赤外線男

5話 赤外線男(5)

6,922字 約14分 2003年2月2日 公開

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 その次の朝のことだった。

 帆村荘六は早く起き出ると、どうした気紛(きまぐ)れか、洋服箪笥からニッカーと鳥打帽子とを取り出して、ゴルフでもやりそうな扮装(ふんそう)になった。

 しかし別にクラブ・バッグを引張(ひっぱ)り出すわけでもなく、細い節竹(ふしだけ)のステッキを軽く手にもつと、外へ飛び出した。(いま)わしい第一、第二の犠牲者を、昨日一昨日に送ったとは思えないほど、(うらら)かな陽春の空だった。

 彼は先ず、警視庁の大きな石段をテクテク登っていった。

「どうです。何か見付かりましたか」彼は捜査課長の不眠に()れぼったくなった顔を見ると、()う声をかけた。

「駄目です」と課長は不機嫌に(わめ)いてから、「だが、昨夜また犠牲が出たんです。今朝がた(しら)せて来ました」

「なに、又誰かやられたんですか」

「こうなると、私は君まで軽蔑(けいべつ)したくなるよ」

「そりゃ、一体どうしたというのです」帆村は自分でもなにかハッと思いあたることがあるらしく、激しく息を(はず)ませながら問いかえした。

「浅草の石浜(いしはま)というところで、昨夜の一時ごろ、男と女とが刺し殺された。方法は同じことです。女は岡見桃枝(おかみももえ)という女で、男というのが……」

「男というのが?」

深山(みやま)理学士なんだッ。これで何もかも判らなくなってしまった」

 課長は余程(よほど)口惜しいものと見えて、帆村の前も構わず、子供のような(なみだ)をポロポロ(こぼ)した。

「そうですか」帆村も泪を(さそ)われそうになった。「じゃ貴方も深山理学士は大丈夫といいながら、一面では大いに疑っていたんですネ」

「そりゃそうだ。今となって云っても仕方が無いが、ひょっとすると、赤外線男というものは、深山理学士の創作じゃないかと思っていた」

「大いに同感ですな」

()えもせぬものを視えたといって彼が騒いだと考えても筋道が立つ。――ところが()の本人が殺されてしまったんだから、これはいよいよ大変なことになった」

「僕は()(かく)、見に行って来ます。あれは日本堤署(にほんつつみしょ)管内(かんない)ですね」

 課長は黙って(うなず)いた。

 警察へ行ってみると、現場(げんじょう)はまだそのままにしてあるということだった。場所を教えて(もら)うと、彼は直ぐ警察の門を飛び出した。

 そこから、桃枝の家までは五丁ほどで、大した道程(みちのり)ではなかった。彼は捷径(ちかみち)をして歩いてゆくつもりで、通りに出ると、直ぐ左に折れて、田中町(たなかまち)の方へ足を向けた。震災前(しんさいぜん)には、この辺は帆村の縄張(なわば)りだったが、今ではすっかり町並(まちなみ)一新(いっしん)してどこを歩いているものやら見当がつかなかった。どこから金を見つけて来たかと思うような堂々たる五階建のアパートなどが目の前にスックと立って、()()を見えなくした。彼は忌々(いまいま)しそうに舌打ちをして、大田中(おおたなか)アパートにぶつかると、その横をすりぬけようとした。そしてハッと気がついた。

 見ると、アパートの高い非常梯子(ひじょうばしご)に、近所の人らしいのが十四五人も()って、何ごとか上と下とで(わめ)きあっているのだ。

「どうしたんです」

 帆村は道傍(みちばた)に立っている人のよさそうな内儀(おかみ)さんに(たず)ねた。

「なんですか、どうも気味の悪い話なんでござんすよ」と内儀さんは細い(まゆ)(しか)めると、赤い裏のついた前垂(まえだれ)を両手で顔の上へ持っていった。「あのアパートの五階に人が死んでいるんだって云いますよ。そういえば、このごろ、近所の方が、何だか莫迦(ばか)(くさ)(くさ)いと云ってましたが、その死骸(しがい)のせいなんですよ。まあ、いやだ」

