高野聖

9話

1,233字 約2分 1999年1月30日 公開

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「およそ人間が滅びるのは、地球の薄皮(うすかわ)が破れて空から火が降るのでもなければ、大海が押被(おっかぶ)さるのでもない、飛騨国(ひだのくに)樹林(きばやし)が蛭になるのが最初で、しまいには(みんな)血と泥の中に筋の黒い虫が泳ぐ、それが(だい)がわりの世界であろうと、ぼんやり。

 なるほどこの森も入口では何の事もなかったのに、中へ来るとこの通り、もっと奥深く進んだら()や残らず立樹(たちき)の根の方から()ちて山蛭になっていよう、助かるまい、ここで取殺される因縁(いんねん)らしい、取留(とりと)めのない考えが浮んだのも人が知死期(ちしご)(ちかづ)いたからだとふと気が付いた。

 どの道死ぬるものなら一足でも前へ進んで、世間の者が(ゆめ)にも知らぬ血と泥の大沼の片端(かたはし)でも見ておこうと、そう覚悟(かくご)がきまっては気味の悪いも何もあったものじゃない、体中珠数生(じゅずなり)になったのを手当(てあたり)次第に()()け《むし》り()て、抜き取りなどして、手を挙げ足を踏んで、まるで(おど)り狂う形で歩行(ある)き出した。

 はじめの(うち)一廻(ひとまわり)も太ったように思われて(かゆ)さが(たま)らなかったが、しまいにはげっそり()せたと感じられてずきずき痛んでならぬ、その上を容赦(ようしゃ)なく歩行(ある)く内にも入交(いりまじ)りに(おそ)いおった。

 (すで)に目も(くら)んで倒れそうになると、(わざわい)はこの辺が絶頂であったと見えて、隧道(トンネル)を抜けたように、(はるか)一輪(いちりん)のかすれた月を拝んだのは、蛭の林の出口なので。

 いや蒼空(あおぞら)の下へ出た時には、何のことも忘れて、(くだ)けろ、微塵(みじん)になれと横なぐりに体を山路(やまじ)打倒(うちたお)した。それでからもう砂利(じゃり)でも針でもあれと(つち)へこすりつけて、十余りも蛭の死骸(しがい)(ひっ)くりかえした上から、五六(けん)向うへ飛んで身顫(みぶるい)をして突立(つッた)った。

 人を馬鹿(ばか)にしているではありませんか。あたりの山では処々(ところどころ)茅蜩殿(ひぐらしどの)、血と泥の大沼になろうという森を(ひか)えて鳴いている、日は(ななめ)渓底(たにそこ)はもう暗い。

 まずこれならば(おおかみ)餌食(えじき)になってもそれは一思(ひとおもい)に死なれるからと、路はちょうどだらだら(おり)なり、小僧さん、調子はずれに竹の杖を肩にかついで、すたこら()げたわ。

 これで蛭に悩まされて痛いのか、(かゆ)いのか、それとも(くすぐ)ったいのか()もいわれぬ苦しみさえなかったら、(うれ)しさに(ひと)飛騨山越(ひだやまごえ)間道(かんどう)で、お(きょう)(ふし)をつけて外道踊(げどうおどり)をやったであろう、ちょっと清心丹(せいしんたん)でも噛砕(かみくだ)いて疵口(きずぐち)へつけたらどうだと、だいぶ世の中の事に気がついて来たわ。(つね)っても(たしか)活返(いきかえ)ったのじゃが、それにしても富山の薬売はどうしたろう、あの様子(ようす)ではとうに血になって泥沼に。皮ばかりの死骸は森の中の暗い処、おまけに意地の(きたな)下司(げす)な動物が骨までしゃぶろうと何百という数でのしかかっていた日には、()をぶちまけても分る気遣(きづかい)はあるまい。

 こう思っている間、(くだん)のだらだら坂は大分長かった。

 それを(くだ)り切ると流が聞えて、とんだ処に長さ一間ばかりの土橋がかかっている。

 はやその谷川の音を聞くと我身で持余(もてあま)す蛭の吸殻(すいがら)真逆(まっさかさま)に投込んで、水に(ひた)したらさぞいい心地(ここち)であろうと思うくらい、何の渡りかけて(こわ)れたらそれなりけり。

 危いとも思わずにずっと(かか)る、少しぐらぐらしたが難なく越した。向うからまた坂じゃ、今度は(のぼ)りさ、ご苦労千万。」

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