妖魔の辻占

3話 妖魔の辻占(3)

5,728字 約11分 2009年6月4日 公開

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 此の()に――

塩辛(しおから)い。」

 と言ふ山伏(やまぶし)の声がして、がぶ/\。

「塩辛い。」

 と言つて、湖水の水を、がぶ/\と飲んだ――

「お行者(ぎょうじゃ)。」

「其の武士(さむらい)は、小堀伝十郎(こぼりでんじゅうろう)と申す――陪臣(ばいしん)なれど、それとても千石(せんごく)()むのぢや。主人の殿(との)松平大島守(まつだいらおおしまのかみ)と言ふ……」

西国方(さいこくがた)諸侯(だいみょう)だな。」

「されば御譜代(ごふだい)。将軍家に、(ながれ)(みなもと)も深い若年寄(わかどしより)ぢや。……何と御坊(ごぼう)。……今度、其の若年寄に、便宜(べんぎ)あつて、京都比野大納言殿より、(江戸隅田川の都鳥(みやこどり)が見たい、一羽首尾ようして送られよ。)と云ふお頼みがあつたと思へ。――御坊の羽黒、拙道(せつどう)の秋葉に於いても、旦那(だんな)たちがこの(たび)一儀(いちぎ)を思ひ立たれて、拙道()使(つかい)に立つたも此のためぢや。申さずとも、御坊は承知と存ずるが。」

「はあ、()うか、いや知らぬ、愚僧早走(はやばし)り、早合点(はやがってん)の癖で、用だけ聞いて、して来いな、とお先ばしりに飛出(とびで)たばかりで、一向(いっこう)に仔細は知らぬ。が、(さて)は、根ざす(ところ)があるのであつたか。」

「もとよりぢや。――大島守(おおしまのかみ)が、此の段、殿中に於いて披露に及ぶと、老中(ろうじゅう)はじめ(ひたい)を合せて、

 此は今めかしく申すに及ばぬ。業平朝臣(なりひらあそん)の(名にしおはゞいざこととはむ)歌の心をまのあたり、鳥の姿に見たいと言ふ、花につけ、月につけ、をりからの(きく)紅葉(もみじ)につけての(おも)(より)には相違あるまい。……大納言(こころ)では、将軍家は、其の風流の優しさに感じて、都鳥をば一番(ひとつがい)、そつと取り、(くれない)(むらさき)(ふさ)を飾つた、金銀蒔絵(まきえ)(かご)()ゑ、使(つかい)狩衣(かりぎぬ)烏帽子(えぼし)して、都にのぼす事と思はれよう。ぢやが、海苔(のり)(じょう)煎餅(せんべい)の袋にも、贈物(おくりもの)は心すべきぢや。すぐに其は対手(あいて)に向ふ、当方の心持(こころもち)(しるし)相成(あいな)る。……将軍家へ無心(むしん)とあれば、都鳥一羽も、城一つも同じ道理ぢや。よき折から京方(かみがた)に対し、関東の武威をあらはすため、都鳥を()て、(こう)(はね)(たか)()の矢を(むな)さきに裏掻(うらか)いて(つらぬ)いたまゝを、(わざ)と、蜜柑箱(みかんばこ)と思ふが如何(いかが)、即ち其の昔、権現様(ごんげんさま)戦場お持出(もちだ)しの矢疵(やきず)弾丸痕(たまあと)の残つた鎧櫃(よろいびつ)に納めて、(やり)を立てて使者を送らう。と言ふ評定(ひょうじょう)ぢや。」

気障(きざ)な奴だ。」

「むゝ、()づ聞けよ。――評定は評定なれど、此を発議(ほつぎ)したは今時の博士(はかせ)秦四書頭(はたししょのかみ)と言ふ親仁(おやじ)ぢや。」

「あの、親仁(おやじ)。……(かね)大島守(おおしまのかみ)取入(とりい)ると聞いた。成程(なるほど)其辺(そのへん)(もよお)しだな。(つも)つても知れる。老耄(おいぼれ)儒者めが、(うち)引込(ひっこ)んで、溝端(どぶばた)へ、(きり)(なえ)でも植ゑ、孫娘の嫁入道具の算段なりとして()れば済むものを――いや、何時(いつ)の世にも当代におもねるものは、当代の学者だな。」

