蛇くひ

1話 蛇くひ

2,671字 約5分 2000年11月9日 公開

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 西(にし)神通川(じんつうがは)堤防(ていばう)(もつ)(かぎり)とし、(ひがし)町盡(まちはづれ)樹林(じゆりん)(さかひ)()し、(みなみ)(うみ)(いた)りて()き、(きた)立山(りふざん)(ふもと)(をは)る。此間(このあひだ)()見通(みとほ)しの原野(げんや)にして、山水(さんすゐ)佳景(かけい)いふべからず。(その)(かは)(はゞ)(もつと)(ひろ)く、(まち)(もつと)(ちか)く、()(やゝ)(せま)(ところ)(がう)屋敷田畝(やしきたんぼ)(とな)へて、雲雀(ひばり)巣獵(すあさり)野草(のぐさ)(つみ)(めう)なり。

 此處(こゝ)往時(むかし)北越(ほくゑつ)名代(なだい)健兒(けんじ)佐々(さつさ)成政(なりまさ)別業(べつげふ)舊跡(あと)にして、(いま)(のこ)れる築山(つきやま)小富士(こふじ)()びぬ。

 (かたへ)に一(ぽん)(えのき)()ゆ、年經(としふ)大樹(たいじゆ)鬱蒼(うつさう)繁茂(しげ)りて、(ひる)(ふくろふ)()(たす)けて(からす)(ねぐら)()さず、夜陰(やいん)(ひと)(しづ)まりて一陣(いちぢん)(かぜ)(えだ)(はら)へば、愁然(しうぜん)たる(こゑ)ありておうおう(うめ)くが(ごと)し。

 されば(こゝ)()むべく(おそ)るべきを(おう)に(たと)へて、(かり)に((おう))といへる一種(いつしゆ)異樣(いやう)乞食(こつじき)ありて、(がう)屋敷田畝(やしきたんぼ)徘徊(はいくわい)す。驚破(すは)(おう)(きた)れりと(さけ)(とき)は、幼童(えうどう)婦女子(ふぢよし)遁隱(にげかく)れ、孩兒(がいじ)(おそ)れて夜泣(よなき)(とゞ)む。

(おう)」は普通(ふつう)乞食(こつじき)(ひと)しく、()(かげ)もなき貧民(ひんみん)なり。頭髮(とうはつ)婦人(をんな)のごとく(なが)()びたるを(むす)ばず、(かた)より()れて(かゝと)(いた)る。跣足(せんそく)にて行歩(かうほ)(はなは)(けん)なり。容顏(ようがん)隱險(いんけん)()()び、(みゝ)(さと)く、()(するど)し。各自(おの/\)(でう)(つゑ)(たづさ)へ、續々(ぞく/\)市街(しがい)入込(いりこ)みて、軒毎(のきごと)(しよく)(もと)め、(あた)へざれば(あへ)()らず。

 (はじ)めは人皆(ひとみな)懊惱(うるさゝ)()へずして、渠等(かれら)(のゝし)()らせしに、(あらそ)はずして一旦(いつたん)()れども、翌日(よくじつ)(おどろ)()報怨(しかへし)(かうむ)りてより(のち)は、()す/\米錢(べいせん)(うば)はれけり。

 渠等(かれら)(おのれ)(こば)みたる(もの)店前(みせさき)(あつま)り、(あるひ)戸口(とぐち)立並(たちなら)び、御繁昌(ごはんじやう)旦那(だんな)(けち)にして(しよく)(あた)へず、()ゑて(くら)ふものの(なに)なるかを()よ、と(さけ)びて、(たもと)()ぐれば畝々(うね/\)這出(はひい)づる(くちなは)(つか)みて、引斷(ひきちぎ)りては舌鼓(したうち)して咀嚼(そしやく)し、(たゝみ)とも()はず、敷居(しきゐ)ともいはず、吐出(はきいだ)しては(ねぶ)(さま)は、ちらと()るだに嘔吐(おうど)(もよほ)し、心弱(こゝろよわ)婦女子(ふぢよし)後三日(のちみつか)(しよく)(はい)して、(やまひ)()ざるは(すく)なし。

 (およ)幾百戸(いくひやくこ)富家(ふか)豪商(がうしやう)、一()づゝ、(この)復讐(しかへし)()はざるはなかりし。渠等(かれら)無頼(ぶらい)なる幾度(いくたび)(この)擧動(きよどう)繰返(くりかへ)すに(はゞか)(もの)ならねど、(ひと)(その)()ふが隨意(まゝ)若干(じやくかん)物品(もの)(とう)じて、(その)惡戲(あくぎ)(えん)ぜざらむことを(しや)するを()て、蛇食(へびくひ)(げい)暫時(ざんじ)休憩(きうけい)(つぶや)きぬ。

