7話 探偵小説の「謎」(7)
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従来探偵小説に使用せられた、おびただしいトリックの中に、「顔のない死体」と名づける一連のトリックがある。
殺人事件の被害者の顔を、全く見分けられないようにして、その身元を不明にし、または、他の人物の死体であるかの如く装っておくことは、犯人にとってはなはだ有利だからである。実際の犯罪でも、このトリックは時として行われるが、小説では一層よく使われてきた。ことに探偵小説未発達の時代によく使われた。現在では顔の見分けられぬ死体が出てくれば、読者はすぐ「ハハア、あのトリックだな」と勘づいてしまうので、もう余り使われなくなっている。そこで作者の方では、いま一つその裏をいって顔をつぶして他の人物らしく見せかけてあったというのは、実は嘘で、やっぱり最初推定された人物の死体であった、というような手を考えるが、これもあまり面白くはない。
被害者の顔を見わけられなくするのには、二つの方法がある。一つは、死体の顔を鈍器でつぶすとか劇薬で焼くとかして、見分けられなくする方法。もう一つは、首そのものを死体から切断して隠してしまい、首のない胴体だけを残しておく方法である。その際、被害者の着物をはいで別人の着物を着せておくことはいうまでもない。
しかし、そんなことをしたところで、人間というものは、からだのどこかに、目印になるような特徴を持っているはずで、肉親の者、たとえば妻なれば、たとえ首がなくても、夫の死体の見分けはつくわけだから、探偵小説で、このトリックを使う場合には、そういう肉親の者のいないような被害者を登場せしめるほかはないのである。
まだもう一つ難関がある。指紋法が発達した現在では、もしその被害者が前科者か、そうでなくても、警察の指紋原紙に、自発的に指紋を捺したことのある人物であれば、たちまちわかってしまうし、また被害者の家庭の器物などに残っている指紋と、死体のそれとを比べて見れば、にせものはすぐ暴露する。だから、犯人は顔を見分けられなくした上に、両手の指先をも、叩きつぶすか、切断しておかなければならないわけだ。しかし、そんなことをすれば、にせ死体の企らみは容易に気づかれることとなり、この「顔のない死体」のトリックも、実際問題としては、実はなかなかむずかしいのである。
このトリックには、いろいろの変形がある。たとえば、アメリカのロースンという作家は「首のない女」という長篇で、一婦人が、顔にけがをして、顔全体を繃帯で巻いているために、それが果たしてその婦人なのか、別の女が変装しているのかわからないという興味を取り扱っている。私も「地獄の道化師」という通俗長篇で、同じような着想を用いたことがある。つまり、「顔のない死体」のトリックは生きた人間にも流用できるし、またそれは必らずしも顔そのものを変形しなくても、ただ包み隠すことによって同じ効果をあげるわけである。仮面をかぶらせたまま獄死し、ついにその正体が発見されなかったという「鉄仮面」の伝説も、このトリックと同じ興味の、非常に大きな実例といいうるであろう。生きた人間の場合は、整形外科手術によって全く別人に変貌するトリックもある。(例「大統領探偵小説」や私の「石榴」)。
もう一つの変形に、チェスタートンの「秘密の庭園」やライス夫人の「すばらしき犯罪」の型がある。それは被害者の首を切断しただけでは満足しないで、他の死体の首を持ってきて首の入れ換えをしておくという着想である。実際問題としては、昔のいくさの場合などのほかには、そんなことをやった人はないだろうと思うが、小説上では書き方によっては十分なりたつのである。
日本の高木彬光君は、さらにもう一つのこのトリックの新しい変形を案出して、われわれをアッといわせた。それは同君の処女作「刺青殺人事件」に使われたトリックで、首を切断して他の首と取り替えるのではなくて、胴体の方を取り替えるという新発明であった。なぜ胴体を隠すかというと、そこに最もハッキリした目印となる刺青があったからである。しかし首の方が残っておれば、すぐ被害者の鑑別がつくではないかと反問されるであろうが、作者はそうでないような状況をあらかじめ作り上げておいた。顔は分かっても、刺青さえわからなければ犯人は安全だという状況をである。
