註文帳

2話 註文帳(2)

7,689字 約15分 2009年6月10日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

「嘘あねえ。」

 と五助はあとでまた額を()で、

「怠けちゃあ不可(いけな)いと()われた日にゃあ、これでちっとは文句のある処だけれど、お精が出ますとおっしゃられてみると、恐入るの門なりだ。

 実際また我ながらお怠け遊ばす、(ばばあ)どんの居た内はまだ稼ぐ気もあったもんだが、もう(かな)わねえ。

 人間色気と食気が無くなっちゃあ働けねえ、(のみ)けで稼ぐという(やつ)あ、これが少ねえもんだよ、なあ、お勝さん、」と振向いて呼んでみたが、

「もうお出懸けだ、いや、よく老実(まめ)に廻ることだ。はははは作平さん、まあ、話しなせえ、誰も居ねえ、何ならこっちへ上って炬燵(こたつ)に当ってよ、その障子を開けりゃ()い、はらんばいになって休んで()きねえ。」

「そうもしてはいられぬがの、通りがかりにあれじゃ、お前さんの話が耳に()って、少し附かぬことを聞くようじゃけれど、今のその剃刀(かみそり)()せるという日は、確か十九日とかいわしった、」

「むむ、十九日十九日、」と、気乗(きのり)がしたように重ね返事、ふと心付いた事あって、

「そうだ、待ちなせえ、今日は十九日と、」

 五助は身を(ひね)って、心覚(こころおぼえ)(うしろ)ざまに棚なる小箱の上から、取下(とりおろ)した分厚な一(てつ)の註文帳。

 膝の上で、びたりと二つに割って開け、ばらばらと小口を返して、指の(さき)でずッと一わたり、目金で見通すと、

「そうそうそう、」といって仰向(あおむ)いて、(たなそこ)で帳面をたたくこと二三度す。

 作平もしょぼしょぼとある目で(のぞ)きながら、

日切(ひぎれ)の仕事かい。」

「何、急ぐのじゃあねえけれど、今日中に一(ちょう)(わし)が気で研いで進ぜたいのがあったのよ、つい話にかまけて忘りょうとしたい、まあ、」

「それは邪魔をして気の毒な。」

「飛んでもねえ、(ゆっく)りしてくんねえ。何さ、実はお(めえ)、聞いていなすったか、その今日だ。この十九日にゃあ一日仕事を休むんだが、休むについてよ、こう水を(あらた)めて、砥石(といし)を洗って、ここで一挺念入(ねんいり)というのがあるのさ、」

「気に入ったあつらえかの。」

「むむ、今そこへ()きなすった、あの二上屋の寮が、」

 と向うの路地を(ゆびさ)した。

「あ、あ、あれだ、紅梅が見えるだろう、あすこにそのお若さんてって十八になるのが居て、何だ、旦那の大の秘蔵女(ひぞうっこ)さ。

 そりゃ見せたいような容色(きりょう)だぜ、寮は近頃出来たんで、やっぱり女郎屋の内証(ないしょ)で育ったもんだが、人は氏よりというけれど、作平さん、そうばかりじゃあねえね。

 お蔭で命を助かった位な(ほどこし)を受けてるのがいくらもあら。

 藤三郎父親(ちゃん)がまた夢中になって可愛がるだ。

 少姐(ねえさん)の袖に(すが)りゃ、抱えられてる妓衆(こどもしゅう)の証文も、その場で(けむ)になりかねない(いきおい)だけれど、そこが方便、内に居るお勝なんざ、よく知ってていうけれど、女郎衆なんという者は、ハテ凡人にゃあ分らねえわ。お若さんの容色(きりょう)()いから天窓(あたま)を下げるのが口惜(くやし)いとよ。

 (あっし)鐚一文(びたいちもん)世話になったんじゃあねえけれど、そんなこんなでお(めえ)、その少姐(ねえさん)が大の贔屓(ひいき)

 どうだい、こう聞きゃあお(めえ)だって贔屓にしざあなるめえ。死んだ田之助そッくりだあな。」

       八

「ところで御註文を格別の(あつかい)だ。今日だけは(ほか)の剃刀を研がねえからね、仕事と()や、内じゃあ商売人のものばかりというもんだに因って、一番不浄(よけ)別火(べつび)にして、お若さんのを研ごうと思って。