 内儀さんは、ゲッゲーッと地面へ(つば)をはいた。

「じゃ、よっぽど永く()った死骸なんですネ」

「そうなんだそうですよ。開けてみると、押入れの中にそれがありましてネ、もう肉も皮も崩れちゃって、まッ大変なんですって。着物を一枚着ているところから、女の、それも若いひとだってぇことが判ったって云いますよ」

「ナニ、若い女の屍体?」帆村はドキンと胸を打たれた。そうだ、今日は探しに歩こうと思っていたあの女の屍体かも知れない。日数が経っているところから云っても、これは見遁(みのが)せないぞと、心の中で叫んだ。

「そこは、その女の人の借りている室なんですか」

「いいえ、そうじゃないですよ。あすこは(うしお)さんという若い学生さんが一人で借りているんです。ところが潮さん、この頃ずっと見えないそうで……」

「その潮さんというのは、()しや背丈の大きい、そうだ、五尺七寸位もある人でしょう」

「よく知ってますね」と内儀さんは、はだけた胸を()()わせながら云った。「ちょいといい男ですわヨ、ホッホッホ」

 帆村は苦笑した。

「あらッ、向うから潮さんが帰ってきちゃったわ」

「えッ」と帆村は(おどろ)いて、内儀さんの視線の彼方を見た。

「まア大変顔色がわるいけれど、あの人に違いない……」

 その言葉の終らないうちに、帆村は向うから飄々(ひょうひょう)とやってくる潮らしき人物の(たもと)(おさ)えていた。

「潮君」

()ッ」

 青年は帆村の手をヒラリと払って、とッとと逃げ出した。帆村はもう必死で、このコンパスの長い韋駄天(いだてん)追駈(おいか)けた。そして横丁を曲ったところで追付いて、(つい)に組打ちが始まった。そのとき青年の懐中(ふところ)から、コロコロと平べったい丸缶(まるかん)のようなものが転げ出て、(みぞ)の方へ動いていった。

「ああ――それは……」

 と青年の腕が伸びようとするところを、帆村は懸命に抑えて、うまく自分の手の内に収めた。そこへバラバラと警官と刑事とが駈けつけたので、帆村は間違われて二つ三つ蹴られ(ぞん)をしただけで助かった。彼が手に入れたものは一巻のフィルムだった。それも十六ミリの小さいものだった。

 ああ、フィルムといえば、身許不明の轢死(れきし)婦人のハンドバッグに、フィルムの()(くず)があったではないか。

 帆村は、深山理学士と情婦の桃枝との殺害場所を点検すると、大急ぎで日本堤署へ引かえした。その頃には、本庁からも予審判事が駈けつけていたが、もう何事も観念したものと見え、潮十吉という青年は、墓場から婦人の死骸を掘りだして()げたことを白状していた。しかし婦人が何者であるか、彼との関係はどうなのであるかについては中々口を(つぐ)んで語らなかった。フィルムのことは意外にも、深山理学士の室から奪ったものだと告白したが、事務室から千二百円の大金を盗んだことは極力(きょくりょく)否定した。

 あとは本庁で調べることとし、意気昂然(いきこうぜん)たる老判事は、潮十吉と帆村とを(ともな)って、警視庁へ引上げた。

 今朝の不機嫌をどこかへ落してしまった大江山捜査課長の前に、帆村探偵は手に入れた一巻のフィルムを置いて、いろいろと打合わせをした。

「じゃ、午後の五時に、本庁の第四映画検閲室(けんえつしつ)で試写ということにするのですね」

「そう決めましょう。じゃ万事(ばんじ)よろしく」捜査課長は、何が嬉しいのか、帆村の手をギュッと握った。

     8

 帆村は一名の警官と連れ立って、黒河内子爵(くろこうちししゃく)を訊ねた。子爵の代りに、例の白丘ダリアが出て、子爵は重態(じゅうたい)で、看護婦が二人もついている騒ぎだからと云った。

