2話 二
読み方を変える
「京の祇園と、番町の土手下――いや、もうちっと――半道ばかり近いのです。大勢の中で、その芸妓――お絹というんです――その女が、京都駅まで、九時何十分かの急行を、見送りに来てくれたんだから。……それにしても少々遠過ぎますね。――声を聞いて、すぐそのお絹だ、と思ったのは。
しかし事実なんです。
(やあ、これは珍客。)
とか、大きな声して、いきなり、箸をおくと、件の煮豆を一つ、膳の上へ転がしながら、いきなり立上って中縁のような板敷へ出ましたから。……鵯が南天燭の実、山雀が胡桃ですか、いっそ鶯が梅の蕾をこぼしたのなら知らない事――草稿持込で食っている人間が煮豆を転がす様子では、色恋の沙汰ではありません。――それだのに……」
境辻三は、串戯ではなさそうに、真顔になっていったのである――
「しかし、またあらためて、お絹のその麗しさというものは。――(お危うございます、ここは暗いんでございますから。)おいそれものの女中めが、のっけのその京言葉と、朱鷺色の手絡、艶々した円髷、藤紫に薄鼠のかかった小袖の褄へ、青柳をしっとりと、色の蝶が緑を透いて、抜けて、ひらひらと胸へ肩へ、舞立ったような飛模様を、すらりと着こなした、長襦袢は緋に総染の小桜で、ちらちらと土間へ来た容子を一目、京都から帰ったばかりの主人が旅さきの知己、てっきり溶けるものと合点して、有無を部屋へ聞かないさきから、すぐこうお通りはいいのですが、口上が癪ですよ。(真暗ですから。)が、仕方がない、押付け仕事の安普請で、間取りに無理がありますから、玄関の次が暗いのです。いきなり手を曳いて連れ込んだ、そのひき方がそそっかし屋で荒いので、私と顔を会わせた時は、よろけ加減で、お絹の顔が、ほんのりとなって、その長襦袢のしなやかな裳をこぼれた姿は、脊は高し、天井の黒い雲から糸桜がすらすらと枝垂れたようで、いや、どうも……祇園の空から降って来たかと思われました。
――時に、重ねていうようですが、三月のはじめです。三月といえば弥生です。桜は季節でありますけれども、まだどこにも咲いてはいません。ところが、どうした事か、これから、宵、夜、夜中に掛けて、話を運びます、春木町の、その頃の本郷座。上野の山内、清水の観音堂。鶯谷という順に、その到る処、花が咲いていたように思います。唯今も、目に見えて、桜に包まれるようですが、実は、こんな事は、今まで、誰にも片端も饒舌ったことはありませんから、いつも一人で、咲満ちた花の中にいた気だったのですけれども、あなたに。」
著者に、いうのである。
「三月、と口にしますと同時に、ふと気がつくと、彼岸ずっと前で、まだ桜は咲きません。が、それからお絹を連れて行きました、本郷座の芝居が、ちょうど祇園の夜桜、舞台一面の処へぶつかりましたし、続いて上野でも、鶯谷でも、特に観世音の御堂では、この妓と、花片が颯と微酔の頬に当るように、淡い薫さえして、近々と、膝を突合わせたような事がありましたから、色の刺激で、欄干近い、枝も梢も、ほの紅かったのだろうと思われます。
ところで――芝居行です。が、どの道、糸錦の帯で押立よく、羽織はなしに居ずまいも端正としたのを、仕事場の机のわきへ据えた処で、……おなじ年ごろの家内が、糠味噌いじりの、襷をはずして、渋茶を振舞ってみた処で、近所の鮨を取った処で、てんぷら蕎麦にした処で、びん長鮪の魚軒ごときで一銚子といった処で、京から降って来た別嬪の摂待らしくはありません。京では、瓢亭だの、西石垣のちもとだのと、この妓が案内をしてくれたのに対しても、山谷、浜町、しかるべき料理屋へ、晩のご飯という懐中はその時分なし、今もなし、は、は、は、笑ったって、ごまかせない。
(おつれは?)
