葬制の沿革について

7話 七

1,007字 約2分 2025年5月17日 公開

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 ハカといふ日本語は本來漢字の「墓」には相當せず、寧ろ斯ういふ昔からの、葬處として特定せられた土地を意味して居たかと思ふが、確かなことはまだ自分には言へない。兎に角にそれは忌詞であつたと見えて、會話にはたゞノベと謂つて居た人が多い。鳥邊野鳥邊山も往々にして之を普通名詞の樣に用ゐて居たのを見ると、地名の起りにも既に墓地といふ意味があつたのかも知れぬ。現在西院川原の四字を宛てゝ居るサイノカハラなどは、諸國に幾らでも例があるから、是は少なくとも京都の名を移したのでは無い。後には小兒ばかりの行く處のやうに考へられて居たけれども、語の元の意味は境のことで、即ち世を辭した人々の去り進む地であつた。蓮臺野といふ地名も京都のそれのみが著名であるが、全國に亙つて其數が非常に多い。中には只の林であり若くは拓かれて畠となつたのもあるが、斯ういふ特色ある地名は偶然には一致せぬ筈である。蓮臺は通例柩を運ぶ乘物の名と考へられ、又字面に據つて立てられた寺方の説もある。若しそれが後々のこじつけであつたとしたら、こんな一つの名稱からでも、尚或は古意を掬み得るやうな時が來るかも知れぬ。

 そこで自分は地方誌の調査者に向つて、先づ斯ういふ第一次の葬地を、俗言で何と謂つて居るかに注意せられんことを勸めたい。土地の言葉は僅かでも心持が變るたびに、努めて新語を使つて其變化を際立たせようとして居る傾きがある。だから或場合には用語の比較と時代別とに由つて、葬制其ものゝ沿革が辿られるのである。例へばボチといふ日本語らしい漢語は、有つてもよい語であるが近年までは頓と行はれなかつた。墓所といふ文章語が家々專屬の祭場の意味に用ゐらるゝに對して、所謂墓原には別にムショといふ語があつた。ムショも同じく墓所の古音の如くに説明せられては居るものゝ、其感じは全然別であつて、此方は通例共同墓地を指して居るやうである。古くは音聲の稍之に近き、無常所といふ語がよく用ゐられて居た。奇異雜談集などを見ると、罷物所と書いてハモツショと訓ませた例もある。文字は勿論文筆の人の選定であらうが、語其ものに至つては常民の命名か、若くは少なくとも採用でなければならぬ。さうすれば是が以前の語と更代して、次に新しくなつて來た過程の中には、當然に我々の慣習の推移を含んで居るわけで、之を究める爲には今一度各地居住者の協力の下に地状と在來の稱呼とを比較して見るのも一方法かと思ふ。

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