高野聖

25話 二十五

1,336字 約3分 1999年1月30日 公開

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「ただ一筋(ひとすじ)でも巌を越して男滝(おだき)(すが)りつこうとする形、それでも中を(へだ)てられて末までは(しずく)も通わぬので、()まれ、揺られて(つぶ)さに辛苦(しんく)()めるという風情(ふぜい)、この方は姿も(やつ)(かたち)も細って、流るる音さえ別様に、泣くか、(うら)むかとも思われるが、あわれにも優しい女滝(めだき)じゃ。

 男滝の方はうらはらで、石を砕き、地を(つらぬ)(いきおい)、堂々たる有様(ありさま)じゃ、これが二つ(くだん)の巌に当って左右に分れて二筋となって落ちるのが身に()みて、女滝の心を砕く姿は、男の膝に取ついて美女が泣いて身を(ふる)わすようで、岸に居てさえ体がわななく、肉が(おど)る。ましてこの水上(みなかみ)は、昨日(きのう)孤家(ひとつや)婦人(おんな)と水を浴びた処と思うと、気のせいかその女滝の中に絵のようなかの婦人(おんな)の姿が歴々(ありあり)、と浮いて出ると巻込まれて、沈んだと思うとまた浮いて、千筋(ちすじ)に乱るる水とともにその(はだえ)()に砕けて、花片(はなびら)が散込むような。あなやと思うと更に、もとの顔も、胸も、乳も、手足も(まった)き姿となって、浮いつ沈みつ、ぱッと刻まれ、あッと見る間にまたあらわれる。(わし)(たま)らず真逆(まっさかさま)に滝の中へ飛込んで、女滝をしかと抱いたとまで思った。気がつくと男滝の方はどうどうと地響(じひびき)打たせて。山彦(やまびこ)を呼んで(とどろ)いて流れている。ああその力をもってなぜ救わぬ、(まま)よ!

 滝に身を投げて死のうより、(もと)孤家(ひとつや)へ引返せ。(けが)らわしい欲のあればこそこうなった上に躊躇(ちゅうちょ)するわ、その顔を見て声を聞けば、かれら夫婦が同衾(ひとつね)するのに(まくら)を並べて差支(さしつか)えぬ、それでも汗になって修行をして、坊主で果てるよりはよほどのましじゃと、思切(おもいき)って戻ろうとして、石を放れて身を起した、背後(うしろ)から一ツ背中を(たた)いて、

(やあ、ご坊様(ぼうさま)。)といわれたから、時が時なり、心も心、後暗(うしろぐら)いので喫驚(びっくり)して見ると、閻王(えんおう)使(つかい)ではない、これが親仁(おやじ)

 馬は売ったか、身軽になって、小さな包みを肩にかけて、手に一()(こい)の、(うろこ)金色(こんじき)なる、溌剌(はつらつ)として尾の動きそうな、(あたら)しい、その(たけ)三尺ばかりなのを、(あぎと)(わら)を通して、ぶらりと提げていた。何んにも言わず急にものもいわれないで(みまも)ると、親仁(おやじ)はじっと顔を見たよ。そうしてにやにやと、また一通りの笑い方ではないて、薄気味(うすきみ)の悪い北叟笑(ほくそえみ)をして、

(何をしてござる、ご修行の身が、このくらいの(あつさ)で、岸に休んでいさっしゃる分ではあんめえ、一生懸命(いっしょうけんめい)歩行(ある)かっしゃりや、昨夜(ゆうべ)(とまり)からここまではたった五里、もう里へ行って地蔵様を拝まっしゃる時刻じゃ。

 何じゃの、(おら)が嬢様に(おもい)(かか)って煩悩(ぼんのう)が起きたのじゃの。うんにゃ、(かく)さっしゃるな、おらが目は赤くッても、白いか黒いかはちゃんと見える。

 地体(じたい)(なみ)のものならば、嬢様の手が(さわ)ってあの水を振舞(ふるま)われて、今まで人間でいようはずがない。

 牛か馬か、猿か、(ひき)か、蝙蝠(こうもり)か、何にせい飛んだか()ねたかせねばならぬ。谷川から上って来さしった時、手足も顔も人じゃから、おらあ魂消(たまげ)たくらい、お前様それでも感心に(こころざし)堅固(けんご)じゃから助かったようなものよ。

 何と、おらが()いて行った馬を見さしったろう。それで、孤家(ひとつや)へ来さっしゃる山路(やまみち)富山(とやま)反魂丹売(はんごんたんうり)()わしったというではないか、それみさっせい、あの助平野郎(すけべいやろう)、とうに馬になって、それ馬市で(おあし)になって、お(あし)が、そうらこの鯉に化けた。大好物で晩飯の菜になさる、お嬢様を一体何じゃと思わっしゃるの)。」

 (わたし)は思わず(さえぎ)った。

「お上人(しょうにん)?」

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