さて、話をもとにもどして、原型としての「顔のない死体」トリックの最初の発明者は誰かということを、少し考えてみよう。探偵小説の元祖ポー以来百十余年の間に、顔をつぶして別人の死体と思わせるトリックは、実際事件でも小説でも、数えきれないほど使われている。私の採集した著名な作家でいえば、ドイル、クリスティー、ブラマ、ロード、クィーン、カー、チャンドラーなどに、それぞれこのトリックを使用した作例がある。
ではそれより前、すなわちポー以前には、例がないかというと、むろんある。ポーの最初の探偵小説「モルグ街の殺人」に一歩先んじて、一八四一年の初めから、イギリスの文豪ディケンズが週刊誌に「バーナビイ・ラッジ」の連載をはじめたが、この長篇歴史小説のプロットの骨子をなすものは「顔のない死体」のトリックであった。
田舎のある邸宅の主人が殺され、同時に執事と庭番が行方不明になる。二人の内の誰かが下手人にちがいないのだが、いずれとも、判断しかねているうちに、やがて一カ月ほどして、同じ邸の古池の中から一つの死体が発見される。顔はくずれていたけれども、服装によって執事の死体とわかり、庭番の男が主人と執事を殺して逃げ去ったものと判定される。しかし、これが実はトリックで、真犯人は執事であった。彼は主人を殺して金を奪い、これを気づいた庭番を殺して、死体に自分の服を着せ、自分は庭番の服を着て逃げ去ったのである。
ディケンズは、イギリスではシェークスピアにつぐ文豪といってよい人であるが、この人がなかなかの探偵小説ずきであった。イギリスが世界一の探偵小説国といわれるのも、そういう古い伝統があるからだ。「バーナビイ・ラッジ」は純探偵小説ではないが、ディケンズが死ぬ前に書きはじめて、未完成のままに終っている長篇「エドウィン・ドルード」は純探偵小説といってよいもので、この小説の犯人は誰か、どんなトリックを用いたのかということは、ディケンズの死の直後から現在にいたるまで、いろいろな作家によって、くりかえし論議せられ、「エドウィン・ドルード」の解決篇というものが、二十種以上も発表されているほどである。
では「顔のない死体」のトリックを使ったのはディケンズが最初かというと、決してそうではない。そうではないことは分かっているのだが、しかし誰がどこで使ったかという具体的な資料を、私はまだ探し出せないでいる。それにもかかわらず、ディケンズが元祖でないと断言するのには理由のあることで、十九世紀から、一と飛びに紀元前にさかのぼると、そこに歴然とこのトリックが使われているからである。紀元前から十九世紀まで空白であったはずはない。探せばあるに違いないのだが、私などは十八世紀以前の文学となると、きわめて縁遠く、渉猟の力も機会もないので、しばらく諦めているというにすぎない。
紀元前の「顔のない死体」(というよりも「首のない死体」なのだが)の例で、私の気づいたものが二つある。その一つは、歴史の父といわれる古代ギリシアのヘロドトスの大著「歴史」の中にあるもので、同書第二巻第百二十一段の全文がこれである。(この本は邦文の全訳がある。青木巌訳、昭和十五年、生活社発行、上下二巻)。
ヘロドトスは紀元前五世紀の人だが、そのヘロドトスがエジプトを遍歴したとき、同地の古老から聴いた、紀元前一二〇〇年頃のエジプト王、ランプシニトス、一名ラメス四世の逸話である。「首のない死体」のトリックもずいぶん古いものではないか。
ランプシニトスは非常に富裕な王様で、莫大な銀を貯えていたが、それを安全に保管するために、宮殿に接して石の庫を建てさせた。ところが、その庫の建築を命ぜられた男がくせもので、壁の石の一つが、大力を出せば抜きとれるように工夫をした。外見は他の石と少しも違わないのだが、一つの石だけが動くという仕掛け、つまり密室の秘密の出入り口に当たるものを造ったのである。
これは実に遠大な計画で、その建築師は死ぬときに二人の息子を枕辺によんで、ひそかに遺言をする。「実は、わしはお前たちのために、あの石庫に秘密の抜け道を造っておいた。大金持ちになりたいと思うなら、そこから忍びこんで、王様の財宝を盗み出すがよい。誰も気づくはずはない」そして、石の動かし方の秘密を詳しく教えた。
二人の息子はこの遺言にしたがって、しばしば石庫に忍びこみ、多くの銀を盗み出したが、庫の扉には完全に鍵がかかったままなので、誰も疑うものはなかった。
