註文帳

4話 註文帳(4)

7,074字 約14分 2009年6月10日 公開

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 欽之助は茶一碗、霊水(かたちみず)のごとくぐっと干して、

「お恥かしいわけだけれど、実は上野の方へ出る方角さえ分らない。芳原はそこに見えるというのに、車一台なし、人ッ子も通らない。聞くものはなし、一体何時頃か知らんと、時計を出そうとすると、おかしい、()られたのか、落したのか、鎖ぐるみなくなっている。時間さえ分らなくなって、しばらくあの坂の下り口にぼんやりして立っていた。

 心細いッたらないのだもの、おまけに目もあてられない吹雪と来て、酔覚(えいざめ)じゃあり、寒さは寒し、四ツ谷までは百里ばかりもあるように思ったねえ。そうすると何だかまた夢のような心持になってさ。生れてはじめて迷児(まいご)になったんだから、こりゃ自分の身体(からだ)はどうかいうわけで、こんなことになったのじゃあなかろうかと、馬鹿々々しいけれども、(こわ)くなったんです。

 ただ車夫(くるまや)に間違えられたばかりなら、雪だっても今帷子(かたびら)を着る時分じゃあなし、ちっとも不思議なことは無いんだけれども。

 気になるのは、昼間腕車(くるま)が壊れていましょう、それに、伊予紋で座が(きま)って、杯の遣取(やりとり)が二ツ三ツ、私は五酌上戸だからもうふらついて来た時分、女中が耳打をして、玄関までちょっとお顔を、是非お目にかかりたい、という方があるッてね。つまり呼出したものがあるんだ。

 (あかり)がついた時分、玄関はまだ暗かった、宅で用でも出来たのかと、何心なく女中について、中庭の(あゆみ)を越して玄関へ出て見ると、叔母の(うち)に世話になって、従妹(いとこ)書物(ほん)なんか教えている婦人が来て立っていました。

 先刻(さっき)奥さんが、という、叔母のことです。四ツ谷のお宅へいらっしゃると、もうお出かけになりましたあとだそうです。お約束のものが昨日(きのう)出来上って参りましたものですから、それを貴下(あなた)にお贈り申したいとおっしゃって、お持ちなすったのでございますが、お留守だというのでそのまま持ってお帰りなすって、あの()のことだから、大丈夫だろうとは思うけれど、そうでもない、お朋達(ともだち)におつき合で、(ほか)ならば()いが、芳原へでも()くと危い。お出かけさきへ行ってお渡し申せ、とこれを私にお預けなさいましたから、腕車で大急ぎで参りました。

 何でも広徳寺前(あたり)に居る、名人の研屋(とぎや)が研ぎましたそうでございますからッてね、紫の袱紗包(ふくさづつみ)から、(にしき)の袋に入った、八寸の鏡を出して、何と料理屋の玄関で渡すだろうじゃありませんか。」と少年は一呼吸(いき)ついた。お若と女中は、耳も放さず目も放さず。

「鏡の来歴は叔母が口癖のように話すから知っています。何でも叔父がこの(くるわ)で道楽をして、命にも障る処を、そのお(かげ)で人らしくなったッてね。

 私も決して良い処とは思わないけれども、大抵様子は分ってるが、叔母さんと来た日にゃあ、若い者が芳原へ入れば、そこで生命(いのち)がなくなるとばかり信じてるんだ。

 その人に甘やかされて、子のようにして可愛がられて育った私だから、失礼だが、様子は知っていても廓は恐しい処とばかり思ってるし、叔母の気象も知ってるんだけれども、どうです、いやしくも飲もうといって、(わか)い豪傑が手放(てばなし)で揃ってる、しかも(えん)なのが、まわりをちらちらする処で、御意見の鏡とは何事だ。

 そうして懐へ入れて持って帰れと来た日にゃあ、私は人魂(ひとだま)(おッ)つけられたように気が滅入(めい)った。

 しかもお使番が女教師の、おまけに大の基督教(キリストきょう)信者と来ては助からんねえ。」

 打微笑(うちほほえ)み、

「相済まんがどうぞ(うち)の方へお届けを、といって平にあやまると、使(つかい)の婦人が、私も主義は違っております。かようなものは信じませんが、貴君(あなた)(しん)から思召していらっしゃる方の志は通すもんです。私もその御深切を感じて、喜んで参りました位です、こういうお使は生れてからはじめてです、と()った。こりゃ誰だって、全くそう。」

