三枚続

5話

1,341字 約3分 2012年4月8日 公開

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「歌の先生、三十一文字の野郎で、それが敵、へい、」とばかりで紋床も変に思い、金之助もその意を得ない様子である。

 愛吉は熱心(おもて)(あらわ)れ、

「先生、貴客(あなた)知っていらっしゃりやしませんか、その三十一文字の野郎てえのを、」

「何というね、そしてどこの、」

「居る処は根岸なんで、」

「根岸か、」

「へい、根岸の加茂川(わたる)ッてんです。」

「加茂川亘。」と金之助は口の(うち)でその名を言った。

 紋床は背後(うしろ)へ廻って、

「神主様みてえだな。」

 金之助は(あらた)めて打頷(うちうなず)き、

「有名な先生だ、歌の、そうそう。()()くお書きになるぜ。」

「知ッてますよ、手習師匠兼業の(やっこ)なんで、媽々(かかあ)が西洋の音楽とやらを教えて、その(ばばあ)がまた、小笠原礼法躾方(しつけかた)活花(いけばな)、茶の湯を(あきな)う、何でもごたごた娘子(むすめッこ)(すき)な者を商法にするッていいます。」

「ははあ何でも屋だな、場末の荒物屋にゃあ(からかさ)まで商ってら、行届いたものだ。(しらみ)でも買いに行って(ひね)ってやれ、癖にならあ、どうせ(ろく)な者は売るんじゃあねえ。」と紋床は話が(まこと)で、ものになりそうな卵だと見て取ると、面白しで(おおい)(あお)る。

 金之助は驚いて、

「馬鹿なことを言え、罰の当った、根岸の加茂川と来た日にゃあ、歌の先生でも(みんな)御前(ごぜん)々々と言う位なもんだ。宴会のあった時、出ていた芸妓(げいしゃ)が加茂川さんちょいとと言ったら、売女(ばいた)風情が御前を(つかま)えて加茂川さん、朋友(ともだち)でも呼ぶように失礼だ、と言って、そのまま座敷を構われた位な(いきおい)よ。高位高官の貴夫人令嬢方、解らなけりゃ、(うえ)(がた)の奥様姫様(ひいさま)方、大勢お弟子があるッさ、場末の荒物屋と一所にされて(たま)るもんか、途方もない。」

「何でも、馬車だの腕車(くるま)だのが門に込合ってるッて()いますね。」

「そうだろうとも。」

「何だか知らねえが(しゃく)に障るッたらないんです。」

 と愛吉はさも口惜しそうである。

「おい、その方が敵かい。」

「お(めえ)また妙な敵を持ったもんだな、金と女なら(わっし)だって殺してえほど(うらみ)があらあ、(せん)の中洲の清元の師匠の口だと、私も片棒(かつ)ぐんだが、困ったな歌の先生じゃあ。お前どうした、狙ったか、」

「二晩ばかりつけました、上野の山ね、鶯谷(うぐいすだに)ね、(ステッキ)でも持ちゃあがって散歩とでも出掛けてみろ、手前(てめえ)(いか)しちゃあ帰さねえつもりで、あすこいらを張りましたけれど、出ませんや。弱っちまいました、親方の(めえ)だけれども。髪結床(かみいどこ)下職(したじょく)なんぞするもんじゃアありませんね、せめて字でも読めりゃ何とか言って近づくんですが、一の字は引張(ひっぱ)って、十文字は組違え、打交(ぶっちが)えは(たか)の羽だと、呑込んでいるんじゃあ為方(しかた)がありません、私あもう詰らねえ。」と力なさそうに投首をする。

「ああ、お互に不便(ふびん)なもんだ。」

「親方本当でございますね、酒の値は上りまさ、(たべ)る物は麺麭(パン)の附焼、(うなぎ)天窓(あたま)さ、串戯口(じょうだんぐち)でも利こうてえ奴あ子守児(こもりッこ)かお三どんだ、愛ちゃんなんてふざけやあがって、よかよかの飴屋(あめや)が尻と間違えてやあがる、へ、お(かたじけ)。」といって、愛吉はフンと棄鉢(すてばち)の鼻息。

「あいや、敵討(かたきうち)のお武家、ちとお話が()れましたようですが、加茂川が何か君に恥辱でも与えたというのかい、」

「そうです、恥を掻かしやがったんで、対手(あいて)は女ですよ。」

「何、女に恥辱を、待て、(たち)()くない奴だ。」

 ちょうど洗いましょうという処、金之助は膝を叩き、四辺(あたり)を払って、ついと立った。

「や、先生も味方らしい、こいつあ、難有(ありがて)えぞ難有えぞ。」

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