「塩辛い……」

 と山伏(やまぶし)は、又したゝか水を飲んで、

其処(そこ)でぢや……松平大島守、(やしき)は山ぢやが、別荘が本所大川(ほんじょおおかわ)べりにあるに()り、かた/″\大島守か都鳥を()て取る事に成つた。……此の殿、(いささ)かものの道理を(わきま)へてゐながら、心得違ひな事は、諸事万端、おありがたや関東の御威光がりでな。――一年(ひととせ)、比野大納言、まだお年若(としわか)で、京都御名代(ごみょうだい)として、日光の社参(しゃさん)(くだ)られたを饗応(きょうおう)して、帰洛(きらく)を品川へ送るのに、資治(やすはる)卿の装束(しょうぞく)が、藤色(ふじいろ)なる水干(すいかん)(すそ)()き、群鵆(むらちどり)を白く染出(そめい)だせる浮紋(うきもん)で、風折烏帽子(かざおりえぼし)(むらさき)懸緒(かけお)を着けたに負けない気で、(この)大島守は、紺染(こんぞめ)鎧直垂(よろいひたたれ)の下に、白き菊綴(きくとじ)なして、上には紫の陣羽織。胸をこはぜ(がけ)にて、(うしろ)折開(おりひら)いた衣紋着(えもんつき)ぢや。小袖(こそで)と言ふのは、此れこそ見よがしで、(かつ)て将軍家より拝領の、黄なる()(あや)に、雲形(くもがた)萌葱(もえぎ)織出(おりだ)し、白糸(しろいと)を以て(あおい)紋着(もんつき)。」

「うふ。」

 と小法師(こほうし)噴笑(ふきだ)した。

「何と御坊(ごぼう)。――資治卿が胴袖(どてら)三尺(さんじゃく)もしめぬものを、大島守()(なり)で、馬に()つて、資治卿の駕籠(かご)と、演戯(わざおぎ)がかりで向合(むかいあ)つて、どんなものだ、とニタリとした事がある。」

気障(きざ)な奴だ。」

「大島守は、おのれ若年寄の顕達(けんたつ)と、将軍家の威光、此見(これみ)よがしの上に、――(かね)て、資治卿が美男におはす、従つて、此の卿一生のうちに、一千人の女を(たのし)む念願あり、また婦人の方より(かく)と知りつつ争つて(こび)を捧げ、色を(てい)する。(もっぱ)ら当代の在五中将(ざいごちゅうじょう)と言ふ風説(うわさ)がある――いや大島守、また相当の色男がりぢやによつて、一つは其(ねた)みぢや……負けまい気ぢや。

 されば、名にしおはゞの歌につけて、都鳥の所望(しょもう)にも、一つは()つたものと思つて()い。

 また此の、品川で、陣羽織菊綴(きくとじ)で、風折烏帽子(かざおりえぼし)(むらさき)懸緒(かけお)張合(はりあ)つた次第を聞いて、――例の天下の博士(はかせ)めが、(遊ばされたり、老生(ろうせい)も一度()の御扮装を拝見。)などと申す。

 (ところ)で、今度、隅田川両岸(りょうがん)人払(ひとばらい)、いや人よせをして、(くだん)の陣羽織、菊綴、葵紋服(あおいもんぷく)扮装(いでたち)で、拝見ものの博士を伴ひ、弓矢を日置流(へぎりゅう)()ばさんで静々(しずしず)練出(ねりだ)した。飛びも、立ちもすれば射取(いと)られう。こゝに可笑(おかし)な事は、折から上汐(あげしお)満々たる……」蘆の湖は波一(じょう)、銀河を流す気勢(けはい)がした。

「かの隅田川に、(ただ)一羽なる都鳥があつて、雪なす翼は、朱鷺色(ときいろ)の影を水脚(みずあし)に引いて、すら/\と大島守の輝いて立つ(そで)の影に()るばかり、水岸(みずぎし)へ寄つて来た。」

「はて、それはな?」

「誰も知るまい。――大島守の(やしき)に、今年二十になる(白妙(しろたえ)。)と言つて、白拍子(しらびょうし)(まい)()だれの腰元が一人あるわ――一年(ひととせ)……資治卿を饗応の時、酒宴(うたげ)の興に、此の女が(ひと)さし舞つた。――ぢやが、新曲とあつて、其の今様(いまよう)は、大島守の作る(ところ)ぢや。」

「迷惑々々。」

「中に(時鳥(ほととぎす))何とかと言ふ一句がある。――白妙が(時鳥)とうたひながら、扇をかざして(ひざ)をついた。時しも()(むね)に、時鳥が(いっ)せいしたのぢや。大島守の得意、察するに(あまり)ある。……ところが、時鳥は勝手に飛んだので、……こゝを聞け、御坊(ごぼう)よ。

