5話 五
読み方を変える
友の詩のかゞやけるも亦宜なりや。室は木曾の清溪に對して、其水聲は鏘々として枕に近く、前山後山の翠微は絶えずその搖曳せる嵐氣を送りて、雲のたゞずまひまた世の常ならず。まして屋後の花園には山ならでは見るを得られぬ珍しき草花咲き亂れて、苦吟の後は、必ずその花園を逍遙するを常と爲したりと、友は秋海棠の花の咲き後れたるを摘みつゝわれに語りぬ。友の眉には無限の愁思あり、友の胸には無限の琴線あり。われはこれに觸れんとして、却つてわが情の純ならざるを悔ひぬ。
午后は町を逍遙せずやといふ友の言葉に從ひて、家の若き主人と三人共に家を出づ。先づ、木曾川を渡りて、對岸なる興禪寺を訪ふ。寺は町の古寺にして、域内に木曾義仲の墳墓あり。境内また頗る廣く、盆踊の盛なるは殆ど町中第一なりといふ。それより町をめぐりて四時少し過る頃、家に歸りぬ。
夜、友と共に再び町を散歩す。美しき月は後山より出でゝ、其興の揚れる、また此宵に似るべくもあらず。われ等は詩を語り、人生を論じ、運命を言ひて、靜かに木曾川の橋上に立てば、滿天の風露冷かに衣を掠め、溪流に碎くる月の光の美しきは殆ど譬ふるに言葉を知らず。
『盆踊見んとは思はずや』
と友の言ひしは、猶それより彼方此方を逍遙して、美しき月の光を充分に賞し盡したる後なりき。
『まだ、盆踊はあるにや』
『一月ほど前のものとは甚しく劣れど、今も踊れるものなきにあらず。行きて見んと思はゞ、伴ひ行かん』
『行きて見ん』
とわれは應じつ。
町を少し左に曲れば、何ともなき廣き土地に、祭禮のごとく人集りて、その中央には手拭にて頬冠りしたる若き男女圈形をつくりつゝ手を繋ぎ合せて頻りに踊れり。月は水の如くその廣塲を照して、一塲の光景さながら一幅の畫圖のごとくなるに、われは思はず興に入りてこれを見る。
友はわが爲めに説きていふ、この福島町に於ける盆踊の盛なるは到底此一塲のさまなどにては想像にだも及ばぬことなり。毎年その盛期に達すれば、夜ごとに近郷近村より集り來れる若き男女殆ど無數、皆この一塲の廣塲に集りて、徹宵踊り騷ぐを常となし、夜深に至るに從ひて、その踊の圈次第に大に、一時二時頃に及べば、その一圈の數七八十餘名の多きに達し、而してその圈の數もまた七八組に及ぶこと尠なからず。されば淫風從つて盛に、見るに忍びざるの醜體を演ずること徃々にしてありと友は語る。
『君は其の光景を見たる事あるにや』
『幾度も見たり。幼き頃にもよくこの地に泊りに來ては、その賑かなるさまを面白しと思ひぬ。されど今年ほどよくその光景を觀察したる事なし。見給へ、今宵などは左程熱したるさまにも見えねど、かれ等の踊りて興に乘ずるや、殆ど周圍の見物人などは眼中に無く、その自己をすら全く忘れ果てたりと思はるゝ程にて、手の揃ひ足の亂れざる、人業にてはあらじと思はるゝばかりなり。かれ等はかくて終夜踊り、翌日は直ちに野に出でゝ烈しき勞働に從事するなるが、その根氣強きはまことに驚かるゝばかりならずや』
『町の者も出づるにや』
『否、近在より來れる農夫多し。町にても下等社會には交りて踊るものあれど、中以上はこれを敢てするものなし』
われ等は盆踊より延いて、人間に於ける動物的慾情の消長に及び、その根本的本能の性のいかに吾人人類の上に烈しく恐るべき勢力を有せるかを嘆きぬ。
歸りて眠りしは十時過なりき。