       十九

「しかし土手下で雪に道を遮られて帰る(みち)さえ分らなくなった時思出して、ああ、あれを頂いて持っていたら、こんな出来事が無かったのかも知れない。考えて見ればいくら叔母だって、わざわざ伊予紋まで鏡を(もた)して寄越(よこ)すってことは容易でない。それを持して寄越したのも何かの前兆、私が受取らないで女の先生を帰したのも、腕車(くるま)(こわ)れたのも、車夫に間違えられたのも、来よう(はず)のない、芳原近くへ来る約束になっていたのかも知れないと、くだらないことだが、(ぞっ)としたんだね。

 もっとも、その時だって、天窓(あたま)からけなして受けなかったのじゃあない、懐へでも入れば受取ったんだけれども、」

 我が胸のあたりをさしのぞくがごとくにして、

「こんな扮装(いでたち)だから困ったろうじゃありませんか。

 叔母には受取ったということに繕って、(そっ)貴女(あなた)から四ツ谷の方へ届けておいて下さいッて、頼んだもんだから、(わか)夜会結(やかいむすび)のその先生は、不心服なようだッけ、それでは、腕車で直ぐ、お宅の方へ、と謂って帰っちまったんですよ。

 あとは大飲(おおのみ)

 何しろ土手下で目が覚めたという始末なんですから。

 それからね。

 何でも来た方へさえ引返(ひっかえ)せば芳原へ入るだけの憂慮(きづかい)は無いと思って、とぼとぼ()って来ると向い風で。

 右手に大溝(おおどぶ)があって、雪を(かつ)いで小家(こいえ)が並んで、そして三階(づくり)の大建物の裏と見えて、ぼんやり(あかり)のついてるのが見えてね、刎橋(はねばし)が幾つも幾つも、まるで()の花(おどし)(よろい)の袖を、こう、」

 借着の半纏(はんてん)(たもと)を引いて。

「裏返したように(どぶ)を前にして家の屋根より高く引上げてあったんだ。」

 それも物珍しいから、むやむやの胸の中にも、傍見(わきみ)がてら、二ツ三ツ四ツ五足に一ツくらいを数えながら、靴も沈むばかり積った路を、一足々々踏分けて、欽之助が田町の方へ向って来ると、鉄漿溝(おはぐろどぶ)が折曲って、切れようという処に、一ツだけ、その溝の色を白く裁切(たちき)って刎橋の(かか)ったままのがあった。

「そこの処に婦人(おんな)が一(にん)立ってました、や、路を聞こう、声を懸けようと思う時、

 近づく人に白鷺(しらさぎ)の驚き立つよう。

 前途(ゆくて)へすたすたと歩行(ある)き出したので、何だか気がさしてこっちでも立停(たちどま)ると、(はげ)しく雪の降り来る中へ、その姿が隠れたが、見ると刎橋の際へ引返(ひっかえ)して来て、またするすると向うへ走る。

 続いて歩行(ある)き出すと、向直ってこっちへ帰って来るから、私もまた立停るという工合、それが三度目には擦違って、婦人(おんな)は刎橋の処で。

 私は歩行(ある)き越して入違いに、今度は振返って見るようになったんだ。

 そうするとその婦人(おんな)がこう(たたず)んだきり、うつむいて、さも思案に暮れたという風、しょんぼりとして(あわれ)さったらなかったから。

 私は二足ばかり引返(ひっかえ)した。

 何か一人では仕兼ねるようなことがあるのであろう、そんな時には差支えのない人に、力になって欲しかろう。自分を見て()げないものなら、どんな秘密を持っていようと、声をかけて、構うまいと思ってね。

 実は何、こっちだって味方が(ほし)い。またどんな都合で腕車の相談が出来ないものでも無いとも考えたから。

 お前さんどうしたんですッて。」

「まあ、御深切に、」と、話に聞惚(ききと)れたお若は、不意に口へ出した、心の声。

(そば)へ寄って見ると、案の定、跣足(はだし)で居る、実に乱次(しどけ)ない風で、長襦袢(ながじゅばん)扱帯(しごき)をしめたッきり、鼠色の上着を合せて、兵庫という髪が判然(はっきり)見えた、それもばさばさして今寝床から出たという姿だから、私は知らないけれども疑う処はない、勤人(つとめにん)だ。

