8話 第七夜
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「波打ちぎわにそって、カシワの木とブナの木の森がひろがっています。そこはいかにもすがすがしい森で、よい香りがただよっています。春になると、幾百ともしれないナイチンゲールが訪れてきます。この森のすぐ近くに海があります。永遠に姿を変えている海です。そしてこの森と海とのあいだを、広い国道が通っています。馬車がつぎからつぎへと走っています。けれどもわたしは、その後については行きません。わたしの眼は、たいてい一つの点にとまるのです。そこには一つの大きな塚があります。キイチゴの蔓とリンボクが、石の間からのびています。ここに、自然の中の詩があるのです。きみは、人々がこれをどんなふうに考えていると思いますか? そうだ、わたしがそこで、きのうの夕方から夜にかけて聞いたことだけを話してあげましょう。
最初に金持の農夫がふたり、馬車に乗ってやってきました。
『そこらにあるのは、たいした木じゃないか!』と、ひとりが言いました。
『一本あたり、十駄のまきはとれるよ!』と、もうひとりが答えました。
『この冬もきびしい寒さになるぜ。去年は一坪十四ターレルで売ったっけな!』
こう言って、ふたりは通りすぎて行きました。
『ここは道が悪いなあ!』と、べつの馬車で来た人が言いました。
『そりゃあ、あのいまいましい木のためさ!』と、つれの者が答えました。
『なにしろここは、海のほうからしか風が吹いてこないんだからね!』
こう言いながら、このふたりも通りすぎて行きました。駅馬車も通りかかりました。こんなにすばらしい景色のところへ来ても、みんな眠っていました。御者はラッパを吹きならしました。そして心の中では、『おれの吹き方はうまいもんだ。それによ、ここへ来ると、ほんとうにいい音がでる。だが、みんなはどう思っているかな?』と、こんなことばかりを考えていました。こうして、駅馬車も行ってしまいました。
こんどは、ふたりの若者が馬をとばせてやってきました。この血の中には青春とシャンパン酒があるな、とわたしは思いました。このふたりも、口もとに微笑をうかべながら、苔のむした丘と薄暗い茂みのほうをながめました。
『水車屋のクリスチーネといっしょに、ここを散歩したいなあ!』と、ひとりが言いました。
それから、ふたりは駆け去りました。あたりの花は、たいへん強くにおいました。そよ風は静かにまどろみました。海はまるで、深い谷の上にひろがっている空の一部になったかのようでした。
また一台の馬車が通りすぎました。中には六人の客が乗っていました。そのうち四人は眠っていました。五人目の男は、自分によく似合うはずの、新しい夏服のことを考えていました。六人目の男は、御者のほうへからだを乗りだして、あそこに積み重ねてある石には、なにか特別のことでもあるのかとたずねました。
『いいや』と、御者は言いました。『ただ、石が積み重ねてあるだけでさあ。だが、あっちの木のほうとなると、特別のことがありますて!』
『どうしてだい?』
『ええ、特別のことがありますとも! 旦那、冬になって、雪が深くつもりますってえと、何もかも一面に平らになってしまいまさ。そんなとき、あっしの目印になるのが、あの木でしてね、あいつを頼りにして行くからこそ、海にもはまりこまねえですむってもんでさ。だからね、あいつは特別なんですよ!』――こう言って、走り去りました。
そこへ、ひとりの画家がやってきました。その眼はきらめきました。一言も物を言いませんでした。画家は口笛を吹きました。ナイチンゲールが歌いはじめました。一羽また一羽と、だんだん高く。
『だまれ!』と、画家はどなって、すべての色と濃淡とを非常にくわしくかきとめました。『青、薄紫、濃褐色!』これはすばらしい絵になるでしょう! 画家は、鏡がものの姿をうつすように、それをうつしとったのです。そしてそうしながら、ロッシーニの行進曲を口笛で吹いていました。
最後にやってきたのは貧しい女の子でした。女の子は塚のそばで休んで、荷物をおろしました。美しい青白い顔を森のほうへ向けて、そこからひびいてくる物音に耳をかたむけました。海のかなたの大空を見上げたとき、女の子の眼はきらきらと輝きました。両手が合されました。『主の祈り』をとなえたように思われます。この子は自分でも、自分自身の中を流れている感情がわかりませんでした。しかし、わたしは知っています。長い年月がたつうちには、この瞬間とまわりの自然とが、画家がきまった絵具でえがきだしたよりもずっと美しく、さらにいっそう忠実に、この子の思い出のうちにときおり生きかえってくるだろうということを。わたしの光は、暁の光が女の子のひたいにキスをするまで、この子の後について行きました!」