「実は、失踪された子爵夫人のことに関し、是非ご覧願いたい映画の試写があるのですが、それは困りましたネ」と帆村は長くもない(あご)を指先でつまんだ。

「映画ですか。あたし、代りに行きましょうか」

「そうですか。じゃ子爵の御了解(ごりょうかい)を得て来て下さい。よかったら御一緒に参りましょう」

「ええ、いくわ」

 ダリアは、まだ繃帯のとれぬ大きな頭を振り振り奥に引きかえしたが、()ぐコートと帽子とを持ってあらわれた。

「さあ、お伴しますわ」

 三人が警視庁についたのは、すこし早すぎた。

「ねえ、ダリアさん。まだ四十分もありますよ」

「退屈ですわネ」

「ちょっと永いですネ」と帆村は云った。「そうそう、この中に面白いものがありますよ。警官に射撃を訓練させるために、室内射的場(しゃてきば)がつくってあります。僕たちが行っても構わないのです。行ってみませんか」

「射的ですって? あたし、これでも射撃は上手なのよ」

「じゃいい。行ってみましょう」

 呑気千万(のんきせんばん)にも帆村は、ダリアを引張って、警官の射的室へ連れて来た。そこは矢場のように細長い室だが、手前の方に、拳銃(ピストル)を並べてある高い台があって、(はる)か向うの壁には、大きな掛図(かけず)のような(まと)がかかっていた。その的というのは、白い紙の上に、水珠(みずたま)を寄せたように、茶椀(ちゃわん)ほどの大きさの、青だの、赤だの、黄だの(まる)が、べた一面に描いてあって、その上に5とか3とかいう点数が記してあった。

「僕やってみましょうか」帆村は気軽に拳銃(ピストル)をとって、(ねら)いを(さだ)めると、ドーンと一発やった。3点と書いた大きな赤円(あかまる)に、小さい穴がプスリと明いた。

「どうです。相当なものでしょう」

 そういいながら、彼は次から次へと、あまり点数の多くない色とりどりの円を、撃ちぬいていった。

「今度は、ダリアさん、やってごらんなさい」帆村は拳銃を彼女の方に(すす)めた。

「エエ――」とダリアは答えたが、「あたし、よすわ」とハッキリ云った。

「そんなことを云わないで、やってごらんなさいな」

「だってあたし……あたし、眼が悪くて駄目なんですわ」

 そういってダリアは、カラカラと男のような声で笑った。

 まだ時間はあったから、二人は食堂へ行った。そこでオレンジ・エードを注文して、麦藁(むぎわら)(くだ)でチュウチュウ吸った。

「警視庁なんてところ、随分(ずいぶん)開けてんのネ」ダリアは、帆村をすっかり友達扱いにしていた。

「それはそうですよ。貴女(あなた)みたいな方をお招きすることもありますのでネ」

「だけど、このオレンジ・エード、なんだか石鹸くさいのネ。あたし、よすッ」

 半分ばかり吸ったところで、ダリアは吸管(すいくだ)を置いた。

 そんなことをしている(うち)に時間が経って、警官がわざわざ二人を探しに来た程だった。

 階段を地下へ降りて、長い廊下をグルグル廻ってゆくと、大変天井の低い暗いところへ出た。例の赤外線男が出て来そうな気配(けはい)だったが、しかし仄暗(ほのぐら)いながら電灯がついているから停電でもしない限り()ず大丈夫だろう。

 映画検閲用の試写室は、思いの(ほか)、広かった。壁は一様にチョコレート色に塗ってあり、まるで講堂のような座席が並んでいた。正面には二メートル平方位のスクリーンがあった。

 もう七八人の人が入っていた。雁金検事、中河判事、大江山捜査課長の顔も見えた。

 そこへ別の入口から、警官に護られて、潮十吉(うしおじゅうきち)手錠(てじょう)をガチャガチャ云わせながら入って来て、最前列(さいぜんれつ)に席をとった。そこは、帆村探偵と白丘ダリアとが並んである丁度(ちょうど)その横だった。