ある時、必要があって、王様は庫の扉を開かせたが、調べてみると、多額の銀が紛失している。扉も窓も密閉されているのに、中の銀が減っているのだから、解釈のつかない不思議である。(ここに「密室トリック」の素朴な原型をみる)。それから、二度三度庫を開くたびに紛失の量が増しているので、王様は一計を案じ、人間を捕える罠を造らせて、それを庫の中に仕掛けておいた。
それとも知らぬ二人の息子は、ある晩、またしても庫に忍びこんだが、たちまち一人が罠にかかって、動けなくなった。もう一人が助け出そうと、いろいろやってみたが、どうしても罠がはずれない。そこで、罠にかかった息子はついに観念して、家名を傷つけぬために、今一人の息子に、おれの首を切って持ち帰れと命ずる。首さえなければ、犯人の鑑別がつかず、したがって兄弟や家の者に塁を及ぼさないですむという意味である。一人の息子は涙をのんで、いわれるままに首をはね、それをたずさえ、出入り口をもとの通りにしておいて、家に逃げ帰る。(すなわち「首のない死体」のトリック)
翌日、王様が庫にはいって見ると、庫には何の異常もなく、出入り口は全くないのに、盗賊の首のない死体が、罠にかかっているのを見て、驚愕する。それから、王様はまた一計を案じ、首のない死体を城の塀外につるして、番卒をして往来の人々に注意させ、身寄りの者が現われるのを待つ。すると、生き残った息子は、これに対してまた一つのトリックを使い、うまく兄弟の死体を盗み去る。王様はいよいよあきれて、今度は自分の娘、すなわち王姫を娼家に住みこませ(ヘロドトスは、これはちょっと信じられない話だがと断っている)客の一人一人に身の上話をさせて、犯人を発見しようとする。
これを聞き伝えた生き残りの息子は、わざとその娼家へ出かけ行く。ここにまた一つのトリックがある。彼は墓場の新しい死骸の腕を切り取って、ひそかにたずさえて行き、王姫の質問に対して、自分が犯人だと答える。王姫は逃がすものかと彼の手をつかむが、それは実は死体から切りとった腕であった。閨房の暗中の出来事だから、それと気がつかなかったのである。姫は賊を捕えたと思って、安心していると、本人は腕だけをのこして、闇にまぎれて逃げ去る。後に王様はこれを聞いて、若者の知恵に感心し、ついにかぶとをぬいで王姫を彼にめあわせた。めでたし、めでたし、という物語である。(このにせ腕のトリックはフランスの「ファントマ物語」に使われている。私は映画のその場面を、青年時代に見たことがあり、深く印象に残っていたので、後に何かの通俗長篇に、同じトリックを使ったことがある)
もう一つの紀元前の例というのは、やはり古代ギリシアの作家パウサニアス(前二世紀の人)の記録に出てくる。デルポイのアポロン神殿を造ったといわれる二人の建築家アガメデスとトロポニオスの話で、庫に抜け道を造ることから、罠にかかり、首を切ることまで、ランプシニトス王の物語と、そっくりそのままである。おそらくは、エジプトの伝説がギリシアに伝わり、別人の物語となって残っていたのではあるまいか。
ついでに、東洋の実例を挙げておくと、古くは仏典に例がありそうだが、未考。宋の時代、十三世紀のはじめに書かれた「棠陰比事」に「従事凾首」という、面白い話がある。ある豪家の主人が商人の妻に恋し、妻を盗んで隠し、その代りに別人の死体の胴ばかりを商人の家に残しておく。当然、商人に妻殺しの嫌疑がかかるが、結局、豪家の主人が隠しておいた別人の首が発見されて、商人の妻と考えられていた死体の胴と継ぎ合わせて見ると、ピッタリ合うので、死体は商人の妻でなかったことが判明し、豪家の主人が罪におちいるという話である。
この話は明の馮夢竜が編纂した「知嚢」にも「郡従事」と題して取入れられているし、また、「知嚢」の和訳を主内容とした辻原元甫の「知恵鑑」にもはいっている。「知恵鑑」は西鶴の「本朝桜陰比事」よりも早く、万治三年に出版された原始探偵小説書である。
日本では古事記、日本書紀、あるいは今昔物語、古今著聞集などに「首のない死体」の話があるのではないかと思うが、まだ確かめていない。今わかっているのは、ずっと後の時代の「源平盛衰記」巻第二十「公藤介自害事」と、これにつづく「楚効荊保事」に和漢の例話がある。しかし、公藤介の方は欺瞞のためというよりは、名を惜しんで我が子に首をはねさせる話だし、両話ともトリックの意味はうすいように思われる。
(「探偵クラブ」昭和二十七年五月号)
9 変身願望