 うっかりしていたが、一挺来ていたというもんだ、いつでもこうさ。

 一体十九日の紛失一件は、どうも(くるわ)にこだわってるに(ちげ)えねえ。(たた)るのは妓衆(こどもし)なんだからね、少姐(ねえさん)なんざ、遊女(おいらん)じゃあなし、しかも廓内(くるわうち)に居るんじゃあねえから構うめえと思ってよ。

 まあ何にしろ変な訳さ。今に見ねえ、今日もきっと誰方(どなた)か取りにござる。いや作平さん、狐千年を()れば怪をなす、(わっし)剃刀研(かみそりとぎ)なんざ、商売往来にも目立たねえ古物(こぶつ)だからね、こんな場所がらじゃアあるし、魔がさすと見えます。

 そういやあ作平さん、お前さんの鏡研(かがみとぎ)も時代なものさ、お(たげえ)に久しいものだが、どうだ、御無事かね。二階から白井権八の顔でもうつりませんかい。」

 その箱と(たらい)とを(にな)った、(やせ)さらぼいたる作平は、(けだ)し江戸市中世渡(よわたり)ぐさに(おもかげ)を残した、鏡を研いで活業(なりわい)とする(じじい)であった。

 淋しげに(うなず)いて、

「ところがもし御同様じゃで、」

「御同様」と五助は日脚を見て仕事に(かか)る気、寮の美人の剃刀を研ぐ気であろう。(おけ)の中で砥石(といし)を洗いながら、慌てたように(いい)返した。

「御同様は気がねえぜ、お(めえ)の方にも(いわく)があるかい。」

「ある段か、お前さん。こういうては何じゃけれど、田町の剃刀研、(わし)は広徳寺前を右へ寄って、稲荷町(いなりちょう)の鏡研、自分達が早や変化(へんげ)(たぐい)じゃ、へへへへへ。」と薄笑(うすわらい)

「おやおや、(てめえ)から名乗る(やつ)もねえもんだ。」と、かっちり、つらつらと石を合せる。

「じゃがお前、東京と代が替って、こちとらはまるで死んだ江戸のお位牌(いはい)の姿じゃわ、羅宇(らお)屋の方はまだ()けたのが出来たけれど、もう貍穴(まみあな)の狸、梅暮里の(どじょう)などと同一(ひとつ)じゃて。その癖職人絵合せの一枚(ずり)にゃ、烏帽子素袍(えぼしすおう)を着て出ようというのじゃ。」

「それだけになお罪が重いわ。」

「まんざらその(たたり)に因縁のないことも無いのじゃ、時に十九日の。」

「何か剃刀の()せるに就いてか、」

「つい四五日前、町内の差配人(おおや)さんが、前の溝川の橋を渡って、(しとみ)(おろ)した薄暗い店さきへ、顔を出さしったわ。はて、店賃(たなちん)の御催促。万年町の縁の下へ引越(ひっこ)すにも、尨犬(むくいぬ)(わたり)をつけんことにゃあなりませぬ。それが早や出来ませぬ仕誼(しぎ)、一刻も猶予ならぬ立退(たちの)けでござりましょう。その儀ならば(のち)とは申しませぬ、たった今川ン中へ引越しますと()うたらば。

 差配(おおや)さん苦笑(にがわらい)をして、狸爺め、濁酒(どぶろく)(くら)い酔って、千鳥足で帰って来たとて、桟橋(さんばし)を踏外そうという風かい。溝店(どぶだな)のお祖師様と兄弟分だ、(わか)い内から泥濘(ぬかぬみ)へ踏込んだ(ためし)のない(おれ)だ、と、手前(てめえ)太平楽を並べる癖に。

 御意でござります。

 どこまで始末に()えねえか(すう)が知れねえ。()いや、地尻の番太と手前(てめえ)とは、(おら)芥子坊主(けしぼうず)の時分から居てつきの厄介者だ。(あて)もねえのに、毎日研物の荷を担いで、廓内をぶらついて、帰りにゃあ箕輪(みのわ)の浄閑寺へ廻って、以前御贔屓(ごひいき)になりましたと、遊女(おいらん)の無縁の塔婆に挨拶(あいさつ)をして来やあがる。そんな奴も差配(さはい)内になくッちゃあお祭の時幅が利かねえ。(せがれ)は稼いでるし、稲荷町の差配は店賃の取り立てにやあ歩行(ある)かねえッての、むむ。」と大得意。この時五助はお若の剃刀をぴったりと()にあてたが、哄然(こうぜん)として、