 白妙は、資治卿の姿に、恍惚(うっとり)と成つたのぢや。

 大島守は、折に触れ、資治卿の(うわさ)をして、……その千人の女に(ちぎ)ると言ふ好色をしたゝかに(ののし)ると、……二人三人の(めかけ)(てかけ)、……(わざ)とか知らぬ、横肥(よこぶと)りに肥つた乳母(うば)まで、此れを聞いて(つま)はじき、身ぶるひをする(うち)に、白妙(ただ)一人、(でも。)とか申して、内々(ないない)思ひをほのめかす、大島守は勝手が違ふ上に、おのれ容色(きりょう)自慢だけに、いまだ無理口説(むりくどき)をせずに()る。

 其の白妙が、めされて都に(のぼ)ると言ふ、都鳥の白粉(おしろい)の胸に、ふつくりと心魂(こころだましい)()めて、肩も身も翼に入れて憧憬(あこが)れる……其の都鳥ぢや。何と、()げる(どころ)ではあるまい。――しかし、人間には此は解らぬ。」

「むゝ、聞えた。」

「都鳥は手とらまへぢや。蔵人(くらんど)(さぎ)ならねども、手どらまへた都鳥を見て、将軍の御威光、殿の恩徳(おんとく)とまでは仔細ない、――別荘で取つて帰つて、()ぶしを(ゆわ)へて、桜の枝につるし上げた。何と、雪白(せっぱく)裸身の美女を、(こずえ)(まと)にした面影(おもかげ)であらうな。松平大島守(みなもと)何某(なにがし)、矢の根にしるして、例の菊綴(きくとじ)(あおい)紋服(もんぷく)、きり/\と絞つて、(ひょう)()たが、射た、が。射たが、薩張(さっぱり)当らぬ。

 (もっと)も、此の無慙(むざん)な所業を、白妙は泣いて()めたが、()かれさうな(はず)はない。

 拝見の博士(はかせ)の手前――()()まで射損(いそん)じて、殿、怫然(ふつぜん)とした(ところ)を、(やあ、飛鳥(ひちょう)走獣(そうじゅう)こそ遊ばされい。(かか)死的(しにまと)、殿には弓矢の御恥辱(おんちじょく)。)と呼ばはつて、ばら/\と、散る返咲(かえりざき)の桜とともに、都鳥の胸をも射抜(いぬ)いたるは……

 ……塩辛い。」

 と山伏(やまぶし)は又湖水を飲む音。舌打(したうち)しながら、

「ソレ、其処(そこ)に控へた小堀伝十郎、即ち彼ぢや。……拙道(せつどう)引掴(ひっつか)んだと申して、決して不忠不義の武士(さむらい)ではない。まづ言はば大島守には忠臣ぢや。

 さて、(ところ)で、矢を(つらぬ)いた都鳥を持つて、大島守登営(とえい)に及び、将軍家一覧の上にて、如法(にょほう)鎧櫃(よろいびつ)に納めた。

 (わざ)と、使者差立(さした)てるまでもない。ぢやが、大納言の卿に、将軍家よりの御進物(ごしんもつ)。よつて、九州へ帰国の諸侯が、途次(みちすがら)の使者兼帯、其の武士(さむらい)が、都鳥の宰領(さいりょう)として、罷出(まかりい)でて、東海道を(のぼ)つて行く。……

 秋葉の旦那(だんな)、つむじが曲つた。颶風(はやて)の如く、御坊(ごぼう)の羽黒と気脈を通じて、またゝく()の今度の(もよおし)拙道(せつどう)は即ち(おおせ)をうけて、都鳥の使者が浜松の本陣へ着いた(ところ)を、風呂にも入れず、縁側から引攫(ひっさら)つた。――武士(さむらい)這奴(しゃつ)の帯の結目(ゆいめ)(つか)んで引釣(ひきつ)ると、(ひと)しく、金剛杖(こんごうづえ)持添(もちそ)へた鎧櫃(よろいびつ)は、とてもの事に、(たぬき)が出て、棺桶(かんおけ)を下げると言ふ、古槐(ふるえんじゅ)の天辺へ掛け置いて、大井(おおい)、天竜、琵琶湖(びわこ)も、瀬多(せた)も、京の空へ一飛(ひととび)ぢや。」

