く。法の為とは云いながら、随分野暮(やぼ)な役割だ。

目※騒いで居る。

諸天のB ――阿難の弱った姿がまた美しい。あれは騒げば騒ぐほど美しくなる。だから娘もいよいよやり切れまいて。

神将のC ――われ等の教主釈迦牟尼世尊は美しくまします。美しい分量の多いことにかけては、到底阿難輩の及ぶ処では無い。世尊のお姿は見て居るだけで四六時中飽く事が無い。これはどういう訳なのです、目連さん。

目連 ――世尊の美しさは女とか男とかいうものの美しさではない。生命そのものの美しさでまします。人間中のあらゆる美しさを蒐(あつ)めて、漉(す)き浄めた美しさだ。あれを拝めば人間の理想に対する求願(ぐがん)を強められる。高きもの、第一義のものに対して、はっきりした目標を定めさして頂ける。仲々恋とか愛とかいう、感情に引掛る程度の美しさでは無い。むしろそういう感情を沈澱(ちんでん)させてその上に澄む生命の上水を汲まして頂ける美しさなのだ。

神将のB ――して見ると阿難の美しさは感情を攪(か)きまわす器械でお釈迦さまの美しさは感情の水漉(こ)し器械だ。阿難の器械はそこらにざらにあるが、世尊の器械は専売特許だ。

諸天のA ――いくさの途中だ。無駄な洒落(しゃれ)を云うのは止せ。

目連 ――阿難の肌には、まだ生命の盛り切れない窪(くぼ)んだ部分がある。その窪みに男女の慾情の爪(つめ)が引っ掛るのだ。世尊のおん肌は、張り切った生命の一枚板だ。何と爪の立てよう処もない。

神将のA ――時に今日のいくさは何ういう具合になるのです。

目※はちと難しくなるかも知れぬ。

(空中の場面に於ける目連その他諸天神将達が雲の上にて台詞(せりふ)を交し居るうちにも、背景の夜の空はキネオラマ式に移り動き、恰(あたか)も舞台の人物とそれらを乗せたる雲が空中を飛揚し行くような錯覚を起さしめる。そして台詞終りし時舞台は暗転。)

(再び呪術師の老女の部屋、既に阿難と娘は毛綱にて縛り上げられ、引据えられて居る。老女はすっかり魔女の姿に変貌して居る。)

老女 ――石か青銅か。石か青銅か。

娘 ――(細れる声にて。)お母さま。待って下さい。

老女 ――石か青銅か、さあどっちだ。どっちなと望みどおり祈り固めて呉れよう。

娘 ――わたしが悪う御座いました。阿難さまを許して上げて下さい。

老女 ――(少しあきれて)え! 何だと?

娘 ――阿難さまの、世にも悲し相なお姿を見て、わたしはもう堪えられませぬ。自分の情を張り切る力は御座いませぬ。どうか阿難さまを許して上げて下さい。

老女 ――馬鹿な事を。呪術の誓いは縒(よ)りを戻すことは出来ないのだ。たって一人を許すにした処で、他の一人は誓い通り行うのが呪術の法だ。阿難を許せば、お前は一人で呪いを受けねばならないのだぞ。

娘 ――わたしは石になと青銅になとなります。ですからどうぞ、阿難さまは逃がして上げて下さい。

阿難 ――(同じく弱れる声にて)いや、娘さん。わたしはもう覚悟を極めて居る。どうせ仏果に拙(つたな)く生れついた身の上、石になりと青銅になりとなり、この身、この因果を思い捨てます。あなたはあくまで生き延びなさい。だがこれに懲(こ)りて必ず二度と男を恋うるような事はなさるなよ。

娘 ――そのお言葉を聞くにつけ、いよいよあなたがおいたわしゅう存じます。どうぞわたくしを呪いの犠牲にして下さいまし。

阿難 ――いやわたしが呪いの犠牲になります。

老女 ――相変らずつべこべとうるさい奴等だ。一体どうなのだ、早くしろ。

阿難 ――(少し考えて居たが、やがて屹(きっ)と顔を上げて、語気も強まり)娘さん!

