おばけの正体

4話 おばけの正体 第四項 空き小屋の光り物

1,124字 約2分 2016年6月5日 公開

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 今一つの実験談を申さば、これは二十歳以後の話である。ある年、夏の休暇に勉強したいと思って、二カ月間、箱根山上の元箱根村と名づくる所に農家の座敷を借りていた。元箱根は箱根町をさること八丁、権現神社の下に三十戸ばかり並んでいる小村である。ある夜、晩食をすまし、町の方へ散歩に出かけ、あちらこちら歩き回りて、ハヤ時は十時過ぎになった。いよいよ帰ろうとすると、にわかに大夕立がかかってきた。あたかもそのときは暗夜(やみよ)であるのに、提灯(ちょうちん)も雨具も持たぬから、町の出口の茶屋に入って休息し、雨の晴るるのを待っていたが、十一時を過ぎてもなかなか晴れそうでない。そこで、茶屋から提灯と(からかさ)とを借りて、真っ暗の所を深林の中に向かい、ソロソロ歩いて来たが、二、三丁過ぐると、さきの方に(たきぎ)の小屋がある。人はもとより住んでいる家ではない。その空き屋の片隅から火光が発している。たちまちピカリと光るかと思うと、すぐ消えてしまい、また光ってくる。かくのごとくすること三、四回に及んだ。余は歩きながらいかに考えてみても、その原因が知れぬ。よって、しばらく足をとどめておったが、そのとき光は全く発せぬようになり、ただ小屋の片隅に黒き物が動いているのを認めた。かつて狐火(きつねび)天狗火(てんぐび)や幽霊火のことは聞いておれども、今見たる火はそのようの怪火(かいか)ではなかろうと知りつつ、なんとなく疑懼(ぎく)の念が起こり、ことに真っ黒の物の見ゆるのは、どうしても化け物であろうと思った。あるいは、高山のことなれば熊でもいるのではあるまいか、もし熊ならば一層恐ろしいと思い、かれこれしているうちに、その黒き怪物が余の方へ向かって歩き出して来たから、これはたまらぬ、四十八手逃げるにしかずと心得、駆け出そうとする途端、先方より余に向かって呼びかけた。そのときようやく正体が分かったが、分かってみれば、枯れ尾花にあらずして普通の人間である。その次第は、箱根町の電信局の脚夫が、電報を近在へ配達したるその帰途に、大雨風のために提灯を消され、空き小屋にたたずみてマッチをつけていたのであった。余が怪火と思ったのはその光であって、風のためにマッチをつければすぐに消え、またつければ消えるので、再三してもよくつかぬ。そこへ余の提灯が見えたから、彼はその火をもらおうと思って待っていた。しかるに、余の方では気味悪く思って足を進めぬから、彼は待ちかねて余の方へ向けて歩き出したので、そのとき、「ドウゾ提灯の火をいただきたい」と申したので、はじめて正体が分かって安心した。()って見れば、彼は真っ黒の油紙を頭より全身へかけ着ていた。これが余の目に熊のように見えたわけである。よってそのとき、「化け物の正体見れば脚夫かな」とよみたるも滑稽(こっけい)であった。

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