おばけの正体

127話 おばけの正体 第一二七項 夢中、鐘楼の屋上にのぼりたる話

513字 約1分 2016年6月5日 公開

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 前の話に類似の出来事が徳島県勝浦郡にもあった。いったい四国の怪談は、ほとんど犬神と天狗(てんぐ)の二種に限られているくらいで、平民は犬神に悩まされ、士族は天狗につかるるものと信じられている。そのうち天狗について一奇談を紹介すれば、勝浦郡小松島町滞在中に聞いたが、ある寺の僧が夜中室を出でて、梯子(はしご)を用いずして鐘楼の屋上にのぼり、自らどうしてここに至りしを覚えず。夜が明けてみれば、己はまさしくその屋上にある。これ天狗の所為なりと、自分も人もともに信じたとのことである。さてその屋上へは、梯子なくてのぼれるはずはないが、ただその傍らに大樹があって、もしその木にのぼり枝づたえに渡り行かば、屋上に達することができるとの話だ。されば、本人夢中に起きてその樹にのぼり、枝をつたって屋上に移りたるに相違ない。これを心理学にては睡遊(すいゆう)と名づけておく。つまり、夢中の動作にほかならぬ。前の三里を往復したる話もやはり睡遊である。子供などがときどき夢中に起き上がって室内を歩き回り、再び眠りに就きて、翌朝自ら全く覚えざる作用を睡遊と名づくるが、これとかれとは、ただ、事の大小と時間の長短との相違に過ぎぬ。それゆえに、天狗の作用にあらざることは明らかである。

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