「気に入った気に入った、それも贔屓の仁左衛門だい。」

     作平物語

       九

「ところで聞かっしゃい、差配(おおや)さまの()うのには、作平、一番(ひとつ)念入(ねんいり)()ってくれ、その代り儲かるぜ、十二分のお手当だと、膨らんだ懐中(ふところ)から、朱総(しゅぶさ)つき、(にしき)の袋入というのを一面の。

 何でも差配(おおや)さんがお出入(でいり)の、麹町(こうじまち)辺の御大家の鏡じゃそうな。

 さあここじゃよ。十九日に因縁づきは。(はばか)ってお名前は出さぬが、と差配(おおや)さんが謂わっしゃる。

 その御大家は今寡婦様(ごけさま)じゃ、まず御後室というのかい。ところでその旦那様というのはしかるべきお侍、もうその頃は金モオルの軍人というのじゃ。

 鹿児島戦争の時に大したお手柄があって、馬車に乗らっしゃるほどな御身分になんなされたとの。その方が(わか)い時よ。

 誰もこの(まよい)ばかりは免れぬわ。やっぱりそれこちとらがお花主(とくい)の方に深いのが一人出来て、雨の()、雪の夜もじゃ。とどの(つま)りがの、床の山で行倒れ、そのまんまずッと引取られたいより(ほか)に、何の(のぞみ)もなくなったというものかい。居続けの朝のことだとの。

 遊女(おいらん)は自分が薄着なことも、髪のこわれたのも気がつかずに、しみじみと情人(いろ)の顔じゃ。(やつ)れりゃ窶れるほど、嬉しいような男振(おとこぶり)じゃが、大層(ひげ)が伸びていた。

 鏡台の前に坐らせて、(うがい)茶碗で(ぬら)した手を、男の顔へこう懸けながら、背後(うしろ)へ廻った、とまあ思わっせえ。

 遊女(おいらん)は、胸にものがあってしたことか。わざと八寸の延鏡(のべかがみ)が鏡(たて)に据えてあったが、男は映る顔に目も放さず。

 うしろから肩越に気高い顔を一所にうつして、遊女(おいらん)が死のうという気じゃ。

 あなた、私の心が見えましょう、と覗込(のぞきこ)んだ時に、ああ、堪忍しておくんなさい、とその鏡を取って俯向(うつむ)けにして、男がぴったりと自分の胸へ押着(おッつ)けたと。

 何を他人がましい、あなた、と肩につかまった女の手を、背後(うしろ)ざまに()ねたので、うんにゃ、愚痴なようだがお前には(うらみ)がある。母様(おっかさん)によく()た顔を、ここで見るのは申訳がないといって、がっくり俯向いて男泣(おとこなき)

 遊女(おいらん)はこれを聞くと、何と思ったか、それだけのものさえ持てようかという()せた指で、剃刀(かみそり)を握ったまま、顔の色をかえて、ぶるぶると震えたそうじゃが、突然(いきなり)逆手(さかて)に持直して、何と、背後(うしろ)からものもいわずに、男の咽喉(のど)突込(つっこ)んだ。」

 五助は剃刀の(ひら)を指で(おさ)えたまま、ひょいと手を留めた。

「おお、(あぶね)え。」

「それにの、刃物を刺すといや、針さしへ針をさすことより心得ておらぬような婦人(おんな)じゃあなかった。(おら)遊女(おいらん)の名と坂の名はついぞ覚えたことは()えッて、差配(おおや)さんは忘れたと()わッしたっけ。その遊女は本名お縫さんと謂っての、御大身じゃあなかったそうじゃが、(れっき)とした旗本のお嬢さんで、お(やしき)は番町辺。

 何でも徳川様瓦解(がかい)の時分に、父様(おとっさん)の方は上野へ(へえ)んなすって、お前、お嬢さんが可哀(かわい)そうにお邸の前へ茣蓙(ござ)を敷いて、蒔絵(まきえ)の重箱だの、お雛様(ひなさま)だの、錦絵(にしきえ)だのを売ってござった、そこへ通りかかって両方で見初めたという悪縁じゃ。男の方は長州藩の若侍。

