葬制の沿革について

12話 一二

1,124字 約2分 2025年5月17日 公開

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 小さな島々の生活習慣が、環境によつて種々の變動を受けることは當然であるが、死の文化に關してはそれすらも常に自由で無かつたらしい形がある。新たなる世情に立脚して、人が各時代の葬法を決定し得るものならば、恐らくは存留させなかつたらうと思ふ昔風が、今でも尚そちこちに殘つて居るのは、民族固有の信仰の消極的威力とも名づくべきもので、我々が宗教發達の經路を考察するに當つて、特に心を此方面に潜めなければならぬ所以である。内地の側でも色々の類例が擧げられるらしいが、海南の諸島でいふならば、今日の女性の感情には確かに重苦し過ぎると思ふ洗骨の任務が、依然として彼等に托せられて居るのも其一つである、墓地を確定してしまつた後までも、必ず改葬を以て葬式の一行事として居るなども、亦一つの注意すべき點である。奄美大島の如きも、通例死後一年を以て、必ず葬處を移すことになつて居るさうである。しかも其理由は單に前からの仕來りといふ以上に、現在ではもう説明し難くなつて居るので、行く/\は他の地方の例を知るに及んで、徐々に資力の有る者から之を罷めて行くであらうことも想像に難くない。私が九年ほど前に此島を旅行した時の見聞では、斯ういふ新舊推移の痕が雜然として入交り、以前も幾度か沖繩本島に於て、岩窟から土窖に進んだと同じ類の、部分的變化があつたことを推測せしめた。島の西南隅に近い技手久といふ小島の外側に、誰とは知らず折々船で屍骸を運んで來て、置いて行く者があるといふ話は有名になつて居るが、注意して見るとそれは獨りこの小さな無人島のみでは無かつた。主島の海岸でも絶壁になつて居て地續きに近よることの出來ぬ場處には、往々にして同じ話があるのである。素より普通人の目に觸れぬ物陰を選んだといふだけで、誰とも知れぬと言つたところが、別に祕密といふわけでも無かつた。多分は茲からさまで遠くない佳計呂麻島、或は其南の請與路二小島の漁村の人たちであらうといふ者もあつた。然るに此等の島々の海岸にも、やはり陸から通ひにくい部分には古くからの葬地があるらしく、それが平坦なる津堅や久高の島と異なる點は、島の居住者が自分ではそこを使用せず、互ひに海を隔てた他の島へ送らうとして居たことで、其爲に事柄が幾分か奇怪味を帶びて居たのである。現在のところではまだ證據を得にくいが、群島の生活には特に死人の島として、生人の島と差別せられたものが、殘してあつたので無いかと私は想像して居る。大島の西北に在る横當島なども、少しく遠いが朝夕に山の姿に面して、海を行く者の目標となつて居るに拘らず、今以て無人であり又種々の靈異が傳へられるのは、恐らくは本來死者のみの移住すべき島であつたからであらうと思ふ。

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