 と又がぶりと水を飲んだ。

「時に、……時にお行者(ぎょうじゃ)。矢を(つらぬ)いた都鳥は何とした。」

「それぢや。……桜の枝に(かか)つて、射貫(いぬか)れたとともに、白妙(しろたえ)は胸を痛めて、どつと……息も絶々(たえだえ)(とこ)に着いた。」

南無三宝(なむさんぼう)。」

「あはれと(おぼ)し、峰、山、(たけ)の、姫たち、貴夫人たち、届かぬまでもとて、目下(もっか)御介抱(ごかいほう)遊ばさるる。」

珍重(ちんちょう)。」

 と小法師(こほうし)が言つた。

「いや、安心は相成(あいな)らぬ。が、かた/″\の御心(ごしん)もじ、御如才(おじょさい)はないかに存ずる。やがて、此の湖上にも白い姿が映るであらう。――水も、()も、さて()けた。――武士(さむらい)。」

 と呼んで、居直(いなお)つて、

「都鳥もし蘇生(よみがえ)らず、白妙なきものと成らば、大島守を其のまゝに差置(さしお)かぬぞ、と(しか)と申せ。いや/\待て、必ず誓つて人には(もら)すな。――拙道の手に働かせたれば、最早(もは)(そち)差許(さしゆる)す。小堀伝十郎、(しか)とせい、伝十郎。」

「はつ。」

 と武士(さむらい)は、魂とともに手を()いた。こゝに魂と云ふは、両刀の事ではない。

        八

「何と御坊」

 と、少時(しばらく)して山伏(やまぶし)が云つた。

「思ひ()けず、(かか)(ところ)行逢(ゆきお)うた、(たがい)便宜(べんぎ)ぢや。双方、彼等(かれら)取替(とりか)へて、御坊(ごぼう)は羽黒へ帰りついでに、其の武士(さむらい)()つて行く、拙道(せつどう)一翼(ひとつばさ)、京へ()して、其の屑屋(くずや)を連れ参つて、大仏前の(もち)()はさうよ――御坊の厚意は無にせまい。」

「よい、よい、名案。」

「参れ。……屑屋。」

 と山の(ひだ)を霧の包むやうに枯蘆(かれあし)にぬつと立つ、此の(だい)なる魔神(ましん)(すそ)に、小さくなつて、屑屋は頭から領伏(ひれふ)して手を合せて拝んだ。

「お慈悲(じひ)、お慈悲でござります、お助け下さいまし。」

「これ、身は(そこ)なはぬ。ほね休めに、京見物をさして()るのぢや。」

「女房、女房がござります。()がござります。――何として、箱根から京まで宙が飛べませう。江戸へ帰りたう存じます。……お武家様、助けて下せえ……」

 と膝行(いざ)り寄る。(なか)ば夢心地の屑屋は、前後の事を知らぬのであるから、武士(さむらい)()て、其の剣術に(すが)つても助かりたいと思つたのである。

 小法師(こほうし)が笑ひながら、(ちり)を払つて立つた。

可厭(いや)なものは連れては参らぬ。いや、お行者(ぎょうじゃ)御覧の通りだ。御苦労には及ぶまい。――屑屋、法衣(ころも)(そで)を取れ、(しか)と取れ、江戸へ帰すぞ。」

「えゝ、滅相(めっそう)な、お慈悲、慈悲でござります。山を越えて参ります。歩行(ある)いて帰ります。」

歩行(ある)けるかな。」

()ひます、這ひます、這ひまして帰ります。(つち)を這ひまして帰ります。其の方が、どれほどお(なさけ)か分りませぬ。」

「はゝ、気まゝにするが()い、――()らば入交(いれかわ)つて、……武士(さむらい)武士(さむらい)、愚僧に(すが)れ。」

「恐れながら、恐れながら拙者(せっしゃ)とても、片時(へんし)も早く、もとの人間に成りまして、人間らしく、相成(あいな)りたう存じます。(とうげ)を越えて戻ります。」

「心のまゝぢや。――御坊。」

 と山伏(やまぶし)式代(しきたい)した。

「お行者。」

少時(しばらく)少時(しばらく)()うぞ。」

 と(うずくま)りながら、手を挙げて、

唯今(ただいま)、思ひつきました。此には海内(かいだい)第一のお関所がござります。拙者(てがた)を持ちませぬ。夜あけを待ちましても同じ儀ゆゑに……ハタと当惑を(つかまつ)ります。」

 武士(さむらい)はきつぱり正気に返つた。

「仔細ない。久能山辺(くのうざんあたり)に於ては、森の中から、時々、(興津鯛(おきつだい)が食べたい、燈籠(とうろう)の油がこぼれるぞよ。)なぞと声の聞える事を、此辺(こんあたり)でもまざ/\と信じて()る。――関所に立向(たちむか)つて、大音(だいおん)に(権現(ごんげん)が通る。)と呼ばはれ、(すみやか)に門を(ひら)く。」

