5話 探偵小説の「謎」(5)
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カンヌキの場合(F・B・4)(M・B・1)〈第三図参照〉★ドアにカンヌキがつき、柱の方にその受け金がついている。または逆の場合もある。カンヌキが受け金にはまっていれば、ドアはひらかない。この場合はカンヌキを受け金にはまらないように、少し上にあげて、カンヌキの根もととドアの板の間に、木でも紙でもよろしい、クサビ(図の黒三角がクサビ)をはめて止めておく。このクサビに絹糸をつけ、やはりドアの下の隙間から外へ出し、その糸を引いてクサビを外へたぐり出す。クサビがとれれば、カンヌキは自然にはまる、という仕掛けである。
★このクサビにはローソクと氷が用いられる場合がある。氷のクサビについては別項「兇器としての氷」の「密室と氷片」に詳説したから、ここには省くが、ローソクの方は、受け金とカンヌキのあいだにローソクをはさんで、火をつけておくと、ローソクが燃えつきたときに、カンヌキがかかるという仕掛けだが、これは蝋がその辺におちて残るので、発覚の危険が多い。★また、ある有名な作家は、ドアの外側から強力な磁石を当てて、カンヌキを動かす方法を考えたが、磁石では機智に乏しく、あまり感心したトリックではない。
以上は西洋ドアのメカニズムだが、★日本のガラスの格子戸や、窓ガラス戸には、ネジ込み錠が多いので、日本の泥棒はこれを外からはずすトリックを考え出している。それは薄くて目のこまかいノコギリを、戸と戸の合せ目からさしこんで、ネジ錠のネジの部分にノコギリの歯をあて、根気よく、ネジの戻る方向にノコギリを動かしていると、この錠をはずすことができるのである。こんなことを書くと、犯罪手口を教えるといって叱られるかもしれないが、これは泥棒社会では周知のことで、いまさら教わらなくても誰でも知っている。それよりも被害者の方がこういうことをあまり知らないのだから、これを書くことは、一般人に対する警告として、かえって意味があるのではないかと思う。日本の泥棒は密室など作らないけれども、これを密室に応用すれば、やはり一つのトリックとなり得るのである。
ドアの蝶番をはずす(F・B・2)(M・B・2) ★カーによると、これは西洋では子供が鍵をかけた小ダンスなどから、お菓子を盗み出すときに、よく用いるのだそうである。鍵のほうはそのままにしておいて、ドライバーでドアの蝶番そのものを取りはずし、そこを出しひらいて出入りする。そしてまた蝶番をもとの通りにしておく。このトリックは鍵を無視して、全く別の個所に目をつけたところに機智があって面白い。ただしそれは蝶番が外側についているドアでないと、うまく行かないこともちろんである。このトリックもザングイル以来しばしば探偵作家が書いている。
錯覚利用の早業(F・B・5)(M・B・5) ★犯人は鍵を持って外に出て、外からドアに鍵をかけ、鍵はポケットへ入れておく。そして、犯人も事件発見者の一人となり、ドアを破って室内にはいったとき、みんなが死体に駈けよっているすきに、ポケットの鍵をソッとドアの内側の鍵穴にさしておく。ドアを調べるのは、死体を確めるより後になるから、そのときには、人々は内側から鍵がかかっていたと信じこんでしまうのである。 ★この場合、もしもドアの上の換気窓が開閉自由ならば、そんな手数をかけるまでもなく、外からかけた鍵を、換気窓から(あるいは、もしドアの下の隙間が大きければ、そこから)室内へほうりこんでおけば、一応の目的を達する。しかし、これは内側の鍵穴にはまっているほど強力な証拠にはならない。
二つの鍵のトリック(F・Mなし) ★同じ鍵を二つ用意し、一つをドアの内側からさして外に出、ドアをしめて第二の鍵を外から鍵穴に入れると、内側の第一の鍵は押されて室内に落ちる。そして、そのまま外からの鍵で錠をおろせば密室ができる。しかし、この場合も、換気窓から投げ入れるのと似た効果しか得られないわけである。
【ロ】 窓に仕掛けるメカニズム ★窓のトリックも、ポーの「モルグ街の殺人」以来、いろいろ考案されている。(ポーのは窓の留め釘が、内部で折れていて、実は誰にでも開閉できたのだという種明かしなので、密室トリックとしてはアンフェアである)。日本の窓の戸はネジ込み錠が多いが、西洋風の上下にすべる窓のガラス戸は、カンヌキに類する留め金が使われている。このカンヌキを外からしめることができれば密室が構成されるわけである。これも紐か針金を使うのだが、窓にはドアのような都合のよい隙間がないので、ガラスに穴があることにして、そこから紐か針金を外に出して、ドアの場合と同じような操作をする。★ある作では、このガラスの穴を作るために、前もって、ガラスに向かってピストルをうって、穴を作っておくというのがある。そうすると、そのピストル発射が疑われるが、真の犯人と時間的に一致しないので、謎がいっそう複雑になり、小説が面白くなる。密室構成を可能ならしめる手段として、大げさにピストルを発射するという、パラドキシカルな興味である。(以上F・Mなし)