 それが物変り星移りの、講釈のいいぐさじゃあないが、有為転変、芳原でめぐり(あい)、という深い交情(なか)であったげな。

 牛込見附で、仲間(ちゅうげん)の乱暴者を一(にん)、内職を届けた帰りがけに、もんどりを打たせたという手利(てきき)なお嬢さんじや、(くるわ)でも一時(ひとしきり)四辺(あたり)を払ったというのが、思い込んで剃刀で突いた(やつ)。」

「ほい。」

       十

「男はまるで油断なり、万に一つも助かる生命(いのち)じゃあなかったろうに、御運かの。遊女(おいらん)は気がせいたか、少し(ねらい)がはずれた処へ、その胸に伏せて、うつむいていなすった、鏡で、かちりとその、剃刀の刃が留まったとの。

 (わし)はどちらがどうとも()わぬ。遊女(おいらん)贔屓(ひいき)をするのじゃあないけれど、思詰めたほどの事なら、遂げさしてやりたかったわ、それだけ心得のある婦人(おんな)が、仕損じは、まあ、どうじゃ。」

「されば、」

「その代り返す手で、我が咽喉(のど)()ね切った遊女(おいらん)の姿の見事さ!

 口惜(くや)しい、口惜しい、可愛いこの人の顔を余所(よそ)婦人(おんな)に見せるのは口惜しい! との、唇を()んだまま、それなりけり。

 全く鏡を見なすった時に、はッと我に返って、もう悪所には来まいという、(きっ)とした心になったのじゃげな。

 容子(ようす)で悟った遊女(おいらん)も目が高かった。男は煩悩の雲晴れて、はじめて拝む真如(しんにょ)の月かい。生命(いのち)の親なり智識なり、とそのまま頂かしった、鏡がそれじゃ。はて(ふさ)つき錦の袋入はその(はず)じゃて、お家に取っては、宝じゃものを。

 念を入れて仕上げてくれ、近々にその後室様が、実の()よりも可愛がっておいでなさる、甥御(おいご)一方(ひとかた)。悪い茶も飲まずに、さる立派な学校を卒業なされた。そのお祝に、御教訓をかねてお遣物(つかいもの)になさるつもり、まずまあ早くいってみりゃ、油断が起って女狂(おんなぐるい)、つまり悪所入(あくしょばいり)などをしなさらぬようにというのじゃ。

 作平頼む、と差配(おおや)さんが置いて()かれた。(かしこま)り奉るで、昨日(きのう)それが出来て、差配さんまで差出すと、(すぐ)に麹町のお(やしき)とやらへ()かしった。

 点火頃(ひともしごろ)に帰って来て、作、喜べと大枚三両。これはこれはと(しん)から辞退をしたけれども、いや先方様(さきさま)でも大喜び、実は鏡についてその話のあったのは、御維新(ごいっしん)になって八年、霜月の十九日じゃ。月こそ違うが、日は同一(おんなじ)、ちょうど昨日の話で今日、(あらた)めてその甥御様に送る間にあった、ということで、研賃(とぎちん)には多かろうが、一杯飲んでくれと、こういうのじゃ。

 頂きます頂きます、飲代(のみしろ)になら百両でも御辞退(つかまつ)りまする儀ではござりませぬと、さあ飲んだ、飲んだ、昨夜(ゆうべ)一晩。

 ウイか何かでなあ五助さん、考えて見ると成程な、その大家の旦那がすっかり改心をなされた、こりゃ至極じゃて。

 お連合(つれあい)の今の後室が、忘れずに、大事にかけてござらっしゃる、お心懸(こころがけ)天晴(あっぱれ)なり、来歴づきでお宝物にされた鏡はまた錦の袋入。こいつも()いわい。その研手(とぎて)(わし)をつかまえた差配さんも気に入ったり、研いだ作平もまず可いわ。立派な身分になんなすった甥御も()し。(いましめ)のためと()うて、遣物にさっしゃる趣向も受けた。手間じゃない飲代にせいという文句も可しか、酒も可いが、五助さん。

 その発端になった、旗本のお嬢さん、剃刀で死んだ遊女(おいらん)の身になって御覧(ごろう)じろ、またこのくらいよくない話はあるまい。

 (まよい)じゃ、迷は迷じゃが、自分の可愛い男の顔を、(ほか)婦人(おんな)に見せるのが(いや)さに、とてもとあきらめた処で、殺して死のうとまで思い詰めた、心はどうじゃい。

