紫陽花

3話

787字 約2分 2002年5月20日 公開

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 腰元のあれよと見るに、貴女の裾、袂、はら/\と、柳の糸を絞るかのやう、細腰を捩りてよろめきつゝ、ふたゝび悲しき声たてられしに、つと駈寄りて押隔て、

「えゝ! 失礼な、これ、これ、御身分を知らないか。」

 貴女はいき苦しき声の下に、

「いゝから、いゝから。」

御前(ごぜん)――」

「いゝから好きにさせておやり。さ、行かう。」

 と胸を圧して、馴れぬ足に、煩はしかりけむ、穿物を脱ぎ()てつ。

 引かれて、やがて蔭ある処、小川流れて一本の桐の青葉茂り、紫陽花の花、流にのぞみて、破垣(やれがき)の内外に今を盛りなる空地の此方に来りし時、少年は立停りぬ。貴女はほと息つきたり。

 少年はためらふ色なく、流に俯して、掴み来れる件の雪の、炭の粉に黒くなれるを、その流れに浸して洗ひつ。

 掌にのせてぞ透し見たる。雫ひた/\と滴りて、時の間に消え失する雪は、はや豆粒のやゝ大なるばかりとなりしが、水晶の如く透きとほりて、一点の汚もあらずなれり。

 きつと見て、

「これでいゝかえ。」といふ声ふるへぬ。

 貴女は(あお)く成りたり。

 後馳(おくれば)せに追続ける腰元の、一目見るより色を変えて、横様にしつかと抱く。其の膝に倒れかゝりつ、片手をひしと胸にあてて。

「あ。」とくひしばりて、苦しげに空をあふげる、唇の色青く、鉄漿(かね)つけたる前歯動き、地に手をつきて、草に(すが)れる真白き指のさきわなゝきぬ。

 はツとばかり胸をうちて(みまも)るひまに衰へゆく。

「御前様――御前様。」

 腰元は泣声たてぬ。

「しづかに。」

 (かすか)なる声をかけて、

堪忍(かんにん)おし、坊や、坊や。」とのみ、言ふ声も絶え入りぬ。

 呆れし少年の縋り着きて、いまは雫ばかりなる氷を其口に(もたら)しつ。腰元(かいな)をゆるめたれば、貴女の顔のけざまに、うつとりと目を《みひら》き、胸をおしたる手を放ちて、少年の肩を抱きつゝ、ぢつと見てうなづくはしに、がつくりと咽喉に通りて、桐の葉越の日影薄く、紫陽花の色、淋しき其笑顔にうつりぬ。

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