可愛い山

9話 アル中種々相 アル中種々相

2,354字 約5分 2016年3月17日 公開

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 1 徒渉マニア

 学名を Hydromania といい、恐水病の反対の親水病である。山中渓流にあえばジャブジャブと徒渉しなくては気が済まぬ。丸木橋なんぞ渡らず、石から岩へ飛んで落ちたりする。時に命を失うことあり。監視を要す。

 2 道具マニア

 学名を Equipomania といい、運道具店のカタログに出ている品全部、及びそれ以上を山に持ち込む患者である。金満家の子供が最もこの素質を持っている。生命には危険は無いが、人夫賃がかかる。

 3 抱付マニア

 性欲的に抱き付くのではないから、警察の御厄介になることは稀であるが、都会でこれを行う――例えば東京駅の東ジャンダルムに抱きついたり、自宅の石垣を深夜登攀したりする――とひっつかまる。

 この患者は、自然的なると人工的なるとを問わず、岩さえ見れば抱きついて了うのである。学名を IVmania という。IV は即ち Ivy で、蔦が岩にからむことは、先刻御承知の通りである。生命に危険甚し。

 4 ケーザリズム

 これは学名で通用する。ユリウス・ケーザルが、かつて、Veni, vidi, vici, と叫んだことから来ているので、高いものさえ見れば、敢然その頂角を征服せねば気が済まぬのである。主として山だが、立木でも、煙出しでも、屋根でも、土手でも、ゴミためでも、何でもかまわぬ。

 山麓或は都会では、ヴィーナス山脈を征服したりする。

 5 国粋マニア

 学名 Ducmania は、恐らくムッソリニから来ているのだろう。新しい名である。この患者は日常生活では洋服を着、靴をはいているが、いざ山へ入るとなると、草鞋(わらじ)脚絆(きゃはん)股引(ももひき)、ドンブリ、半纏(はんてん)、向う鉢巻で、ルックサックの代りに山伏が使用するような物を背負い、山頂快晴ならば日の丸の鉄扇を振って快を叫び、霧がまいて来ると梅干をしゃぶり、いよいよ路に迷うと鰹節を囓り(ほしい)を噛む。

 6 外国マニア

 学名はない。5と反対に何から何まで外国製品を使用し、霧がまいて来ると酸っぱいドロップをしゃぶり、路に迷うとサラミを囓り、ドッグ・ビスケットを噛み、キャンプでは、味噌汁のかわりにビーフ茶を飲み、キャベツにマギ・ソースをぶっかけて食う。5と6が同じ場所で野営すると面白い。

 7 リーダーマニア

 リーダーの責任の重大と、隊員が絶対服従を守らねばならぬこととを痛感する余り、途中で隊員が無断小便しても怒りつける患者。

 8 迅速マニア

 俗称スピードマニア。七月一日午前六時松本着。六時三分松本発信鉄にて七時三分大町着。途中汽車弁を食い、大町から自動車で大出着。七時三十分。直ちに歩き出して午後零時五十分大沢小舎通過。午後五時十九分針ノ木峠の頂上から二丁下まで行って、へたばって了い、上から下りて来た越中の人夫に荷物ぐるみ背負って貰って午後七時大沢小舎着。ヘドを吐き青くなる。

 9 落着マニア

 学名を Nombilism といい、シンプトンとしては非常に屡々立ちどまり、景色に感心し、煙草を吸い、写真をうつし、靴と靴下を脱いで素足に風をあて、小便をし、だべる。同行者あまりに早く歩けば、「近頃耳に入れた」猥談を好餌として引きとめ、人が一日で行くところに三日費し、これでなくては山の面白味はわからぬと放言する。

 10 地図マニア

 Mappanism ――断然五万分一の地図を信用し、地図に万一間違いがあると、深い谷にまぎれ込んで了う。単独マニア患者に多い。

 11 単独マニア

 真に山を理解するには単独登山に限るというマニアックで、どこへでも一人で出かける。従って荷物多くなり、時にペシャンコになることあり。

 12 メダルマニア

 この患者は近来激減した。やたらに何々山岳会に入り、そのメダルを帽子や襟につけて歩く病人で、ドイツ・タイプである。

 13 セオリスト

 学名を theoromania と呼び、中年者に多い病気である。とにかく、とても理論にくわしく、岩登りをやったことが無いのに、マウエルハーケンと木製楔との関係を知っていたり、氷河を歩いたことも無いのに、クレヴァスに墜ちた時の処分法を論じたり、進んではシェンクのピッケルの力学的優秀点を知っていたりする。

 少々うるさいが勝手にしゃべらせておけば他人に害は加えない。

 14 謙遜マニア

 セオリストの反対で、何でも知っているのに、何も言わず、ニヤニヤしている患者。薄気味悪し。

 15 縦走マニア

 学名 Onoemania ――初めから二番目の o には、ウムラウトが着くのが本当だが、そんな活字はあるまいと思って e をつけておいた。この患者は、とにかく尾根ばかり縦走して歩くのであって、毎年、白馬――唐松(からまつ)――五龍――鹿島槍(かしまやり)――(はり)()――蓮華(れんげ)――烏帽子(えぼし)――野口(のぐち)五郎――三俣蓮華(みつまたれんげ)――黒部(くろべ)五郎――(かみ)(たけ)――楽師(やくし)――鷲岳――雄山(おやま)――大汝(おおなんじ)――別山(べっさん)――剣……といったような計画を立てるが、費用や時間の関係でうまく行かない。はじめから、費用も時間も不足であることを知りながら、計画を立てるところが、即ちマニアである所以で、これを実行している人は、普通の、立派な山岳家である。

 16 本マニア

 Bibiliomania はアル中に限った訳でもないが、要するに山の本をウンと集め、洋の東西と時の古今を問わぬ。これは奨励すべきマニアである。

 17 感激マニア

 何にでも感激して了うのである。山に感激し、雷に感激、雷鳥に感激し……そこ迄はいいが、山の案内者がみな英雄で、山であった女がみな美人で、山小舎の主人がみな聖人みたいに見えるに至っては、立派なマニアックである。

 18 非感激マニア

 これはまた、何にも感激しない。至って詰らなそうに見える。而も毎年山へ入るところから考えると、まんざらでもないらしい。

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