藪の中

7話 巫女の口を借りたる死靈の物語

1,719字 約3分 2012年3月25日 公開

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 ――盜人(ぬすびと)(つま)()ごめにすると、其處(そこ)(こし)(おろ)した(まま)、いろいろ(つま)(なぐさ)()した。おれは勿論(もちろん)(くち)()けない。(からだ)(すぎ)()(しば)られてゐる。が、おれはその(あひだ)に、何度(なんど)(つま)()くばせをした。この(をとこ)()(こと)()()けるな、(なに)()つても《うそ》と(おも)へ、――おれはそんな意味(いみ)(つた)へたいと(おも)つた。しかし(つま)悄然(せうぜん)(ささ)落葉(おちば)(すわ)つたなり、ぢつと(ひざ)()をやつてゐる。それがどうも盜人(ぬすびと)言葉(ことば)に、()()つてゐるやうに()えるではないか? おれは(ねたま)しさに身悶(みもだ)えをした。が、盜人(ぬすびと)はそれからそれへと、巧妙(かうめう)(はなし)(すす)めてゐる。一()でも肌身(はだみ)(けが)したとなれば、(をつと)との(なか)()()ふまい。そんな(をつと)()()つてゐるより、自分(じぶん)(つま)になる()はないか? 自分(じぶん)はいとしいと(おも)へばこそ、(だい)それた眞似(まね)(はたら)いたのだ、――盜人(ぬすびと)はとうとう大膽(だいたん)にも、さう()(はなし)さへ()()した。

 盜人(ぬすびと)にかう()はれると、(つま)はうつとりと(かほ)(もた)げた。おれはまだあの(とき)(ほど)(うつく)しい(つま)()(こと)がない。しかしその(うつく)しい(つま)は、現在(げんざい)(しば)られたおれを(まへ)に、(なん)盜人(ぬすびと)返事(へんじ)をしたか? おれは中有(ちうう)(まよ)つてゐても、(つま)返事(へんじ)(おも)()(ごと)に、嗔恚(しんい)()えなかつたためしはない。(つま)(たし)かにかう()つた、――「では何處(どこ)へでもつれて()つて(くだ)さい。」((なが)沈默(ちんもく)

 (つま)(つみ)はそれだけではない。それだけならばこの(やみ)(なか)に、今程(いまほど)おれも(くる)しみはしまい。しかし(つま)(ゆめ)のやうに、盜人(ぬすびと)()をとられながら、(やぶ)(そと)()かうとすると、(たちま)顏色(がんしよく)(うしな)つたなり、(すぎ)()のおれを(ゆび)さした。「あの(ひと)(ころ)して(くだ)さい。わたしはあの(ひと)()きてゐては、あなたと一しよにはゐられません。」――(つま)()(くる)つたやうに、何度(なんど)もかう(さけ)()てた。「あの(ひと)(ころ)して(くだ)さい。」――この言葉(ことば)(あらし)のやうに、(いま)でも(とほ)(やみ)(そこ)へ、まつ逆樣(さかさま)におれを()(おと)さうとする。一()でもこの(くらゐ)(にく)むべき言葉(ことば)が、人間(にんげん)(くち)()(こと)があらうか? 一()でもこの(くらゐ)(のろ)はしい言葉(ことば)が、人間(にんげん)(みみ)()れた(こと)があらうか? 一()でもこの(くらゐ)、――(突然(とつぜん)(ほとばし)(ごと)嘲笑(てうせう))その言葉(ことば)()いた(とき)は、盜人(ぬすびと)さへ(いろ)(うしな)つてしまつた。「あの(ひと)(ころ)して(くだ)さい。」――(つま)はさう(さけ)びながら、盜人(ぬすびと)(うで)(すが)つてゐる。盜人(ぬすびと)はぢつと(つま)()(まま)(ころ)すとも(ころ)さぬとも返事(へんじ)をしない。――と(おも)ふか(おも)はない(うち)に、(つま)(たけ)落葉(おちば)(うへ)へ、(ただ)一蹴(ひとけ)りに蹴倒(けたふ)された、((ふたたび)(ほとばし)(ごと)嘲笑(てうせう)盜人(ぬすびと)(しづ)かに兩腕(りやううで)()むと、おれの姿(すがた)()をやつた。「あの(をんな)はどうするつもりだ? (ころ)すか、それとも(たす)けてやるか? 返事(へんじ)(ただ)(うなづ)けば()い。(ころ)すか?」――おれはこの言葉(ことば)だけでも、盜人(ぬすびと)(つみ)(ゆる)してやりたい。((ふたたび)(なが)沈默(ちんもく)

 (つま)はおれがためらふ(うち)に、(なに)一聲(ひとこえ)叫ぶが(はや)いか、(たちま)(やぶ)(おく)へ走り()した。盜人(ぬすびと)咄嗟(とつさ)()びかかつたが、これは(そで)さへ(とら)へなかつたらしい。おれは(ただ)(まぼろし)のやうに、さう()景色(けしき)(なが)めてゐた。

 盜人(ぬすびと)(つま)()()つた(のち)太刀(たち)弓矢(ゆみや)()()げると、一箇所(かしよ)だけおれの(なは)()つた。「今度(こんど)はおれの()(うへ)だ。」――おれは盜人(ぬすびと)(やぶ)(そと)へ、姿(すがた)(かく)してしまう(とき)に、かう(つぶや)いたのを(おぼ)えてゐる。その(あと)何處(どこ)(しづ)かだつた。いや、まだ(だれ)かの()(こゑ)がする。おれは(なは)()きながら、ぢつと(みみ)()ませて()た。が、その(こゑ)()がついて()れば、おれ自身(じしん)()いてゐる(こゑ)だつたではないか? (三度(みたび)(なが)沈默(ちんもく)

 おれはやつと(すぎ)()から、(つか)()てた(からだ)(おこ)した。おれの(まへ)には(つま)(おと)した、小刀(さすが)(ひと)(ひか)つてゐる。おれはそれを()にとると、一突(ひとつ)きにおれの(むね)()した。(なに)(なまぐさ)(かたまり)がおれの(くち)へこみ()げて()る。が、(くる)しみは(すこ)しもない。(ただ)(むね)(つめ)たくなると、一(そう)あたりがしんとしてしまつた。ああ、(なん)()(しづ)かさだらう。この山陰(やまかげ)(やぶ)(そら)には、小鳥(ことり)()(さえづ)りに()ない。(ただ)(すぎ)(たけ)(うら)に、(さび)しい日影(ひかげ)(ただよ)つてゐる。日影(ひかげ)が、――それも次第(しだい)(うす)れて()る。もう(すぎ)(たけ)()えない。おれは其處(そこ)(たふ)れた(まま)(ふか)(しづ)かさに包まれてゐる。

 その(とき)(だれ)(しの)(あし)に、おれの(そば)()たものがある。おれはそちらを()ようとした。が、おれのまはりには、何時(いつ)薄闇(うすやみ)()ちこめてゐる。(たれ)か、――その(たれ)かは()えない()に、そつと(むね)小刀(さすが)()いた。同時(どうじ)におれの(くち)(なか)には、もう一()血潮(ちしほ)(あふ)れて()る。おれはそれぎり永久(えいきう)に、中有(ちうう)(やみ)(しづ)んでしまつた。………

(大正十年十二月作)

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