6話 六
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戴いたのは新しい夏帽子、着たのは中形の浴衣であるが、屹と改まった様子で、五ツ紋の黒絽の羽織、白足袋、表打の駒下駄、蝙蝠傘を持ったのが、根岸御院殿寄のとある横町を入って、五ツ目の冠木門の前に立った。
「そこです、」と、背後から声を懸けたのは、二度目を配る夕景の牛乳屋の若者で、言い棄てると共に一軒置いて隣邸へ入った。惟うにこの横町へ曲ろうという辺で、処を聞いたものらしい。加茂川の邸へはじめての客と見える、件の五ツ紋の青年は、立停って前後を《みまわ》して猶予っていたのであるが、今牛乳屋に教えられたので振向いて、
「は、」と、頷くと斉しく門を開けて透して見る、と取着が白木の新しい格子戸、引込んで奥深く門から敷石が敷いてある。右は黒板塀でこの内に井戸、湯殿などがあろうという、左は竹垣でここから押廻して庭、向うに折曲って縁側が見えた。
一体いつもこの邸の門前には、馬車か、俥か、当世の玉の輿の着いていないことはない。居廻の者は誰謂うとなく加茂川の横町を、根岸の馬車新道と称えて、それの狭められるために、豆腐屋油屋など、荷のある輩は通行をしない位であるが、今日は日曜故か、もう晩方であるためか、内も外も人少なげに森として、土塀の屋根、樹の蔭などには、二ツ三ツ蚊の声が聞えた。
されば敷石を鳴す穿物に音立てて、五ツ紋の青年はつかつかとその格子戸の前。
ちょうどここへ立った時分に、今開けた門の、からからと鳴る、ばねつきの鈴の音が止んで、あたかも可し、玄関へ書生が取次に顕れて、あえてものを言うまでもない。
黙って、坐って、手を支いて、顔を見て、澄して控える。
青年は格子戸を半ば引いたままで、慇懃に小腰を屈め、
「御免下さいまし。」
「はい。」
「ええ、お友達、御免下さいまし、御当家、」と極って切口上で言出した。調子もおかしく、その蝙蝠傘を脇挟んだ様子、朝夕立入る在来の男女とは、太く行方を異にする、案ずるに蓋し北海道あたりから先生の名を慕って来た者だろうと、取次は瞶めたのである。
青年はますます鄭重、
「いかがでございましょうか、お友達、御当家先生様にお目通が出来ますでございましょうか。」
「貴方はどちらから、」
「ええ、手前事は、ええ何でございまして、そのあれでございますよ。」
「はい、」
人の内の取次というものは、いかなる場合にも真面目なものなり。
「お友達御免を蒙ります、手前はその日本橋人形町通り、勝山と申しまして、」
「勝山さん、」取次は聞き馴れないという顔色。
「いえ、手前がその勝山と申すんじゃあございませんので、」
「ははあ、」
「御当家先生様の、ええ、お弟子でございまして、その勝山と申しますお嬢さんからちょいと頼まれました、手前使の者でございます、少々お目に懸りとうございますが、お宅でいらっしゃいましょうか、お友達、お取次を願いとう存じますんで、へい。」
「先生はお宅ですが、ちょいとお待ち下さい、」と妙な顔をして取次はくるりと入った、青年は我を忘れた風でひょいとその頸を縮めたが、立直って、えへん内証の咳一咳。