「恐れ……恐多(おそれおお)い事――(うけたまわ)りまするも恐多い。陪臣(ばいしん)(ぶん)(つかまつ)つて、御先祖様お名をかたります如き、血反吐(ちへど)()いて即死をします。」

 と、わな/\と震へて云つた。

「臆病もの。……()し。」

(はか)らひ取らせう。」

 同音(どうおん)に、

「関所!」

 と呼ぶと、向うから歩行(ある)くやうに、する/\と真夜中の箱根の関所が、霧を(かず)いて出て来た。

 山伏(やまぶし)の首が、高く、(とざ)した門を、上から俯向(うつむ)いて見込む時、小法師(こほうし)の姿は、ひよいと飛んで、棟木(むなぎ)(しゃが)んだ。

権現(ごんげん)ぢや。」

罷通(まかりとお)るぞ!」

 (どっ)と笑つた。

 小法師の姿は(あずま)の空へ、星の中に法衣(ころも)(そで)掻込(かいこ)んで、うつむいて、すつと立つ、早走(はやばしり)と云つたのが、身動きもしないやうに、次第々々に高く(あが)る。山伏の形は、腹這(はらば)(さま)に、金剛杖(こんごうづえ)(かい)にして、横に霧を()ぐ如く、西へふは/\、くるりと廻つて、ふは/\と漂ひ去る。……

 ()、仰いで見るうちに、数十人の番士(ばんし)足軽(あしがる)の左右に平伏(ひれふ)す関の中を、二人何の苦もなく、うかうかと通り抜けた。

「お武家様、もし、お武家様。」

 ハツとしたやうに、此の時、刀の(つか)に手を掛けて、もの/\しく見返つた。が、(きたな)い屑屋に可厭(いや)な顔して、

「何だ。」

「お(たもと)(すが)りませいでは、一足(ひとあし)歩行(ある)かれませぬ。」

「ちよつ。参れ。」

「お武家様、お武家様。」

「黙つて参れよ。」

 小湧谷(こわくだに)大地獄(おおじごく)の音を暗中(あんちゅう)に聞いた。

 目の前の(みち)に、霧が横に広いのではない。するりと無紋(むもん)の幕が垂れて、ゆるく絞つた(ふさ)(むらさき)は、()()く内側の(ともしび)の影に、色も見えつつ、ほのかに人声(ひとごえ)()れて聞えた。

 女の声である。

 時に、紙屑屋の方が、武士(さむらい)よりは、もの()れた。

 そして、(ひざまず)かせて、屑屋も(つち)に、並んで(うやうや)しく手を()いた。

「江戸へ帰りますものにござります。山道に迷ひました。お通しを願ひたう存じます。」

 ひつそりして、少時(しばらく)すると、

「お通り。」

 と、もの(やわらか)な、優しい声。

 (さっ)と幕が消えた。()ゆるにつれて、朦朧(もうろう)として、白小袖(しろこそで)(くれない)(はかま)、また綾錦(あやにしき)振袖(ふりそで)の、貴女たち四五人の姿とともに、中に一人、雪に(まが)ふ、うつくしき裸体の女があつたと思ふと、都鳥が一羽、瑪瑙(めのう)の如き大巌(おおいわ)(たた)へた温泉(いでゆ)に白く浮いて居た。が、それも湯気とともに(あお)く消えた。

 星ばかり、峰ばかり、颯々(さっさつ)たる松の嵐の声ばかり。

 (かすか)に、(たがい)の顔の見えた時、真空(まそら)なる、山かづら、山の()に、(ほがらか)な女の声して、

「矢は返すよ。」

 風を切つて、目さきへ落ちる、此が刺さると生命(いのち)はなかつた。それでも武士(さむらい)は腰を抜いた。

 引立(ひきた)てても、目ばかり働いて歩行(ある)き得ない。

 屑屋が妙なことをはじめた。

「お武家様、此の(ざる)へお入んなせい。」

 ()れると、まだ天狗(てんぐ)のいきの、ほとぼりが消えなかつたと見えて、鉄砲笊(てっぽうざる)へ、腰からすつぽりと(おさま)つたのである。

 屑屋が腰を切つて、肩を振つて、其の笊を背負(しょ)つて立つた。

(くず)い。」

 うつかりと、……

「屑い。」

 落ちた矢を見ると、ひよいと、竹の(はし)ではさんで拾つて、癖に成つて居るから、笊へ(ほう)る。

 (こう)(はね)の矢を(ひたい)に取つて、(あお)い顔して、頂きながら、武士(さむらい)は震へて居た。

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