126話 おばけの正体 第一二六項 夢中、三里を往復したる話
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ここに、余が出雲巡遊中に聞いた話を紹介しよう。簸川郡某村に釣魚をもってなによりの娯楽とし、休日ごとに必ず釣りに出かけることにきめているものがある。ある休日に、快晴なれば早朝家を出でて山坂を越え、三里隔たりたる海岸に至り、終日釣りを垂れ、日暮れて帰宅した。ときに、己の最も貴重せる大切の釣り竿一本を海岸に忘れて帰りしを発覚し、その紛失せんことを恐れしも、夜中のことなれば海岸までたずねに行くこともできず、そのまま臥床した。しかるに、少時にして夢中に起き上がり、だれにも告げずして家を出でて、やみをおかして三里の山坂を越え、ついに海岸に至り遺失せる釣り竿を得て、即夜帰宅して再び寝に就き、翌朝目をさまして、さらに夜行せしことを覚えず。海岸に忘れたる竿の自宅にあるを見て自ら大いに驚き、不思議の念にたえざりしも、種々の事情を総合しきたるに、夢中にて海岸まで往復せしことが知れたということだ。もし、このことが五十年前に起こったならば、必ず天狗沙汰となり、あるいは天狗がその竿を持ち来たったとか、あるいは天狗が当人をつれて海岸へ往復したとかという評判が伝わるに相違なかろう。