 渠等(かれら)米錢(べいせん)(めぐ)まるゝ(とき)は、「お月樣(つきさま)(いく)つ」と一齊(いつせい)(さけ)()れ、(あと)をも()ずして(はし)()るなり。ただ貧家(ひんか)()ふことなし。()りながら外面(おもて)窮乏(きうばふ)(よそほ)ひ、嚢中(なうちう)(かへつ)(あたゝか)なる連中(れんぢう)には、(あたま)から(この)一藝(いちげい)(えん)じて、其家(そこ)女房(にようばう)娘等(むすめら)(いろ)(へん)ずるにあらざれば、(けつ)して()むることなし。(はふ)はいまだ一個人(いつこじん)食物(しよくもつ)干渉(かんせふ)せざる以上(いじやう)は、警吏(けいり)(ほどこ)すべき手段(しゆだん)なきを如何(いかん)せむ。

 (いなご)(ひる)(かへる)蜥蜴(とかげ)(ごど)きは、(もつと)(よろこ)びて(しよく)する(もの)とす。()()す((おう))よ、(ねが)はくはせめて糞汁(ふんじふ)(すゝ)ることを()めよ。もし(これ)味噌汁(みそしる)洒落(しやれ)(もち)ゐらるゝに(いた)らば、十萬石(まんごく)(いね)(おそ)らく立處(たちどころ)()れむ。

 (もつと)饗膳(きやうぜん)なりとて珍重(ちんちよう)するは、長蟲(ながむし)茹初(ゆでたて)なり。(くちなは)料理(れうり)鹽梅(あんばい)(ひそ)かに()たる(ひと)(かた)りけるは、((おう))が常住(じやうぢう)居所(ゐどころ)なる、屋根(やね)なき(しとね)なき(がう)屋敷田畝(やしきたんぼ)眞中(まんなか)に、(あかゞね)にて()たる(かなへ)(に(るゐ)す)を()ゑ、()河水(かはみづ)()()るゝこと八分目(はちぶんめ)()用意(ようい)(をは)れば(たゞ)ちに(はし)りて、一本榎(いつぽんえのき)(うろ)より數十條(すうじふでう)(くちなは)(とら)(きた)り、投込(なげこ)むと同時(どうじ)()緻密(こまか)なる(ざる)(おほ)ひ、(うへ)には(ひし)大石(たいせき)()き、枯草(こさう)(ふす)べて、(した)より(ぱツ/\)()()けば、長蟲(ながむし)苦悶(くもん)()へず蜒轉(のたうちまは)り、(のが)()でんと()(いだ)纖舌(せんぜつ)(ほのほ)より(あか)く、(ざる)()より突出(つきいだ)(かしら)(にぎ)()ちてぐツと()けば、脊骨(せぼね)(かしら)()きたるまゝ、(そと)拔出(ぬけい)づるを()てて、(しかばね)(かたへ)(うづたか)く、()(なか)()えたる(にく)をむしや――むしや()らへる(さま)は、()()戰悚(よだ)つばかりなりと。

(おう))とは殘忍(ざんにん)なる乞丐(きつかい)聚合(しうがふ)せる一團體(いちだんたい)()なることは、此一(このいち)()しても()()きのみ。()ける(いぬ)(ほふ)りて鮮血(せんけつ)(すゝ)ること、(うつく)しく()ける(はな)蹂躙(じうりん)すること、玲瓏(れいろう)たる(つき)(むか)うて馬糞(ばふん)(なげう)つことの(ごと)きは、()はずして()るベきのみ。

 (しか)れども()白晝(はくちう)横行(わうぎやう)惡魔(あくま)は、四時(しじ)(つね)()(もの)にはあらず。(あるひ)(しう)(へだ)てて(かへ)り、(あるひ)(つき)をおきて(きた)る。(その)()(とき)(きた)(とき)進退(しんたい)(つね)(すこぶ)()なり。

 一(にん)(えのき)(もと)()ちて、「お月樣(つきさま)(いく)つ」と(さけ)(とき)は、幾多(いくた)の((おう)()同音(どうおん)に「お十三(じふさん)(なゝ)つ」と()して、飛禽(ひきん)(つばさ)か、走獸(そうじう)(あし)か、一躍(いちやく)疾走(しつそう)して(たちま)()えず。(かの)(うづたか)()める(くちなは)(しかばね)も、彼等(かれら)(まさ)()らむとするに(さい)しては、(あな)穿(うが)ちて(こと/″\)(うづ)むるなり。さても清風(せいふう)()きて不淨(ふじやう)(はら)へば、山野(さんや)一點(いつてん)妖氛(えうふん)をも(とゞ)めず。或時(あるとき)()()づる立山(りふざん)(かた)より、或時(あるとき)神通川(じんつうがは)日沒(につぼつ)(うみ)より(さかのぼ)り、(えのき)木蔭(こかげ)會合(くわいがふ)して、お月樣(つきさま)()び、お十三(じふさん)()し、パラリと()つて三々五々(さん/\ごゞ)(かの)(つゑ)(ひゞ)(ところ)妖氛(えうふん)(ひと)(おそ)ひ、變幻(へんげん)出沒(しゆつぼつ)(きはま)りなし。