「もうこれで皆さん全部お揃いですか」

 警官の映写技師が、一番後方から声をかけた。

「うん、揃ったぞ。もう始めて貰おうか」

 帆村のうしろにいた捜査課長が声をかけた。

「じゃ始めます。あれを()る前に、一つ調子をつけるために、実写(じっしゃ)ものを一巻写してみます。ウィーンの牢獄です」

 スクリーンの上へ、サッと白い光が躍ると、室内の電灯がパッと消された。一座はハッと緊張した。まずスクリーンの明るさで、室の中は暗闇だというほどではないが、しかし椅子の下、後方の両脇などには、小暗(こぐら)い蔭があった。それにこうして平然と、画面に見入(みい)っていていいものかしら、赤外線男の出てくるには屈強(くっきょう)な地下室ではないか。

 しかし一巻の映画は、極めて短いものであった。そしてまだ映画がうつっているのに、早くも電灯がパッと明るく室内を照らした。

「さあ、いよいよこの次だ」

「一体どんな映画なのだろう」

 人々は胸のうちに、あれやこれやと想像をめぐらせた。

「私を外へ出して下さい」潮十吉は隣りに遊んでいる警官に訴えた。

「いや、ならん」

 警官の声はあっけなかった。

 さあ、いよいよ問題の映画が写し出されようとしている。潮十吉が、深山理学士のところから奪って来たフィルムはこれだ。そして身許(みもと)不明の轢死(れきし)婦人のハンドバッグの底に発見せられたのも、矢張(やは)り同じフィルムだった。この映画が写し出されたが最後、意外なことが起るのではないか。既に靴の跡によって嫌疑(けんぎ)の深い潮十吉であるが、この一巻の映画によって、彼の正体が暴露(ばくろ)するのではあるまいか。赤外線男は潮十吉か。或いは赤外線男の合棒(あいぼう)でもあるか。

 カタリと音がして、スクリーンの上に、青白い光芒(こうぼう)が走った。こんどは十六ミリであるから、画面はスクリーンの真中(まんなか)に小さくうつった。

「ああ、これは……」

「ウム……」

 画面の展開につれ、人々は苦しそうに(うな)った。誰かが、いやらしい咳払(せきばら)いをした。

 いまスクリーンに写っている画面には二人の人物が出ている。

「ああ、こっちは、潮十吉だな」帆村は、あえぐように叫んだ。

「ああ、あれは伯母(おば)様ですわ。伯母様に違いないわ。だけど、ホホ……まッ……」

 といったきり、白丘ダリアは口を(つぐ)んだ。

 さて画面に、それから如何なる情景(じょうけい)が展開していったか、その内容についてはここに(しる)すことが許されぬ。しかしそれは密閉されたる室のうちで演じられている怪しげなる(たわむ)れだった。()かる情景は人目のつかぬ真夜中に行うべきものだと思うのに、それがまことに明るい光の下に於て行われている。そのいぶかしさは、(なお)も仔細に画面を点検すれば、次第に明瞭(めいりょう)だった。それは赤外線で撮影した活動写真であったのだ。

 恐らく場面は、真夜中であったろう。真暗な室の中に、この場のことは演ぜられたのに違いない。それにも(かかわ)らず、この室にどこからか赤外線を当て、それを赤外線の活動写真に撮影したのだった。そして人物は子爵(ししゃく)夫人黒河内京子と青年潮十吉!

 さてこの呪うべき撮影者は、一体誰であるか。

 潮はこの映画の写っている間は、頭を下げ顔を(おお)うたまま、一度も首をあげようとはしなかった。映画が終って、一座の深い溜息(ためいき)と共に、パッと電灯がついた。

