一寸法師

6話 お梅人形(1)

4,217字 約8分 2017年10月28日 公開

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 午前二時、その百貨店の三階の呉服売場を、若い番頭が一人の少年店員を伴って、見廻っていた。この店では毎晩、番頭、少年店員、警務さん、(とび)のものなど、数十人の当直員を定めて、広い店内を隅から隅まで、徹宵(てっしょう)見廻らせることになっていた。

 昼間雑沓(ざっとう)するだけに、一人も客のない広々とした物売場は、変に物すごい感じがした。ほとんど電燈を消してしまって、階段の上だとか、曲り角などに、(わずか)に残された光が、ぼんやりと通路を照らしていた。

 売場の陳列台はすっかり白布(しろぬの)で覆われ、その大小高低様々の白い姿が、無数の死骸の様にころがっていた。

 若い番頭は、物の影に注意しながら、暗い通路を歩いて行った。時々立止っては、要所要所にかけてある小箱のかぎを取出して、持っている宿直時計に印をつけた。

 所々に太い円柱が立っていた。それが何か生きている大男の様に感じられた。

 少年店員は懐中電燈を(とも)して、番頭の先に立って歩いて行った。彼は虚勢をはって歩調を荒々しくしたり、口笛を吹いて見たりした。だが、それらの物音が広間の隅々に反響すると、一層変てこな気持になった。

 一番気持の悪いのは、友禅(ゆうぜん)類の売場の中央に出来ている、等身大の(いき)人形だった。三人の婦人がそれぞれ流行の春の衣裳をつけて、大きな桜の木の下に立っていた。店内ではその生人形に、お(まつ)、お(たけ)、お梅という名前をつけて、まるで生きた人間の様に「お梅さんの帯だ」とか「お梅さんのショールだ」とかいっていた。お梅さんというのは三つの内でも一番綺麗で、若い人形だった。

 この飾り人形については色々の挿話があった。若い店員がある人形に恋をしたなどといううわさがよく伝わった。夜中にそっと忍んで来て、人形に話をしたり、ふざけたりしている男もあった。今のお梅さんも、あんなに美人なのだから、ひょっとしたらだれかが恋をしていたかも知れないのだ。

 そんなうわさ話が生れる程あって、この人形共は何だか死物(しぶつ)とは思えないのだった。昼間はそ知らぬ(ふり)をして、作り物の様な顔ですましていて、夜になるとムクムクと動き出すのではないかと疑われた。事実夜の見廻りの時に、人形のすぐ前に立って、じっとその顔を見つめていると、突然ニコニコと笑い出し相な気がされた。

 今番頭達の行手には、その三つの人形が、遠くの電燈の(おぼろ)な光を受けて、真黒く見えていた。

「ちょっと、ちょっと、いつの間に、あんな子供の人形を置いたのです。ちっとも知らなかった」

 少年店員がふと立止って、番頭の袖を引いた。

「エ、子供の人形だって、そんなものありゃしないよ」

 若い番頭は怒った様な調子で、小僧の言葉を打消した。彼は怖がっているのだ。

「だって、御覧なさい。ホラ、お松さんとお竹さんが、子供の手を引いているじゃありませんか」

 小僧はそういって、人形の方へ懐中電燈をさし向けた。遠いためにはっきりとは見えないけれど、そこには、お梅人形のかげになって、確に一人の子供が立っていた。

 どう考えても、そこに子供人形のあるはずがなかった。変だぞと思うと無上(むしょう)に怖くなって来た。

「オイ、スイッチをひねるんだ。あの上のシャンデリヤをつけて御覧」

 若い番頭は、ワッといって逃げ出したいのをやっと踏止(ふみとどま)って少年店員をせき立てた。

 少年店員は、スイッチを押しに行ったけれど、面喰っている為に、急にはそのありかが分らない。番頭はもどかしがって、少年の手から懐中電燈を奪って、それを怪しい人形にさし向けながら近づいて行った。

 長い陳列台を一つ廻ると、一寸空地(くうち)が出来ていて、その真中に三人の人形が立っていた。懐中電燈の丸い光が、おずおず震えながら、床をはい上って行った。人形の周囲にめぐらした鉄柵、人造の芝生、お松さんの足、お梅さんの足、お竹さんの足、と次々に円光の中に入って行った。

 そこで丸い光は暫く躊躇していた。事実を確めるのが怖いといった風に(おのの)いていた。が突然思い切って、空を切って、光が飛んで、パッタリ動かなくなった箇所には、世にも不思議なものの姿がクローズ・アップに映し出されていた。

 その者は鳥打帽を冠り、何か黒いものを着て、さっき少年店員がいった通り、一寸すまし返ってお松お竹の両婦人に手を引かれていた。だが、一見してそれは子供でないことが分った。大きな顔に大きな目鼻がついて、頬の(あたり)に太い(しわ)が刻まれていた。俗にいう一寸法師だった。大人の癖に子供の脊丈(せたけ)しかなかった。それが懐中電燈の円光の中に、胸から上を大写しにして、私は人形ですという顔をして活人画の様にまたたきさえしないでいるのだ。

 昼間、太陽の光でそれを見たなら、美しい生人形と畸形児との取合せが余り変なので、だれでも大笑いをしたことであろう。だが夜、懐中電燈のおぼろげな円光の中に浮び上った畸形児のすました顔は、すましているだけに一層気違いめいて、物すごく感じられた。