 されば(がう)屋敷田畝(やしきたんぼ)市民(しみん)のために天工(てんこう)公園(こうゑん)なれども、隱然(いんぜん)(おう))が支配(しはい)する(ところ)となりて、(なほ)(もち)黴菌(かび)あるごとく、薔薇(しやうび)(とげ)あるごとく、渠等(かれら)(きよ)(ほしいまゝ)にする(あひだ)は、一(にん)(この)(をし)むべき共樂(きようらく)(その)(おもむ)(もの)なし。(その)()つて暫時(ざんじ)(きた)らざる(あひだ)(うかゞ)うて、老若(らうにやく)(あらそ)うて散策(さんさく)野遊(やいう)(こゝろ)む。

 さりながら(おう)(かげ)をも(とゞ)めざる(とき)だに、(いと)ふべき蛇喰(へびくひ)(おも)(いだ)さしめて、折角(せつかく)愉快(ゆくわい)打消(うちけ)され、掃愁(さうしう)(さけ)()むるは、各自(かくじ)(ともな)()(をさな)(もの)唱歌(しやうか)なり。

 (くさ)()みつつ(うた)ふを()けば、

拾乎(ひらを)拾乎(ひらを)(まめ)拾乎(ひらを)

  (おに)()()(まめ)拾乎(ひらを)

 古老(こらう)(まゆ)(ひそ)め、壯者(さうしや)(うで)(やく)し、嗚呼(あゝ)兒等(こら)不祥(ふしやう)なり。()めよ、()めよ、(なん)(きみ)()細石(さゞれいし)(ことぶ)かざる!

などと小言(こごと)をおつしやるけれど、(ひろ)はにやならぬ、いんまの()

 ()くの(ごと)言消(いひけ)して(さら)(また)

拾乎(ひらを)拾乎(ひらを)(まめ)拾乎(ひらを)

     (おに)()()(まめ)拾乎(ひらを)

 と(とな)(いだ)(ふし)()くがごとく、(うら)むがごとく、いつも((おう))の(きた)りて市街(しがい)横行(わうかう)するに(したが)うて、(くだん)童謠(どうえう)東西(とうざい)()き、南北(なんぼく)()し、言語(ごんご)()えたる不快(ふくわい)嫌惡(けんを)(じやう)喚起(よびおこ)して、市人(いちびと)(みゝ)(おほ)はざるなし。

 童謠(どうえう)は((おう))が(はじ)めて(きた)りし(やゝ)以前(いぜん)より、何處(いづこ)より(つた)へたりとも()らず流行(りうかう)せるものにして、爾來(じらい)父母のつくり」、112-8](ふぼしけい)(だま)しつ、(すか)しつ(せい)すれども、(ぐわん)として(すこ)しも()かざりき。

 都人士(とじんし)もし此事(このこと)(うたが)はば、()(たゞ)ちに(きた)れ。上野(うへの)汽車(きしや)最後(さいご)停車場(ステエシヨン)(たつ)すれば、碓氷峠(うすひたうげ)馬車(ばしや)()られ、(ふたゝ)汽車(きしや)にて直江津(なほえつ)(たつ)し、海路(かいろ)一文字(いちもんじ)伏木(ふしき)(いた)れば、腕車(わんしや)(せん)富山(とやま)(おもむ)き、四十物町(あへものちやう)(とほ)()けて、町盡(まちはづれ)(もり)(くゞ)らば、洋々(やう/\)たる大河(たいが)(とも)漠々(ばく/\)たる原野(げんや)()む。其處(そこ)長髮(ちやうはつ)敝衣(へいい)怪物(くわいぶつ)()とめなば、寸時(すんじ)(はや)(くびす)(かへ)されよ。もし(さいはひ)市民(しみん)()はば、(すゝ)んで低聲(ていせい)に((おう))は?と()け、(かれ)(へん)ずる顏色(がんしよく)(くち)より(さき)(こたへ)をなさむ。

 無意(むい)無心(むしん)なる幼童(えうどう)天使(てんし)なりとかや。げにもさきに童謠(どうえう)ありてより((おう))の(きた)るに一月(ひとつき)()かざりし。(しか)るに(いま)此歌(このうた)稀々(まれ/\)になりて、(さら)にまた奇異(きい)なる(うた)は、

屋敷田畝(やしきたんぼ)(ひか)(もの)(なん)ぢや、

  (むし)か、(ほたる)か、(ほたる)(むし)か、

 (むし)でないのぢや、()(たま)ぢや。

 頃日(けいじつ)(いた)(ところ)(つじ)にこの(こゑ)()かざるなし。

 ()(たま)()(たま)! 赫奕(かくやく)たる()明星(みやうじやう)持主(もちぬし)なる、((おう))の巨魁(きよくわい)出現(しゆつげん)()(じゆく)して、天公(てんこう)()使者(ししや)(くち)()りて、(あらかじ)(いん)をなすものならむか。

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