4話 四
読み方を変える
「どうした。」
「ええ、何ね、少し面白くねえ、馬鹿に癪なことがあって、腹が立って、私あ腹が立ってならねえんで、」と愛はいう内にもその迫った眉を動かすのであった。
紋床は、しばしばあって、珍しからぬ、愛吉がかかる様子に馴れて、いうことを何とも思わず、
「妙だな、お前また腹が立って為様がないから、そこで身体を寝かしていたろう。」
「親方、茶かさずにさ、全くだね、私あ何だ、演劇でする敵ッてものはちょうどこんなものだろうと思いますぜ、ほんとうに親の敵。」
「可い気なことを言ってらあ、お前母親は死んでやしねえじゃないか、父爺の敵なら中気だろう、それとも母親なら、愛的、お前がその当の敵だい。」
「何だってね。」
「苦労をさせるからよ。」
「気が早いや親方、誰も権太左衛門に母親が斬られたとは言やしません、私あ親の敵と思う位、小癪に障る奴が出来たッていうんです。」
「はてな。」
「それでね、出来るものならふん捕えて畜生撲殺してやろうと思って、こう胸ッくそが悪くッて、じっとしていられねえんで、まったくでさ、ふらふらして歩行いたんで。」
「待ちねえ、おい、お前感心だな、ははあ解ったい、そうするとお前は大望のある身体だ、その敵討をしようという。」
「そうですよ。」と真顔でいった。
「そうですよもねえもんだ、何だな、それがために浮身を窶し、茶屋場の由良さんといった形で酔潰れて他愛々々よ。月が出て時鳥が啼くのを機掛に、蒲鉾小屋を刎上げて、その浴衣で出ようというもんだな、はははは。」
「ようがすよ、もう沢山だ、何もそんなに改って今日という今日、脂を取んなさるこたあねえ、食潰しの極道にゃあ生れついて来たんだもの、天道様だって数の知れねえ人形を拵えるんだ、削屑も出まさあね、」と正直なだけに怒りッぽい、これでもまだ若いんだから、愛吉は拗ね気味で横を向く。
「ほい、気に障ったら堪忍しねえ、言ったって治らねえ位のこたあ知ってるんだい、言葉の機よ、己だってまだ人に意見を言う親仁形は役不足だ、可いや、喧嘩なら加勢をしよう、対手は何だ。」
「そ、それがね親方、」とたちまち嬉しそうな顔色で、
「ちっと組合違いの人間でさ。」
「ふむ、船頭か。」
「いいえ。」
「馬士か。」
「詰らねえ。」
「まさか乳母どんじゃあるめえな。」
「親方、真面目に聞いておくんなさいというに。聞くだけで可いんだから、私あまた話すだけでもちったあ胸が透くだろうと思うんで。へい、ここの処へ込上げて来やあがって。」と手を懐にしたまま拡げた胸に斜にかかってる守の紐の下あたりを、はたはたと叩いて見せる。
「可し可し、私が聞こう、どうしたんだ。」
「先生、聞いておくんなさるかい、難有え、こりゃ先生だとなほわかりが早い、対手はね、先生なんざ御存じじゃありませんか、歌の師匠ですよ。」
紋床は口を挟んで、
「ああ、中洲の清元の。なるほどこいつあ大望だ、親の敵より大事に違えねえ、しかし飛んだ気になったぜ、愛、お前ありゃあ不可えや、まるで組合が違ってらあ。」
「何がえ、親方。」
「お津賀さんのことだろう。」
「ありゃ、師匠じゃありませんか。」
「唄の師匠よ。」
「何を、私なあ味噌一漉てえやつなんです。」
「味噌一漉? ああ三十一文字か。」
「その野郎だ。」と、愛吉は胸を張った。