三枚続

6話

1,255字 約3分 2012年4月8日 公開

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 (いただ)いたのは新しい夏帽子、着たのは中形の浴衣であるが、(きっ)と改まった様子で、五ツ紋の黒絽(くろろ)の羽織、白足袋、表打(おもてうち)駒下駄(こまげた)蝙蝠傘(こうもりがさ)を持ったのが、根岸御院殿(より)のとある横町を入って、五ツ目の冠木門(かぶきもん)の前に立った。

「そこです、」と、背後(うしろ)から声を懸けたのは、二度目を配る夕景の牛乳屋の若者(わかいもの)で、言い棄てると共に一軒置いて隣邸(となりやしき)へ入った。(おも)うにこの横町へ曲ろうという(あたり)で、処を聞いたものらしい。加茂川の邸へはじめての客と見える、(くだん)の五ツ紋の青年(わかもの)は、立停(たちどま)って前後(あとさき)を《みまわ》して猶予(ためら)っていたのであるが、今牛乳屋(ちちや)に教えられたので振向いて、

「は、」と、(うなず)くと(ひと)しく門を開けて(すか)して見る、と取着(とッつき)が白木の新しい格子戸、引込(ひっこ)んで奥深く門から敷石が敷いてある。右は黒板塀でこの内に井戸、湯殿などがあろうという、左は竹垣でここから押廻して庭、向うに折曲って縁側が見えた。

 一体いつもこの邸の門前には、馬車か、(くるま)か、当世の玉の輿(こし)の着いていないことはない。居廻(いまわり)の者は誰()うとなく加茂川の横町を、根岸の馬車新道と(とな)えて、それの狭められるために、豆腐屋油屋など、荷のある(やから)は通行をしない位であるが、今日は日曜故か、もう晩方であるためか、内も外も人少なげに(しん)として、土塀の屋根、樹の蔭などには、二ツ三ツ蚊の声が聞えた。

 されば敷石を(なら)穿物(はきもの)に音立てて、五ツ紋の青年(わかもの)はつかつかとその格子戸の前。

 ちょうどここへ立った時分に、今開けた門の、からからと鳴る、ばねつきの(りん)の音が()んで、あたかも()し、玄関へ書生が取次に(あらわ)れて、あえてものを言うまでもない。

 黙って、坐って、手を()いて、顔を見て、澄して控える。

 青年(わかもの)は格子戸を半ば引いたままで、慇懃(いんぎん)に小腰を(かが)め、

「御免下さいまし。」

「はい。」

「ええ、お友達、御免下さいまし、御当家、」と(きま)って切口上で言出した。調子もおかしく、その蝙蝠傘を脇挟んだ様子、朝夕(ちょうせき)立入る在来の男女とは、(いた)行方(ゆきかた)(こと)にする、案ずるに(けだ)し北海道あたりから先生の名を慕って来た者だろうと、取次は(みつ)めたのである。

 青年(わかもの)はますます鄭重(ていちょう)

「いかがでございましょうか、お友達、御当家先生様にお目通(めどおり)が出来ますでございましょうか。」

貴方(あなた)はどちらから、」

「ええ、手前事は、ええ何でございまして、そのあれでございますよ。」

「はい、」

 人の内の取次というものは、いかなる場合にも真面目なものなり。

「お友達御免を(こうむ)ります、手前はその日本橋人形町通り、勝山と申しまして、」

「勝山さん、」取次は聞き()れないという顔色(かおつき)

「いえ、手前がその勝山と申すんじゃあございませんので、」

「ははあ、」

「御当家先生様の、ええ、お弟子でございまして、その勝山と申しますお嬢さんからちょいと頼まれました、手前使(つかい)の者でございます、少々お目に(かか)りとうございますが、お宅でいらっしゃいましょうか、お友達、お取次を願いとう存じますんで、へい。」

「先生はお宅ですが、ちょいとお待ち下さい、」と妙な顔をして取次はくるりと入った、青年(わかもの)は我を忘れた風でひょいとその(うなじ)(すく)めたが、立直って、えへん内証の咳一咳(せきばらい)

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