藪の中

6話 清水寺に來れる女の懺悔

1,508字 約3分 2012年3月25日 公開

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 ――その(こん)水干(すゐかん)()(をとこ)は、わたしを()ごめにしてしまふと、(しば)られた(をつと)(なが)めながら、(あざけ)るやうに(わら)ひました。(をつと)はどんなに無念(むねん)だつたでせう。が、いくら身悶(みもだ)えをしても、體中(からだぢう)にかかつた繩目(なわめ)は、一(そう)ひしひしと()()るだけです。わたしは(おも)はず(をつと)(そば)へ、(まろ)ぶやうに(はし)()りました。いえ、(はし)()らうとしたのです。しかし(をとこ)咄嗟(とつさ)()に、わたしを其處(そこ)蹴倒(けたふ)しました。丁度(ちやうど)その途端(とたん)です。わたしは(をつと)()(なか)に、(なん)とも()ひやうのない(かがや)きが、宿(やど)つてゐるのを(さと)りました。(なん)とも()ひやうのない、――わたしはあの()(おも)()すと、(いま)でも身震(みぶる)ひが()ずにはゐられません。(くち)さへ一言(ひとこと)()けない(をつと)は、その刹那(せつな)()(なか)に、一(さい)(こころ)(つた)へたのです。しかも其處(そこ)(ひらめ)いてゐたのは、(いか)りでもなければ(かな)しみでもない、――(ただ)わたしを(さげす)んだ、(つめ)たい(ひかり)だつたではありませんか? わたしは(をとこ)()られたよりも、その()(いろ)()たれたやうに、(われ)()らず(なに)(さけ)んだぎり、とうとう()(うしな)つてしまひました。

 その(うち)にやつと()がついて()ると、あの(こん)水干(すゐかん)(をとこ)は、もう何處(どこ)かへ()つてゐました。(あと)には(ただ)(すぎ)()がたに、(をつと)(しば)られてゐるだけです。わたしは(たけ)落葉(おちば)(うへ)に、やつと(からだ)(おこ)したなり、(をつと)(かほ)見守(みまも)りました。が、(をつと)()(いろ)は、(すこ)しもさつきと(かは)りません。やはり(つめ)たい(さげす)みの(そこ)に、(にく)しみの(いろ)()せてゐるのです。(はづか)しさ、(かな)しさ、腹立(はらだ)たしさ、――その(とき)のわたしの(こころ)(うち)は、(なん)()へば()いかわかりません。わたしはよろよろ()(あが)りながら、(をつと)(そば)近寄(ちかよ)りました。

「あなた。もうかうなつた(うへ)は、あなたと()一しよには()られません。わたしは一思(ひとおも)ひに()覺悟(かくご)です。しかし、――しかしあなたもお()になすつて(くだ)さい。あなたはわたしの(はぢ)御覽(ごらん)になりました。わたしはこのままあなた一人(ひとり)、お(のこ)(まを)(わけ)には(まゐ)りません。」

 わたしは一(しやう)懸命(けんめい)に、これだけの(こと)()ひました。それでも(をつと)(いま)はしさうに、わたしを()つめてゐるばかりなのです。わたしは()けさうな(むね)(おさ)へながら、(をつと)太刀(たち)(さが)しました。が、あの盜人(ぬすびと)(うば)はれたのでせう、太刀(たち)勿論(もちろん)弓矢(ゆみや)さへも、(やぶ)(なか)には見當(みあた)りません。しかし(さいは)小刀(さすが)だけは、わたしの(あし)もとに()ちてゐるのです。わたしはその小刀(さすが)()()げると、もう一()(をつと)にかう()ひました。

「ではお(いのち)(いただ)かせて(くだ)さい。わたしもすぐにお(とも)します。」

 (をつと)はこの言葉(ことば)()いた(とき)、やつと(くちびる)(うご)かしました。勿論(もちろん)(くち)には(ささ)落葉(おちば)が、一ぱいにつまつてゐますから、(こゑ)(すこ)しも(きこ)えません。が、わたしはそれを()ると、(たちま)ちその言葉(ことば)(さと)りました。(をつと)はわたしを(さげす)んだ(まま)、「(ころ)せ」と一言(ひとこと)()つたのです。わたしは(ほとんど)(ゆめ)うつつの(うち)に、(をつと)(はなだ)水干(すゐかん)(むね)へ、ずぶりと小刀(さすが)()(とほ)しました。

 わたしは(また)この(とき)も、()(うしな)つてしまつたのでせう。やつとあたりを()まはした(とき)には、(をつと)はもう(しば)られた(まま)、とうに(いき)()えてゐました。その(あを)ざめた(かほ)(うへ)には、(たけ)(まじ)つた(すぎ)むらの(そら)から、西日(にしび)(ひと)すぢ()ちてゐるのです。わたしは()(こゑ)()みながら、死骸(しがい)(なは)()()てました。さうして、――さうしてわたしがどうなつたか? それだけはもうわたしには、(まを)()げる(ちから)もありません。()(かく)わたしはどうしても、()()(ちから)がなかつたのです。小刀(さすが)(のど)()(たて)てたり、(やま)(すそ)(いけ)()()げたり、いろいろな(こと)もして()ましたが、()()れずにかうしてゐる(かぎ)り、これも自慢(じまん)にはなりますまい。((さび)しき微笑(びせう))わたしのやうに腑甲斐(ふがひ)ないものは、大慈大悲(だいじだいひ)觀世音菩薩(くわんぜおんぼさつ)も、お見放(みはな)しなすつたものかも()れません。しかし(をつと)(ころ)したわたしは、盜人(ぬすびと)()ごめに()つたわたしは、一(たい)どうすれば()いのでせう? 一(たい)わたしは、――わたしは、――(突然(とつぜん)(はげ)しき歔欷(すすりなき)

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