★紐も針金も不要の方法もある(M・B・3)(Fなし)。それは窓ガラスを一枚はずして、そこから手を入れて留め金をかけ、また元のようにガラスをはめて、パテを塗っておくのである。しかし、これはパテが新しくなるので、気づかれる危険が多い。
【ハ】 屋根を持ちあげるトリック(F・Mなし) ★トリックの種につきると、作者は極端なことを考え出す。ドアや窓では手ぬるい。屋根そのものを持ちあげたらよいではないかという奇抜な考え方である。三四年前クイーン雑誌のコンテストに入選した「五十一番目の密室」というのがこれで、窓やドアは完全な密室にしておいて、犯人はジャッキで屋根の一部を持ちあげ、その隙間から出入りして、あとでまた、もとの通りに屋根を下げておくという方法である。これは屋根の構造によっては出来ない場合もあるし、下げても決してもと通りにはならぬと思うが、屋根なんてものは全く捜査の盲点にはいっているのだから、そんなところを調べられる心配もないわけである。これは、ドアの場合の、鍵のかかっている方には手をつけず、逆に蝶番をはずして、ドア全体を動かすという着想を、いっそう拡大したもので、人の意表を突くパラドキシカルな機智というべきであろう。
★ところが、日本のある作家は、さらに一歩を進めて、屋根の一部ではなくて、バラック小屋の屋根全体を、大木の枝にかけた万力とロープで、蓋でも取るように上に引きあげ、そこから出入りするという珍案を考え出した。こうなると、もうまともには書けない。チェスタートン風のユーモアで扱わないと、不成功に終るのである。
★しかし、上には上があるもので、二三年前双葉十三郎に聞いたのだが、アメリカの作家が、もっと極端なことを考え出した。まず野外で人を殺しておいて、その死体の上に、大急ぎで小屋を建築して、密室を作るという着想である。簡単な小屋なら一夜で建てられるのだから、それは不可能ではない。奇想天外の珍案である。
(2) 実際より後に犯行があったと見せかける
【イ】 偽音トリック(F・Mなし) ★犯人は殺人ののち、前記のドアにほどこすメカニズムによって、密室を作って立ち去る。そのあとで、第三者がその室の前を通りかかると、殺されたはずの人物の話し声がドア越しにきこえてくる。これで、その時間には被害者はまだ生きていたという証人ができる。一方、犯人はその時間に別の場所で友人などと会い、アリバイを作っておく。そこで、密室の不可能のほかに、被害者が生きている時に、犯人は友人と話していて、ずっと現場には近づかなかったという確証ができる。――その種明かし。被害者をごまかして、あらかじめ蓄音器のレコードに、被害者の話し声を吹き込んでおき、殺人ののち、密室内にそのレコードを仕掛け、適当な時間に廻りだすような装置をしておくのである。★このレコードの代りに、ピストル殺人の場合、ほんとうに殺すときには消音ピストルでやっておいて、暖炉の中へ花火を仕掛け、口火を長くして、犯人が他の場所で、第三者と話している時に、発火するようにすれば、その音によって殺人はそのときに行われたと考えられ、犯人は確実なアリバイがあり、嫌疑をまぬがれる。★鈍器による殴打殺人の場合は、犯行よりずっとあとで、密室内で何かが倒れたり、落ちたりするように装置しておき、その物音の起ったときに、殺人が行われたと思わせる方法もある。★また、犯人が腹話術師の場合は、密室を作ったあとで、ドアの外で第三者の通りかかるのを待ち、腹話術で被害者の口まねをして、ドアの中からのように聞かせ、まだ生きていると見せかける手もある。
【ロ】 視覚をあざむく(F・Mなし) ★前記は耳にたいする欺瞞だが、ここにしるすのは目にたいする欺瞞である。夜、机にもたれたままピストルでうたれて死んだ死体の影が、二階の窓のカーテンに映っている。庭に花火の会があって、その窓が大ぜいの人の目にさらされているのを利用し、犯人は自分の影を映さないようにして、死体の向きをかえた。まだ生きている人の影のように見せかけて、殺人の時間をごまかし、その上密室を構成するので、完全なアリバイができるのである。そのほかにも視覚に訴えて犯行時間をごまかすトリックはいろいろあるが、簡単には書けないようなものが多い。いずれも原理はこれと同じである。
【ハ】 また、一人二役トリックと密室トリックと組み合せたもの(F・A・5はこの変形)(M・A・7)もある。犯人または共犯者が、犯行ののちに、被害者に化けて人の前に姿を現わし、アリバイを作る方法もある。
【ニ】 この種のトリックで最もすぐれているのは、ルルウの「黄色の部屋」であろう。(F・A・1)犯人に好意を持つ女が、寝室で犯人に殴打され重傷を負うが、女は犯人をかばうために、重傷をかくして寝室にとじこもっている。それからしばらく後に、寝室に中から鍵をかけて眠っているあいだに、悪夢を見て寝台から落ち、物音を立てる。ドアの外にいた人々が驚いてノックするが答えがないので、ドアを破って入ってみると、女は床に倒れて気を失っている。見ると恐ろしい打撲傷がある。ベッドから落ちてできるような傷ではない。しかし女は犯人に殴打されたことを絶対にうちあけないので、物音のしたときには室内に犯人がいて、ドアを破っているうちに、全く出口のない部屋から消えうせてしまったとしか考えられず、不思議な密室事件が構成されるのである。こんな風に書いたのでは面白くないが、「黄色の部屋」の心理的盲点を利用したこのトリックは、古来のあらゆる密室トリックのうちでも、最もすぐれたものの一つである。