「オイ、そこにいるのはたれだ」

 若い番頭は思い切って怒鳴りつけた。

 しかし相手は答えなかった。答えの代りに丸い光の中の半身像が、丁度活動写真のフィルムが切れでもした様に、突然見えなくなった。つまり相手は逃げたのだった。

 少年店員がやっとのことで、スイッチを探し当てて、一時にその辺が明るくなった。だがその時分には、畸形児は鉄柵を越え、陳列台の間を通り抜けて、どこかへ見えなくなっていた。無数の陳列台が縦横様々に置き並べてある、その間を台より低い、一寸法師が逃げて行くのでは、まるで追駈け様がなかった。

 間もなく番頭の非常信号によって、宿直員全部が三階に集まった。そしてあるたけの電燈をつけて、非常に物々しい捜索が始められた。陳列台の白布は一々とりのけられ、台の下や、開き戸の中なども(くま)なく調べられた。三階に隠れていないと分ると、全員が二隊に分れて、一隊は四階以上を、一隊は二階以下を探すことになった。だが、あの様に種々雑多の品物を、所狭く置並べた百貨店の中で、小さな一人の人間を探し出すのは、不可能に近い仕事だった。

 ほとんど夜明け方まで大がかりな捜索が続けられたが、結局分ったのは、何一品(ひとしな)盗まれていないこと、窓その他人間の出入(ではい)り出来る場所は、凡て完全に戸締りがしてあって、外部から何者かが忍び入った形跡絶無なことであった。

 盗まれた品物がなければ、宿直員に越度(おちど)はなく、罰俸(ばつぼう)を恐れることもなかった。

「あいつ臆病者だからね。きっと何かを見違えたんだよ」

 という様なことで、捜索はうやむやの内におわってしまった。

 その翌日所定の時間になると、百貨店のあらゆる窓やドアが開け放され、いつに変らぬ雑沓が始まった。

 支配人は、一応出入口の係員を呼んで一寸法師のお客を見なかったかと尋ねたが、昨日も今日もだれ一人そんな不具者に気づいたものはいなかった。結局昨夜の騒ぎは若い店員の(まぼろし)に過ぎなかったのかと思われた。

 盗まれた品物もなく、曲者の忍び込んだ箇所もない。その上若い番頭が主張する様な不具者なんか、昨日閉店以前に入った形跡もなく、今日開店後出て行った様子もない。(そういう不具者なればだれかの目につかぬはずはないのだが)だから若い番頭の見たのは、単に彼の幻覚に過ぎなかったか、それとも又、少年店員の中のいたずらものが、臆病な彼をおどかしてやろうと、態と人形の真似なんかしていたのかも知れない。という様な事で、結局発見者が同僚達の嘲笑(ちょうしょう)をかったばかりで、この事件は落着しようとしていた。

 だが、その日のお昼頃になって、例の三階の呉服売場に途方もない騒ぎが起った。

 桜の造花の下の三美人人形は、まだ最近飾られたばかりなので、三階中の人気を集め、そのまわりは、いつも黒山の人だかりがしていたにも拘らず、不思議とだれもそこへ気づかなかった。大人達にとっては、恐らくその着想が、余りにも奇抜過ぎたのであろうか、それを発見したのは二人の小学生徒であった。

 彼等はおそろいの(こん)サージの学生服をつけて、柵の一番前の所に立って人形を見上げていた。

「ねえ、兄さん、この人形はおかしいよ。右の手と左の手と、まるで色が違っているんだもの、この作者は下手だねえ」

 一方の小学生が人形の作者を批評した。

「生意気おいいでないよ」兄の方は周囲の見物達に気を兼ねて弟をたしなめた。「御覧よ。あの手提(てさげ)を提げている方の手なんか色は少し悪いけど、細工が実に細かく出来ているじゃないか。この作者は決して下手じゃないんだよ」

「だって、右と左であんなに感じが違っちゃつまらないや。そりゃ、細工は細かいけど……でも、やっぱり変だな、右の手は小さな(しわ)が一本一本書いてあるのに、左の手は五本の指がある切りで、皺なんか一本もない、のっぺらぽうだよ……それから右の手には生毛(うぶげ)だって生えているんだし……アラ、アラ、兄さん、あれ本当の人間の手だよ。何だかプヨプヨしているよ。ね、あの指環(ゆびわ)があんなに食い入っているだろう。きっと死人の手だよ」

 彼は思わぬ発見に息をはずませて、叫ぶ様にいうのであった。「死人の手」という一言(いちごん)は、人形の衣裳や容貌ばかりに見入っていた見物達の目を、一せいにその問題の手首へと移らせた。その不気味なものは一番若いお梅人形の右の袖口からのぞいていた。

 注意して見れば、色合といい、小皺の様子といい、生毛といい、もう死人の手首に相違はなかった。だが、常識家の大人達は、まだ彼等自身の目を疑っていた。そんな馬鹿馬鹿しい事が起るはずはないと思いつめていた。

「ねえ、伯母(おば)さん、あれ本当の人間の手だね」

 小学生は遂に一人の婦人をとらえて彼の発見を裏書きさせようとした。

「まあ、いやだ。そんなことがあるものですかよ」

 婦人は何気なく打ち消したけれど、でもどうした訳か、問題の手首を、まるで食い入る様に見つめていた。

「訳はないわ、あんたそんなに確めたけりゃ、柵の中へ入って触って見ればいいんだわ」

 別の婦人が、からかう様にいった。

「そうだね、じゃ僕たしかめて()よう」

 いうかと思うと小学生は柵を乗り越えてお梅さんの(そば)へ走り寄った。兄が()めようとしたけれど間に合わなかった。

「こんなもんだよ」

 小学生はお梅さんの右手を引抜いて、高く見物達の方へふりかざした。それを見ると、ワワワワワワという様な一種のどよめきが起った。今まで着物の袖で隠れていた手首の根元の方は、(ひじ)の所から無慙(むざん)に切落されて、切口には、赤黒い血のりが、ベットリとくっついていた。

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