 脊の高いね、恐しいほど品の()遊女(おいらん)だったッけ。」

       二十

「その婦人(おんな)に頼まれたんです。姉さん、」と謂いかけて、美しい顔をまともに(きっ)(むすめ)に向けた。

 お若は晴々しそうに、ちょいと背けて、大呼吸(おおいき)をつきながら、黙って聞いているお杉と目を合せたのである。

「誰?」

「へい。」と、ただまじまじする。

「姉さんに、その遊女(おいらん)が今夜中にお届け申す約束のものがあるが、寮にいらっしゃるお若さん、同一(おなじ)御主人だけれども、旦那とかには謂われぬこと、朋友(ともだち)にも知れてはならず、新造(しんぞ)などにさとられては大変なので、昼から()を見て、と思っても、つい人目があって出られなかった。

 ちょうど今夜は、内証(ないしょ)に大一座の客があって、雪はふる、部屋々々でも寐込(ねこ)んだのを(しお)にぬけて出て、ここまでは来ましたが、土を踏むのにさえ遠退(とおの)いた、足がすくんで震える上に、今時こういう処へ出られる身分の者ではないから、どんな目に逢おうも知れない。

 寮はもうそこに見えます。一町とは間のない処、紅梅屋敷といえば(じき)に知れますが、あれ、あんなに犬が()えて、どうすることもならないから、生命(いのち)を助けると思って、これを届けて下さいッて、拝むようにして言ったんだ。成程今考えるとここいらで大層犬が吠えたっけ。

 何、頼まれる方では造作のないこと、本人に取っては何かしら、様子の分らぬ(くるわ)のこと、一大事ででもあるようだから、(じか)にことづかった品物があるんです。

 ただ渡せば()いか、というとね、名も何にもおっしゃらないでも、寮の姉さんはよく御存じ、とこういうから、承知した。

 その寮はッて聞くと、ここを一町ばかり、左の路地へ入った処、ちょうど可い、帰路(かえりみち)もそこだというもの。そのまま別れて()って来ると、先刻(さっき)尋ねました、路地の突当りになる(とおり)の内に、一軒(あかり)の見える長屋の前まで来て、振向いて見ると、その婦人(おんな)がまだ立っていて、こっちへ(ゆびさし)をしたように見えたけれども、朧気(おぼろげ)でよくは分らないから、一番(ひとつ)、その(あかり)(さいわい)

 路地をお入んなさいッて、酒にでも酔ったらしい、(じじい)の声で教えてくれた。

 何、一々(くわ)しいことをお話しするにも当らなかったんだけれど、こっちへ入って、はじめて、この(あかる)(あかり)を見ると、何だか雪路(ゆきみち)のことが夢のように思われたから、自分でもしっかり気を落着けるため、それから、筋道を謂わないでは、夜中に婦人(おんな)ばかりの処へ、たとえ頼まれたッても変だから。

 そういう訳です、ともかくもその頼まれたものを上げましょう、」といって、無造作に(ひじ)を張って、左の胸に高く取った衣兜(かくし)の中へ手を入れた。――

 固くなって聞いていた、二人とも身動きして、お若は愛くるしい頬を支えて白い肱に襦袢の袖口を(から)めながら、少し仰向いて、考えるらしく(すず)のような目を細め、

「何だろうねえ、杉や。」

「さようでございます、」とばかり一大事の、生命(いのち)がけの、約束の、助けるのと、ちっとも心あたりは無かったが、あえて客の(ことば)を疑う色は無かったのである。