「潮」大江山課長は声をかけた。「この撮影者は誰か」

「あいつです」青年はグッと首をもちあげた。「あいつです。深山楢彦(みやまならひこ)――彼奴(あいつ)がやったんです。子爵夫人と僕とは間違ったことをしていました。深山は(しか)も夫人に恋をしていたのです。彼奴(あいつ)は私達の深夜の室をひそかに(うかが)って暗黒の中にあの赤外線映画をとってしまったんです。深山はそれをもって可憐(かれん)なる子爵夫人を幾度となく脅迫(きょうはく)しました。一度は夫人があのフィルムの一端(いったん)を奪ったのですが、それは焼いてしまいました。バッグの底にのこっているフィルムの焼け屑は、あれだったんです。鬼のような深山は、赤外線利用の技術を悪用して、それまでにも、人の寝室を(ひそ)かに写真にとっては、打ち興じていたという痴漢(ちかん)です。しかし()くまで夫人に未練(みれん)をもつ彼は、夫人が意に従わないときはあの映画を公開するといって(おびや)かしたのです。夫人は(すべ)てを観念し、とうとう新宿のプラットホームからとびこまれたのです。これも皆、深山の仕業です。夫人は身許(みもと)のわかることを恐れて、いつもあのような服装を持って居られました。あれは最も平凡な、世間にザラにある持ちものを集められたのです。いわば月並(つきなみ)の衣類なり所持品です。それがうまく(こう)を奏して隅田(すみだ)氏の妹と間違えられたのです。顔面の(もろ)(くだ)けたのは、神も夫人の心根(こころね)(あわれ)み給いてのことでしょう。僕は復讐を誓いました。そして深山の室に闖入(ちんにゅう)して、あのフィルムを奪回(だっかい)したのです。彼奴(かやつ)を探しましたが、どうしたものかベッドはあっても姿はありません。早くも風を喰らって逃げてしまった後だったのです。それから僕は……」

 このとき白丘ダリアは、先刻(さっき)から耐えていた尿意(にょうい)が、どうにももう持ちきれなくなった。その激しさは、いまだ経験したことが無い位だった。彼女は(あわ)てて試写室を出ると、薄暗い廊下に飛び出した。見ると、直ぐ間近(まぢ)かに、赤い灯火(ともしび)(とも)っていて、それに「便所」という文字が読めた。

 彼女は、飛び立つ想いで、そこの(ドア)を押した。扉があくと、そこには清潔な便器が並んでいる洋風厠(ようふうかわや)だった。ダリアはその一つに飛びこんで、パタリと戸を寄せると、気持のよい程、充分に用を足した。

 大きい鏡があったので、ダリアはそこで繃帯(ほうたい)を気にしながら、硫酸(りゅうさん)の焼け跡のある顔へ粉白粉(こなおしろい)を叩いた。そして入口の扉を押して、廊下に出た。その途端(とたん)にダリアはハッと(おどろ)いて、

()ッ」

 と声をあげた。

 そこには思いがけなくも、帆村を始め、捜査課長、検事、判事など十四五人が、ダリアの方に身構(みがま)えをしていた。

「まア、どうしたんです。帆村さん」

 ダリアの救いを求めた帆村は、最早(もはや)、先刻、射的(しゃてき)で遊んだ帆村とは別人(べつじん)のようであった。

「白丘ダリアさん。それは今大江山捜査課長から説明して下さるでしょう」

 言下(げんか)に大江山課長はヌッと前へ出た。

「白丘ダリア。いま(なんじ)を逮捕する」

「あたしを逮捕するって、冗談はよして下さい」

「まだ白っぱくれているな。吾々の眼はもう胡魔化(ごまか)されんぞ。白丘ダリアが嫌いだったら、『赤外線男』として汝を捕縛(ほばく)する。それッ」

 ワッと(わめ)いて、()りぬきの腕に覚えのある刑事が、ダリアの上に折り重なった。もう()げる道もなければ、方法もなかった。

「赤外線男」は、それっきり自由を奪われてしまった。

     *   *   *

 事件が一段落(だんらく)ついた後の或る日、筆者(わたくし)南伊豆(みなみいず)の温泉場で、はからずも帆村探偵に(めぐ)りあった。彼は丁度(ちょうど)事件で疲れた頭脳を鳥渡(ちょっと)やすめに来ていたところだった。(ほの)かに硫黄(いおう)(かおり)の残っている浴後(よくご)(はだ)(なつか)しみながら、二人きりで冷いビールを()()わした。そのとき彼の口から、この事件の一切の顛末(てんまつ)を聞くことが出来たのだった。彼は中学校で同級だったときのあの飾り気のない口調(くちょう)で、こんな風に最後の解決を語った。

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