 それを考えれば酒も咽喉(のど)へは通らぬのを、いやそうでない。魂魄(こんぱく)この()(とど)まって、浄閑寺にお参詣(まいり)をする(わし)への礼心、無縁の信女達の総代に麹町の宝物を稲荷町までお遣わしで、(わし)に一杯振舞うてくれる気、と、早や、手前勝手。飲みたいばかりの理窟をつけて、さて、(あお)るほどに、けるほどに、五助さん、どうだ。

 (わし)の顔色の悪いのは、お(はばか)りだけれど今日ばかりは貧乏のせいでない。三年目に一度という二日酔の上機嫌じゃ、ははは。」とさも快げに見えた。

     夕空

       十一

 時に五助は反故紙(ほごがみ)(しご)いて()(すま)した剃刀(かみそり)(ぬぐい)をかけたが、持直して(てのひら)へ。

 折から夕暮の(そら)暗く、筑波から出た雲が、早や屋根の上から大鷲(おおわし)(くちばし)のごとく田町の空を差覗(さしのぞ)いて、一しきり(はげ)しくなった往来(ゆきき)の人の姿は、ただ黒い影が行違(ゆきちが)い、入乱るるばかりになった。

 この際一際(ひときわ)色の濃く、(あざや)かに見えたのは、屋根越に遠く見ゆる紅梅の花で、二上屋の寮の西向の硝子(がらす)窓へ、たらたらと流るるごとく、横雲の切目(きれめ)からとばかりの間、夕陽が映じたのである。

 剃刀の刃は手許(てもと)の暗い中に、青光三寸、颯々(さつさつ)と音をなして、骨をも切るよう皮を(すべ)った。

「これだからな、自慢じゃあねえが悪くすると人ごろしの得物にならあ。ふむ、それが十九日か。」といって少し(ふさ)ぐ。

「そこで久しぶりじゃ、(わし)もちっと冷える気味でこちらへ無沙汰(ぶさた)をしたで、また心ゆかしに(くるわ)を一(まわり)、それから例の()()へ行って、どうせ(こけ)の下じゃあろうけれど、ぶッつかり放題、そのお嬢さんの墓と思って挨拶をして来ようと、ぶらぶら内を出て来たが。

 お(きま)りでお(まい)(とこ)へお邪魔をすると、不思議な話じゃ。あと(さき)はよく分らいでも、十九日とばかりで聞く耳が立ったての。

 何じゃ知らぬが、日が違わぬから、こりゃものじゃ。

 五助さん、お(まい)の許にもそういうかかり(あい)があるのなら、悪いことは()わぬ、お題目を唱えて進ぜなせえ。

 つい話で遅くなった。やっとこさと、今日はもう箕の輪へだけ廻るとしよう。」と謂うだけのことを謂って、作平は早や腰を()そうとする。

 トタンにがらがらと腕車(くるま)が一台、目の前へ(あらわ)れて、人通(ひとどおり)の中を()いて通る時、地響(じひびき)がして土間ぐるみ五助の(たい)はぶるぶると胴震(どうぶるい)

「ほう、」といって、俯向(うつむ)いていたぼんやりの顔を上げると、目金をはずして、

「作平さん、お前は(うらみ)だぜ、そうでなくッてさえ、今日はお(きま)りのお客様が無けりゃ()いが、と朝から父親(おやじ)の精進日ぐらいな気がしているから、有体(ありてい)の処腹の(うち)じゃお題目だ。

 唱えて進ぜなせえは聞えたけれど、お(めえ)言種(いいぐさ)に事を欠いて、(わし)(とこ)をかかり(あい)は、(おおき)に打てらあ。いや、もうてっきり疑いなし、毛頭違いなし、お旗本のお嬢さん、どうして(たま)るものか。話のようじゃあ念が残らねえでよ、七代までは(たた)ります、むむ祟るとも。

 串戯(じょうだん)じゃあねえ、どの道何か(うらみ)のある遊女(おいらん)の幽霊とは思ったけれど、何楼(どこ)の何だか(つかま)えどこのねえ内はまだしも気休め。そう日が合って剃刀があって、当りがついちゃあ(かな)わねえ。

