藪の中

2話 檢非違使に問はれたる旅法師の物語

389字 約1分 2012年3月25日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

 あの死骸(しがい)(をとこ)には、(たし)かに昨日(きのふ)()つて()ります。昨日(きのふ)の、――さあ、午頃(ひるごろ)でございませう。場所(ばしよ)關山(せきやま)から山科(やましな)へ、(まゐ)らうと()途中(とちう)でございます。あの(をとこ)(うま)()つた(をんな)と一しよに、關山(せきやま)(はう)(ある)いて(まゐ)りました。(をんな)牟子(むし)()れて()りましたから、(かほ)はわたしにはわかりません。()えたのは(ただ)萩重(はぎがさ)ねらしい、(きぬ)(いろ)ばかりでございます。(うま)月毛(つきげ)の、――(たし)法師髮(ほふしがみ)(うま)のやうでございました。(たけ)でございますか? (たけ)四寸(よき)もございましたか? ――(なに)しろ沙門(しやもん)(こと)でございますから、その(へん)ははつきり(ぞん)じません。(をとこ)は、――いえ、太刀(たち)()びて()れば、弓矢(ゆみや)(たづさ)へて()りました。(こと)(くろ)()(えびら)へ、二十あまり征矢(そや)をさしたのは、唯今(ただいま)でもはつきり(おぼ)えて()ります。

 あの(をとこ)がかやうになろうとは、(ゆめ)にも(おも)はずに()りましたが、まことに人間(にんげん)(いのち)なぞは、如露亦如電(によろやくによでん)(ちが)ひございません。やれやれ、(なん)とも(まを)しやうのない、()(どく)(こと)(いた)しました。

目次に戻る

目次