娘 ――はい。

阿難 ――わたしはどうやら、女の真ごころというものが分りかけて来たような気がする。あなた自身を殺してまでわたしの身をひたすら庇(かば)おうとする。あなたのその厚い情が身にしみて来たようです。

娘 ――(声いきいきと)まあ阿難さま。それは本当で御座いますか。

阿難 ――わたしに今生れたこの心持は、あなたのいう恋とかいうものとは違うかも知れない。しかしそれに可成り近いものだとは想像がつきます。

娘 ――わたくしは嬉しくて死に相で御座います。

阿難 ――わたしはひたすらあなたが有難くなった。が、この気持はわたしが俗の身であった時、生みの母に対して抱いた、あのなつかしみとも親しみとも違う――。

娘 ――阿難さま。わたくしを信じて下さいまし。

阿難 ――この不思議ななつかしさ、親しみ――。わたしがこの心持であなたと一体の像になったら、後々これを見る人も、そう悪い感じは起しますまい。

娘 ――おお、何という嬉しいお言葉、さ、阿難さま。ではこのまま二人一緒に呪われましょう。

(阿難うなずきて覚悟。この時空中に激しき鳴響あり、それが終ると大音声にて目連呼ばわる。)

目連 阿難よ。師の世尊がお呼びであるぞ。

(目連の声が聞ゆると同時に、阿難と娘を縛めたる毛綱おのずと断れ落つ。阿難、夢の醒めたる様子にてよろよろ立上る。)

阿難 ――おお、あれは目連どのの声だ。わたしは救われる。(声の方を仰ぎ)目連どの、阿難は茲に居る。

娘 ――只今の頼母(たのも)しきお言葉に引き換え、そのお気色はどうした事で御座います。阿難さま、あなたはお一人でお逃げ遊ばす気におなりなされましたか。

(娘、阿難に縋り付く。阿難、娘を振り捨てるとにはあらねど、心は既に彼方に在る様子。)

阿難 ――世尊のみ弟子の中に在って神通第一と呼ばれたる目連どの。わたしは今、危い淵の岸に在る。早くおん身の神通力によって救って下さい。救って下さい。(阿難、無我夢中に、空へ駆昇らん擬勢を示す。娘、いよいよ執念く取り縋る。)

娘 ――阿難さま。あなたの行く処へわたくしも行きます。どうぞ何処へなり、一緒にお連れなすって下さいまし。

(二人はもがく。二人の前に老女立ちふさがり、空を睨(にら)み乍ら。)

老女 ――呪いは意志なのだ。正邪の判断を寄せ付けぬ石火矢なのだ。呪いは遂げることより外何物も知らぬ。呪いはただ貫く為に在る。これを妨(さまた)げようとするものは禍(わざわ)いなるかな。矢は遂に汝(なんじ)の身に立とう。たとえ仏の使いなりとも、神通第一の修行者なりとも用捨はない。おお、世の中にありとあらゆる障碍(しょうがい)よ、災危よ、危険よ、病弊よ、欠陥よ。また人の心に巣喰うありとあらゆる嫉妬(しっと)よ、害心よ、欺きよ、野望よ。そなた達の大事な武器の呪いは今壊(やぶ)り損(そこな)われようとして居るのだ。汝等みな生物の形をとって、この一期の戦いに味方となって呉れ。

目連 ――阿難よ。早く来るが宜い、世尊のお召だ。

(目連の再度の言葉をきっかけに、阿難、娘に取り縋られたまま、宙釣りになって空中へ上って行く。之を目がけて老女口より赤紅(しんく)の焔を長く吐き上げる。)

 再び空中の場。舞台装置第五場の時と同じ。ただ違うのは背景の空の動きによりて雲が上手へ進み行く趣きを見せたるに、この場合に於ては雲が下手へ帰り行く様子を見せる。雲の奥の一端に、目連、阿難を庇(かば)うて立ち居る。阿難は腕を拱(こまね)き坐り居る。その袖に娘は縋った儘。雲の中央にて護法の諸天善神達と、呪いの方の眷属(けんぞく)等と戦う。

 法を護る諸天善神達は絢爛(けんらん)なる甲冑に槊(ほこ)、剣、戟、金剛杵(こんごうしょ)、弓箭(ゆみや)にて働く。或は三面に八臂(はっぴ)なるあり、或は一面に三眼を具するもある。

 呪いの方の眷属は多く妖艶なる美女の姿を装うて居る。侏儒(しゅじゅ)や獣身のものを交ゆ。彼等の武器に使うものは現代の婦人の使う面紗(ヴェール)に似て居り、または天平の婦人のヒレに似て居る一種の長絹である。各七色に染め分けられたるその一片を持つ。長絹はその性、これに触るるものに纏縛(てんばく)し、相手の力を吃(しぶ)らせ、萎(な)え痺(しび)らせ、焦慮させる技能がある。

 両者の戦いの有様を見ると、それは一見闘争である。然しよく見ると、それは闘争の形を執った巧妙な舞踊であるのに気付く。地上より、また天界より音楽あって、この不思議な舞踊の節奏を培養して居る――右の場面暫らく続く――。

 そのうち呪いの眷属達は諸天善神達に打ち敗かされ、一人々々雲の上より突き落され、遂に掃蕩され尽す。

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