 そうしてお(めえ)咽喉(のど)を突いたんだっていったじゃあねえか。」

「これから、これへ、」と作平は(あか)じみた細い(しわ)だらけの咽喉仏(のどぼとけ)露出(むきだ)して、握拳(にぎりこぶし)で仕方を見せる。

 五助も我知らず、ばくりと口を()いて、

「ああ、ああ、さぞ、血が出たろうな、血が、」

「そりゃ出たろうとも、たらたらたら、」と胸へ真直(まっすぐ)に棒を引く。

「うう、そして真赤(まっか)か。」

「黒味がちじゃ、(まぐろ)(わた)のようなのが、たらたらたら。」

()しねえ、何だなお(めえ)、それから口惜(くやし)いッて歯を()んで、」

怨死(うらみじに)じゃの。こう髪を(くわ)えての、(すご)いような美しい遊女(おいらん)じゃとの、(こわ)いほど品の()いのが、それが、お前こう。」と口を(ゆが)める。

「おお、おお、苦しいから白魚(しらお)のような手を(つか)み、足をぶるぶる。」と五助は自分で身悶(みもだえ)して、

「そしてお(めえ)死骸(しがい)を見たのか。」

「何を謂わっしゃる、(わし)は話を聞いただけじゃ。遊女(おいらん)の名も知りはせぬが。」

 五助は目を《みは》ってホッと呼吸(いき)

「何の事だ、まあ、おどかしなさんない。」

       十二

 作平も苦笑い、

「だってお前が、おかしくもない、血が赤いかの、指をぶるぶるだの、と謂うからじゃ。」

「目に見えるようだ。」

(わし)もやっぱり。」

「見えるか、ええ?」

「まずの。」

「何もそう幽霊に親類があるように落着いていてくれるこたあねえ、これが同一(おなじ)でも、おばさんに雪責にされて死んだとでもいう脆弱(かよわ)遊女(おいらん)のなら、五助も男だ。こうまでは驚かねえが、旗本のお嬢さんで、手が利いて、中間(ちゅうげん)を一人もんどり打たせたと聞いちゃあ身動きがならねえ。

 作平さん、こうなりゃお(めえ)対手(あいて)だ、放しッこはねえぜ。

 一升買うから、後生だからお前今夜は泊り(こみ)で、炬燵(こたつ)で附合ってくんねえ。一体ならお勝さんが休もうという日なんだけれど、限って出てしまったのも容易でねえ。

 そうかといって、宿場で厄介になろうという年紀(とし)じゃあなし、無茶に(くるわ)へ入るかい、かえって敵に生捉(いけど)られるも同然だ。夜が更けてみな、油に燈心だから(たま)るめえじゃねえか、恐しい。名代(みょうだい)部屋の天井から忽然(こつねん)として剃刀が天降(あまくだ)ります、生命(いのち)にかかわるからの。よ、隣のは筋が()いぜ、はんぺんの煮込を御厄介になって、別に厚切な(まぐろ)を取っておかあ、船頭、馬士(うまかた)だ、お前とまた昔話でもはじめるから、」と目金に恥じず(しょ)げたりけり。

 作平が悦喜(えっき)(ななめ)ならず、嬉涙(うれしなみだ)より真先(まっさき)に水鼻を(すす)って、

「話せるな、酒と聞いては足腰が立たぬけれども、このままお輿(みこし)を据えては例のお花主(とくい)に相済まぬて。」

「それを言うなというに。無縁塚をお花主(とくい)だなぞと、とかく魔の物を知己(ちかづき)にするから悪いや、で、どうする。」

「もう遅いから廓(まわり)は見合せて直ぐに箕の輪へ行って来ます。」

「むむ、それもそうさの。(わっし)も信心をすみが、お(めえ)もよく拝んで御免(こうむ)って来ねえ。廓どころか、浄閑寺の方も一(はしり)()いぜ。とても(ひとり)じゃ遣切(やりき)れねえ、荷物は(たしか)に預ったい。」

「何か(わし)(うめ)乾物(ひもの)など見付けて提げて来よう、待っていさっせえ。」と作平はてくてく出かけて、

「こんなに人通(ひとどおり)があるじゃないかい。」

「うんや、ここいらを歩行(ある)くのに怨霊(おんりょう)得脱(とくだつ)させそうな頼母(たのも)しい道徳は一人も居ねえ。それに一しきり一しきりひッそりすらあ、またその時の寂しさというものは、まるで時雨が()むようだ。」

 作平は空を仰いで、

「すっかり曇って暗くなったが、この陽気はずれの寒さでは、」

 五助(あわただ)しく。

「白いものか、禁物々々。」

     点灯頃

目次に戻る

目次