(3) 実際より前に犯行があったと見せかける(M・A・8)(Fなし) これは密室における早業殺人である。これについては別項「意外な犯人」の「事件の発見者が犯人」の個所に詳説したから、ここにはくり返さない。
(4) 最も簡単な密室トリック(M・C) これはロースンの主人公マーリニが密室講義の中で、カーのフェル博士の講義にはないものだといって、(A)(B)のほかに別に(C)項を設けて得意がっているトリックだが、実は子供だましで、犯人は犯行後、部屋から出ないで、ドアがこじあけられるのを待っている。そして、ドアがひらいたら、ひらいたドアと壁のあいだに身をかくし、みんなが死体に駈けよっているすきに、室外に脱出するという方法である。一見ばかばかしいようだが、実際問題としては、存外可能性があるようにも思われる。
(5) 汽車と船の密室 進行中の列車、航海中の船は、外部と隔絶されるので、列車または船そのものが密室を構成する。ことに西洋の汽車のコンパートメントは、手ごろの密室の舞台になるので、よく小説に使われる。飛行機も同様であるが、これはトリックがむずかしいのか、旅客飛行機を密室トリックに使った作品では、これというものを知らない。これらは密室の舞台が変っているというだけで、トリックの原理は建物の場合と同様である。
(C) 犯行時、被害者が室内にいなかったもの(F・A番号なし)(M・A・9)
密室事件で、被害者の方も室内にいなかったというと、不思議にきこえるが、★他の場所で殺した死体をその部屋に持ちこみ、密室を構成するか、★または被害者が重傷を受けてから、その部屋まで歩いてきて、何かの理由で、内部から鍵をかけて死ぬ場合である。その理由は犯人をかばうためか、自分を傷つけた敵が追っかけてくるのを恐れるためかのいずれかである。これらの場合、被害者が絶命してしまえば、全く事情がわからないので、ひどく不思議な事件になる。密室が構成されているからには、犯人が作った密室だろうと疑ぐってしまうから、わからなくなるのである。密室トリックを知っている人ほど、これにごまかされる。密室小説としては一種の逆手というべきであろう。★この項に属するもので、室外で殺した死体を、密室になっている美術室の高い窓からほうりこんで、そこで殺されたように見せかけるという、人間投擲の奇抜なトリックを考え出した有名な作家がある。
(D) 密室脱出トリック
これには二様の意味がある。★一つは高い階上の密室で、窓のひらいている場合、犯人が犯行後、綱渡りその他の曲芸によって高所の窓から脱出するトリック(M・B・4)(Fなし)と★もう一つは脱獄のトリック(F・Mなし)である。これは密室トリックの逆のトリックだが、トリック分類としては、やはりここに入れておくのが妥当のようである。実際の脱獄にはいろいろ巧妙な手がある。懐中時計のゼンマイにノコギリのような歯をつけたもので、根気よく窓の鉄棒をこすって、脱出路を作るとか、獄中の内職で使う材料の布や紙を少しずつためておいて、長い縄にない、それで高い窓から伝いおりるとかいうのは、面白いけれども、探偵小説のトリックとは性質のちがうものである。アメリカのフーディニという大奇術師は、世界を巡歴して各国の牢獄を脱出して見せたり、金庫の中へとじ込めてもらい、そこから脱出して見せたりした。これはむろんトリックがあるのだが、探偵小説のトリックとして利用できるようなものは少い。フーディニの伝記には、その各種トリックの種明かしが出ていて、奇術の種本としては非常に面白いのである。★小説で脱獄トリックの有名なものにはルブランの「ルパンの脱獄」、フットレルの「十三号独房の問題」、ロースンの「首のない女」などがある。ルパンが独房で病気と称して長いあいだ寝たままでいるあいだに、変貌をとげ、法廷に引き出されたとき、全くの別人、すなわち替玉と思いこませて、釈放されるトリック ★フットレルの主人公の学者名探偵が、力量をためすために、牢獄に入り、牢内に鼠が現れることから、地下に使用しなくなった古い下水管が通っていることを察し、鼠を根気よく手なずけて、シャツをほぐした糸を、その鼠の足に括りつけて、床の穴に追いこみ、外界との連絡をして、結局、窓の鉄棒を切るための硝酸の小瓶を、外部から送りこませるというトリックなど、巧みに描かれているので、小説としては非常に面白い。「首のない女」はやがて邦訳されるのだし、一口でいえないようなトリックなので、種明かしは避けることにする。
(昭和三十一年五月、この本のために書き下ろす)
6 隠し方のトリック