「待って下さい、」とこの時、また右の方の衣兜(かくし)を探って、小首を傾け、

「はてな、じゃあ外套(がいとう)の方だった、」と片膝立てたので。

 杉、

「私が。」

「確か左の衣兜へ、」

 と差俯(さしうつむ)いた処へ、玄関から、この人のと思うから、濡れたのを(いと)わず、大切に抱くようにして持って来た。

 敷居の上へ(ななめ)に拡げて、またその衣兜へ手を入れたが、冷たかったか、(ぞっ)としたよう。

       二十一

()うございますよ、お落しなさいましても、あなたちっとも御心配なことはないの。」

 探しあぐんで、外套を押遣(おしや)って、ちと慌てたように広袖(どてら)を脱ぎながら、上衣の衣兜へまた手を入れて、顔色をかえて(しお)れてじっと考えた時、お若は鷹揚(おうよう)()も意に介する処のないような、しかも情の(こも)った調子で、かえって慰めるように()った。

 お杉は心も心ならず、憂慮(きづかわ)しげに少年の(さま)(みまも)りながら、さすがにこの際(くち)()れかねていたのであった。

 此方(こなた)はますます当惑の色面(おもて)(あらわ)れ、

()いじゃアありません、()かあない、可かあない、」

 と自ら我身を(ののし)るごとく、

「落すなんて、そんな間のあるわけはないんだからねえ、頼んだ人は生命(いのち)にもかかわる。」と、早口にいってまた四辺(あたり)を《みまわ》した。

「一体どんなものでございます。」とお杉は少年に引添うて、(かれ)(かば)うようにして言う。

「私も(あらた)めちゃ見なかった、いいえ、実は見ようとも思わなかったような次第なんです。何でもこう紙につつんだ、細長いもので、受取った時少し重みがあったんだがね。」

 お若はちょいと(うなず)いて、

「杉、」

「ええ、」

「瀬川さんの……ね、あれさ、」と呑込(のみこ)ませる。

「ええ、成程、貴下(あなた)、それじゃあ、何でございますよ、抱えの瀬川さんという方にお貸しなすったんですよ、あの、お頼まれなすった遊女(おいらん)は、脊の高い、品の可い、そして淋しい顔色(かおつき)の、ああ煩っているもんだからてっきり、そう!」

 と(いきおい)よくそれにした。

「今夜までに返すからと言ったにゃあ言いましたけれども、何、少姐(ねえ)さんは返してもらうおつもりじゃございませんのに、やっと今こっちじゃあ思い出しました位ですもの。」

「何です、それは、」とやや顔の色を直して言った。口うらを聞けば金子(かね)らしい、それならばと思う今も衣兜の中なる、手尖(てさき)に触るるは袂落(たもとおとし)。修学のためにやがて独逸(ドイツ)に赴かんとする脇屋欽之助は、叔母に今は世になき陸軍少将松島主税(まつしまちから)の令夫人を持って、ここに(なげう)って差支えのない金員あり。もって、余りに頼効(たのみがい)なき虚気(うつけ)の罪を、この佳人の前に(あがな)い得て余りあるものとしたのである。

 問われてお杉は引取って、

「ちっとばかりお金子です。」

 欽之助は嬉しそうに、

「じゃあ私が償おう。いいえ、どうぞそうさしておくんなさい、大したことならば帰るまで待ってもらおうし、そんなでも無いなら(つか)って可いのを持っているから。」と思込んで言った。

「飛んでもない、貴下(あなた)、」と杉。

 お若は知らぬ顔をして莞爾(にっこり)している。

 此方(こなた)は熱心に、

「お願いだから、可いんだから、それでないと実に面目を失する。こうやって顔を合していても冷汗が出るほど、何だか(きまり)が悪いんだ、夜々中(よるよなか)見ず知らずが入込んで、どうも変だ。」

「あなた、可いんですよ、私お金子を持っています、何にも遣わないお小遣(こづかい)沢山(たんと)あるわ、銀のだの、貴下、紙幣(さつ)のだの、」といいながら、窮屈そうに坐って(かしこ)まっていた勝色(かちいろ)うらの(つま)を崩して、膝を横、投げ出したように玉の(かいな)を火鉢にかけて、(ななめ)に欽之助の(おもて)を見た。姿も(かたち)も、世にまたかほどまでに打解けた、ものを隠さぬ人を信じた、美しい、しかも(わだかまり)のない言葉はあるまい。

