佐藤春夫詩集

29話 消閑雜詩 伊都滿譚詩

617字 約1分 2022年4月9日 公開

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糸滿(いとまん)は琉球南方の一海村なり。その民は勇敢にして甚だ海洋を愛し好んで扁舟をもて遠洋に泛ぶと也。われ故郷に歸りて南海の濱に居し、一夕、怒濤を聽きて興趣を覺ゆ。ふとリヒヤルト・デエメルに「海の鐘」の歌ありしを思ひ出で筆とりて試みにこの譚詩をつくる。

なんぢ童たち

朝夕(あさゆふ)の目ざめに

潮騷(しほざゐ)の音(おと)を

海とや思ふらん。

わたつ海(み)の底(そこひ)に

深く鳴りいづる

世にもいみじかる

鐘のひびきは、

漕ぎ出でて水の

心臟に觸るる時

選ばれし舟子(かこ)ぞ

命を賭けて聞く。

波ぞ美しき。波ぞ

勇ましき。波ぞ

怖ろしき。怖ろしき

美しき、可愛(まがな)しき。

怖ろしき時いとど

可愛(まがな)しや、波。命。

我は勇魚(いさな)となりぬ

波のまにまに。

友や、七人(ななたり)

この日波に呑まれつ、

勇魚(いさな)なる我が眞上に

星一つ見えきて、

雲裂けて、月はだら

聞け、鳴り出でぬ、鐘

海の鐘、生きて我

美しき身ぶるひす。

言ひよりて囁く

海の胸の鐘ぞも。

まごころを明しぬ

底(そこひ)なき底(そこひ)より。

七人(ななたり)の友に

われは勝ちつつ

海はこの日より

われに身を任(まか)せつ。

「海の夫(せこ)、颶風(はやて)の

友、人の勇魚(いさな)」

かく呼ばれてわが

髮は白くなりつ。

常若(とこわか)の海は

白き髮を好まず、

わが骸(むくろ)は今ぞ

陸(くが)の妻にまかす。

我ぞ聞きし。むかし。

海の底(そこひ)ふかく

鳴り出でて響く

いみじかるかの鐘の響。

よしや高鳴りて

胸をとどろかすとも、

知れ、潮騷(しほざゐ)はただ

たはれ女(め)のたはれ唄。

子ら、友に勝て

風に勝て、海を娶(めと)れ、

深なさけいみじき

海をその鐘に聞け。

覆りたる刳舟(くりふね)は

汝(なれ)が腕(うで)に抱(いだ)け。

二つなき海の鐘は

命かけて聞け。

わが教こそは、好(よ)き

童たちにのこす、

骸(むくろ)は、徒らに

陸(くが)の妻にまかす。

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