4話 四
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六は門並六七軒。
風体と面構で、その指二本突出して、二両を二百に値切っても、怒って喧嘩はしないけれど、誰も取合うものはなし。
いざ、と成れば、法もかく、手心は心得たが、さて指当って、腹は空く、汗は流れる、咽喉は乾く、氷屋へ入る仕覚も無かった。
すねた顔色、ふてた図体、そして、身軽な旅人の笠捌きで、出女の中を伸歩行く、白徒の不敵らしさ。梁山泊の割符でも襟に縫込んでいそうだったが、晩の旅籠にさしかかった飢と疲労は、……六よ、怒るなよ……実際余所目には、ひょろついて、途方に暮れたらしく可哀に見えた。
この後を、道の小半町、嬉しそうに、おかしそうに、視め視め、片頬笑みをしながら跟いて歩行いたのは、糊のきいた白地の浴衣に、絞りの兵児帯無雑作にぐるりと捲いた、耳許の青澄んで見えるまで、頭髪の艶のいい、鼻筋の通った、色の浅黒い、三十四五の、すっきりとした男で。何処にも白粉の影は見えず、下宿屋の二階から放出した書生らしいが、京阪地にも東京にも人の知った、巽辰吉と云う名題の俳優。
で、六が砂まぶれの脚絆をすじりもじって、別荘の門を通ったのと、一足違いに、彼は庭下駄で、小石を綺麗に敷詰めた、間々に、濃いと薄いと、すぐって緋色なのが、やや曇って咲く、松葉牡丹の花を拾って、その別荘の表の木戸を街道へぶらりと出た。
巽は時に、酔ざましの薬を買いに出たのであった。
客筋と云うのではない、松坂の富豪池川とは、近い血筋ほどに別懇な親類交際。東に西に興行の都度、日取の都合が付きさえすれば、伊勢路に廻って遊ぶのが習いで、別けて夏は、三日なり二日なり此処に来ない事はないのであった。
今度も、別荘の主人が一所で、新道の芸妓お美津、踊りの上手なかるたなど、取巻大勢と、他に土地の友だちが二三人で、昨日から夜昼なし。
向う側の官営煙草、兼ねたり薬屋へ、ずっと入って巽が、
「御免よ。」
「はい、お出でなさいまし。」
唯、側対いの淡路屋の軒前に、客待うけの円髷に突掛って、六でなしの六蔵が、(おい、泊るぜえ)を遣らかす処。――考えても――上り端には萌黄と赤と上草履をずらりと揃えて、廊下の奥の大広間には洋琴を備えつけた館と思え――彼奴が風体。
傍見をしながら、
「宝丹はありますかい。」
「一寸、ござりまへんで。」
「無い。」
「左様で、ござりません。仁丹が可うござりますやろ。」と夕間暮の薬箪笥に手を掛ける、とカチカチと鳴る環とともに、額の抜上った首を振りつつ大な眼鏡越にじろりと見る。
「宝丹が欲しいんだがね。」
「強い、お生憎様で。」
「お邪魔を。」
「何うだ、姉え、これだけじゃ。」
六は再指二本。
この、笠ぐるみ振分けを捲り手の一方へ、褌も見える高端折、脚絆ばかりの切草鞋で、片腕を揮ったり、挙げたり、鼻の下を擦ったり、べかこと赤い目を剥いたり、勝手に軒をひやかして、ふらふらと街道を伸して行くのが、如何にも舞台馴れた演種に見えて、巽はうかうか独笑してその後に続いたのである。