84話 おばけの正体 第八四項 老猫の怪談
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隠岐島にては狐がおらぬから狐憑きの話はないが、その代わりに猫憑きということがある。余はその地に遊んだとき、実際聞くところによるに、猫憑き談の多きは島後と申す方である。この地方は古来、野猫多くして、往々夜中人を驚かすことあれば、かかる原因より猫憑き談の起こるに至ったに相違ない。猫も年を経て古猫になると、ずいぶん人に抵抗するようになる。その一例として、十年前発行の『静岡民友新聞』の雑報を抜載しておきたい。
駿東郡大岡村字中沢田の佐藤長右衛門方に、今より十一年前より飼いおる熊猫あり。先月下旬のこととか、この猫、同家の芋畑に遊びいたるを長右衛門ふと見ると、不思議なる腰つきして立ち上がり、芋の葉を取り、しばらくなめつつありしが、間もなくこれを頭にかぶりてチンチンをきめこみ、おどり戯れおり。長右衛門に心づき、そのまま逃げ去りて近寄らず。長右衛門も底気味あしく、屋敷の隅々から近辺をたずね、ようやく四日目に引っ捕らえ、麻袋に入れ、黒瀬橋より狩野川に投げ込み立ちかえりしところ、不思議や去る三日の夜、同人の嫁某が生後二カ月の小児を抱きて寝につき、翌朝二時ごろに床の内湿りおるに目をさまし、暗きまま小便と思いなで回してみると、しっかと抱き寝せし子供の影も形もなし。驚いて家内のものを呼び起こし灯を点して見ると、小便と思いしは紅の血潮なり。小児はと見ると、二間ほどさきに声をも立てず、打ち伏しおり。早速に抱き起こして見ると、臍のまわりに径二寸くらいの円形に噛み取られしあとあり。いかにも不思議と家中くまなくさがすと、梁の上にぎらぎらと目を光らし、にらみおるものあり。よくよく見れば、先日狩野川へ投げ込みたる熊猫なり。畜生、逃がしはやらじと家内中総掛かりになり、打ち殺さんと争いしが、出没自由に逃げ回り、親指をかまれたるものさえありてついに取り逃がせしが、その後というものは毎夜のごとくに熊猫姿をあらわし、さまざまの悪戯をなすに、落とし穴やら罠やらを作り捕らえんとせしが、少しもかからず。昨今はいかんとも手段尽き、本年十歳になる小児をば同郡長泉村の親戚に預け、血気の家内総掛かりになり、毎夜怪猫退治の工夫を凝らしおるとは、近ごろの怪談というべし。
家にかいたる猫すらこのとおりであるとすれば、野猫、山猫の恐るべきは推想することができる。