素戔嗚尊

19話 十九

1,150字 約2分 1999年8月27日 公開

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「貴様はこの勾玉(まがたま)を誰に貰った?」

 素戔嗚(すさのお)は相手の(のど)をしめ上げながら()みつくようにこう尋ねた。

「離せ。こら、何をする。離さないか。」

「貴様が白状するまでは離さない。」

「離さないと――」

 若者は襟を取られたまま、斑竹(はんちく)の笛をふり上げて、横払いに相手を打とうとした。が、素戔嗚は手もとを(ゆる)めるまでもなく、遊んでいた片手を動かして、苦もなくその笛を《ね》じ取ってしまった。

「さあ、白状しろ。さもないと、貴様を絞殺(しめころ)すぞ。」

 実際素戔嗚の心の中には、狂暴な怒が燃え立っていた。

「この勾玉は――おれが――おれが馬と取換えたのだ。」

「嘘をつけ。これはおれが――」

「あの娘に」と云う言葉が、何故か素戔嗚の舌を(こわ)ばらせた。彼は相手の蒼ざめた顔に熱い息を吹きかけながら、もう一度(うな)るような声を出した。

「嘘をつけ。」

「離さないか。貴様こそ、――ああ、喉が()まる。――あれほど離すと云った癖に、貴様こそ嘘をつく奴だ。」

「証拠があるか、証拠が。」

 すると若者はまだ必死に、もがきながら、

「あいつに聞いて見るが好い。」と、吐き出すような、一言(ひとこと)を洩らした。「あいつ」があの牛飼いの若者であると云う事は、怒り狂った素戔嗚にさえ、問うまでもなく明かであった。

「よし。じゃ、あいつに聞いて見よう。」

 素戔嗚は言下(ごんか)に意を決すると、いきなり相手を引っ立てながら、あの牛飼いの若者がたった一人住んでいる、そこを余り離れていない小家(こいえ)の方へ歩き出した。その途中も時々相手は、襟にかかった素戔嗚の手を一生懸命に振り離そうとした。しかし彼の手は相不変(あいかわらず)、鉄のようにしっかり相手を(とら)えて、打っても、叩いても離れなかった。

 空には依然として、春の月があった。往来にも藪木(やぶき)の花の《におい》が、やはりうす甘く立ち()めていた。が、素戔嗚の心の中には、まるで大暴風雨(おおあらし)の天のように、渦巻く疑惑の雲を()いて、憤怒(ふんぬ)嫉妬(しっと)との稲妻が、絶え間なく(ひらめ)き飛んでいた。彼を(あざむ)いたのはあの娘であろうか。それとも牛飼いの若者であろうか。それともまたこの相手が何か狡猾(こうかつ)な手段を弄して、娘から勾玉を巻き上げたのであろうか。……

 彼はずるずる若者を引きずりながら、とうとう目ざす小家(こいえ)まで来た。見ると(さいわい)小家の主人は、まだ眠らずにいると見えて、(ほの)かな一盞(いっさん)燈火(ともしび)の光が、戸口に下げた(すだれ)の隙から、軒先の月明と(せめ)いでいた。襟をつかまれた若者は、ちょうどこの戸口の前へ来た時、始めて彼の手から自由になろうとする、最後の努力に成功した、と思うと時ならない風が、さっと若者の顔を払って、足さえ宙に浮くが早いか、あたりが(にわか)に暗くなって、ただ一しきり火花のような物が、四方へ散乱するような心もちがした。――彼は戸口へ来ると同時に、犬の子よりも造作(ぞうさ)なく、月の光を()いた簾の内へ、まっさかさまに投げこまれたのであった。

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