     左の衣兜

       二十二

 意外な言葉に、少年は(あき)れたような目をしながら、今更顔が(みまも)られた、時に言うべからざる綺麗(きれい)(おもい)此方(こなた)の胸にも通じたので。

 しかも遠慮のない調子で、

「いずれお(わび)をする、(あらた)めてお礼に来ましょうから、相済まんがどうぞ一番(ひとつ)腕車(くるま)の世話をしておくんなさい。こういうお宅だから帳場にお馴染(なじみ)があるでしょう、御近所ならば私が一所に()いて()くから、お前さん。」

 杉は(むすめ)の方をちょいと見たが、

「あなた何時(なんどき)だとお思いなさいます。(わたくし)どもでは何でもありやしませんけれども、世間じゃ夜の二時過ぎでしょう。

 あれあの(とおり)、まだ戸外(おもて)はあんなでございますよ。」

 少年は降りしきる雪の気勢(けはい)を身に感じて、途中を思い出したかまた(ぞっ)とした様子。座に(ことば)が途絶えると漂渺(ひょうびょう)たる雪の広野(ひろの)を隔てて、里ある(かた)に鳴くように、胸には描かれて、(はるか)に鶏の声が聞えるのである。

「お若さん、お泊め申しましょう、そして気を休めてからお帰りなさいまし。

 (わたくし)どもの分際でこう申しちゃあ失礼でございますけれども、何だかあなたはお厄日ででもいらっしゃいますように存じますわ。

 お顔色もまだお悪うございますし、御気分がどうかでございますが、雪におあたりなすったのかも知れません。何だか、御大病の前ででもあるように、どこか御様子がお寂しくッて、それにしょんぼりしておいでなさいますよ。

 御自分じゃちゃんとしてお(いで)遊ばすのでございましょうけれども、どうやらお心が(たしか)じゃないようにお見受申します。

 お聞き申しますと悪いことばかり、お宅から召したお腕車は(こわ)れたでしょう、松坂屋の前からのは、間違えて飛んだ処へお連れ申しますし、お時計はなくなります。またお気にお懸け遊ばすには及びませんが、お(ことづか)り下さいましたものも()せますね。それも二度、これも二度、重ね重ね御災難、二度のことは三度とか申します。これから四ツ谷(くん)だりまで、そりゃ十年お(やとい)つけのような(たしか)な若いものを二人でも三人でもお()け申さないでもございませんが、雪や雨の難渋なら、(みんな)が御迷惑を少しずつ分けて頂いて、貴下(あなた)のお身体(からだ)(つつが)のないようにされますけれども、どうも御様子が変でございます。お怪我でもあってはなりません。内へお通いつけのお客様で、お若さんとどんなに御懇意な方でも、ついぞこちらへはいらっしった(ためし)のございませんのに、しかもあなた、こういう晩、更けてからおいで遊ばしたのも御介抱を申せという、成田様のおいいつけででもございましょう。

 悪いことは申しませんから、お泊んなさいまし、ね、そうなさいまし。

 そしてお若さんもお炬燵(こた)へ、まあ、いらっしゃいまし、何ぞお(あったか)なもので縁起直しに貴下一口差上げましょうから、

 あれさ、何は差置きましてもこの雪じゃありませんかねえ。」

「実はどういうんだか、今夜の雪は一片(ひとつ)でも身体(からだ)へ当るたびに、毒虫に(ささ)れるような気がするんです。」

 と好個の男児何の事ぞ、あやかしの糸に(まと)われて、備わった身の品を失うまで、かかる寒さに弱ったのであった。

「ですからそうなさいまし、さあ御安心。お若さん()うございましょう? 旦那はあちらで十二時までは受合お休み、夜が明けて爺やとお辻さんが帰って参りましたら、それは杉が心得ますから、ねえ、お若さん。」

 お杉大明神様と震えつく相談と(おもい)の外、お若は空吹く風のよう、耳にもかけない風情で、恍惚(うっとり)して眠そうである。

 はッと思うと少年よりは、お杉がぎッくり、呆気(あっけ)に取られながら安からぬ顔を、お若はちょいと見て笑って、うつむいて、

「夜が明けると(すぐ)お帰んなさるんなら厭!」

「そうすりゃ、」と杉は勢込み、突然(いきなり)上着の衣兜(かくし)の口を、しっかりとつかまえて、

「こうして、お引留めなさいましな。」

       二十三

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