ただ一人で訪ねて来て、目の前に斜に坐っている極彩色に、連を聞いたも変ですが、先方の稼業が稼業ですから。……なぞといって、まじくないながら、とつおいつのうち、お絹が、四五人で客に連れられて来たのだけれど、いまは旅館に一人で残った……
(早う、あんたはんの許へ来とうて、来とうてな。)
いよいよ、天麩羅では納まらない。思いついたのが芝居です。
で、本郷に出ているのは、箕原路之助――この友だちが、つい前日まで、祇園で一所だったので、四条の芝居を打上げた一座が、帰って来て、弥生興行の最中だとお思い下さい。
(……すぐ出掛けましょう、御婦人には芝居と南瓜が何よりの御馳走だ。)
馬鹿も通越した、自棄な言句を切出して、
(ご贔屓の路之助が出ています。)
役者を贔屓とさえいっておけば間違いはないものの――その実、祇園にいたうちに、五人、八人、時には十人にも余って、その六日ばかりの間、時々出入り交代はあっても、ほとんど同じ顔の芸妓舞子が、寝る、起きる、飲む、唄う。十一時ごろに芝居のはねるのを宵の口にして、あけ方の三時四時まで続くんでしょう。雑魚寝の女護の島で、宿酔の海豹が恍惚と薄目を開けると、友染を着た鴎のような舞子が二三羽ひらひらと舞込んで、眉を撫でる、鼻を掴む、花簪で頭髪を掻く、と、ふわりと胸へ乗って、掻巻の天鵞絨の襟へ、笹色の唇を持って行くのがある。……いいえ、その路之助のですよ。女形の。……しかも同じ衾の左右には、まくれたり、はだかったり、白い肌が濡れた羽衣に包まれたようになって、紅の閨の寝息が、すやすやと、春風の小枕に小波を寄せている。私はただ屏風の巌に、一介の栄螺のごとく、孤影煢然として独り蓋を堅くしていた。とにかくです、昼夜とも、その連中に、いまだかつて、顔を見せなかったのが、お絹なんです。
――晩には、東京へ帰ろうとする朝でした。旅馴れないので、何となく心が急きます。早めに起きた右の栄螺が、そっと蓋をあけて、恐る恐る朝日に映る寝乱れた浮世絵を覗きながら、二階を下りて、廊下を用たしに行く途中、一段高く、下へ水は流れませんが、植込の冷い中に、さらさらと筧の音がして、橋づくりに渡りを架けた処があった。
そこに、女中……いや、中でも容色よしの仲居にも、ついぞ見掛けたことのないのが、むぞうさな束髪で、襟脚がくっきり白い。大島絣に縞縮緬の羽織を着たのが、両袖を胸に合せ、橋際の柱に凭れて、後姿で寂しそうに立っている。横顔をちらりと視て通る時、東山の方から松風が吹込んだように思いました。――これが、お絹だったのです。
あとで聞くと、病気で休んでいて、それまでの座敷へは出なかった。髪を洗ったのもやっと昨日で、珍らしい東の客が、今日帰る、と聞いたので、急いで来たが、まだ皆夜中らしいから、遠慮をしていたのだというのが分りました。けれども、顔を洗って、戻るのに、まだおなじところに、おなじ姿を見ると、ちょっと二間ばかりの橋が、急にすらすらと長く伸びて、宇治か、瀬田か、昔話の長橋の真中にただ一人怪しい婦が、霞に彳んだようですから、気をはっきりと、欄干を伝うところを、
(目々、覚めてどすか。)
と清しい目で、ちょっと見迎えて、莞爾したではありませんか。私は冷りとしました。第一、目々が覚めたという柄じゃない、洗って来い、という面です。
閑静だから、こっちへ――といって、さも待設けてでもいたように、……疏水ですか、あの川が窓下をすぐに通る、離座敷へ案内をすると、蒲団を敷かせる。乗ったんですが、何だか手玉に取られた形で、腰が浮くと、矢の流れで危いくらい。が、きっぱりと目の覚めた処で、お手ずから、朝茶を下さる。
(姉さんは、娘はんですか、此楼の……)
いやな野郎で、聞覚えの京言葉を、茶の子でなしに噛りましたが、娘か、と思ったほど、人がらが勝っている。……
通力自在、膳も盃洗もすぐ出る処へ、路之助が、きちんと着換えて入って来て、鍋のものも、名物の生湯葉沢山に、例の水菜、はんぺんのあっさりした水煮で、人まぜもせず、お絹が――お酌。
(ずッと見物をおしやしたか。)
宇治は、嵯峨は。――いや、いや、南禅寺から将軍塚を山づたいに、児ヶ淵を抜けて、音羽山清水へ、お参りをしたばかりだ、というと、まるで、御詠歌はんどすな、ほ、ほ、ほ、と笑う。
路之助が、
(その癖、お絹さん、お前さんの好きそうな処ばかりだぜ。……境さん――この人は、まだ休んでいて隙ですから、そこいら、御案内をしようというのですが、どうかすると、神社仏閣、同行二人の形になりかねませんよ。)
(巡礼結構。同行二人なら野宿でもかまいません。)
(ほ、ほ、ほ、よういわんわ。)
御免下さい。……だから言わないことではない。もうこの辺の、語義の活法が覚束ない。
が、串戯ではありません、容色、風采この人に向って、つい(巡礼結構)といった下に、思わず胸のせまることがあったのです。――
ですから、嵯峨へ、宇治へというのを断って、朝出ると、すぐ三十三間堂。社もうで、寺まいり。何にしろ食ったものさえ、水菜と湯葉です。あの、鍋からさらさらと立った湯気も、如月の水を渡る朝風が誘ったので、霜が靡いたように見えた、精進腹、清浄なものでしょう。北野のお宮。壬生の地蔵。尊かったり、寂しかったり。途中は新地の赤い格子、青い暖簾、どこかの盛場の店飾も、活動写真の看板も、よくは見ません。菜畠に近い場末の辻の日溜りに、柳の下で、鮒を売る桶を二人で覗いて、
(みんな、目あいていやはるな。)
といった、お絹の目が鯉の目より濡々としたのが記憶にある……といった見物で。――帰途は、薄暮を、もみじより、花より、ただ落葉を鴨川へ渡したような――団栗橋――というのを渡って、もう一度清水へ上ったのです。まだ電燈にはならない時分、廻廊の燈籠の白い蓮華の聯なったような薄あかりで、舞台に立った、二人の影法師も霞んで高い。……
暗い磴の幽な底に、音羽の滝の音を聞いた時は、
松風に音羽の滝の清水を
むすぶ心やすずしかるらん
地唄の三味線は、耳に消えて、御詠歌の声をさながらに聞きますと――はてな、なぜか今朝、起きぬけに、祇園の茶屋の橋がかりで筧の音のした時と、お絹の姿も同じようで、一日を夢に見たように思いましたが――
――更に、日もおかず、お絹が土手番町へ訪ねて来た、しかもその夜、上野の清水の御堂の舞台に、おなじように、二人で立つ事になったんです――
音羽のその時は、風情がいいから、もう一度、団栗橋を渡り返した、京洛中と東山にはさまって、何だか、私どもは小さな人形同然、笹舟じゃあない、木の実のくりぬきに乗って、流れついた気がします――
そうですよ、宿は西石垣のなにがし屋に取ってあったのですが、宿では驚いていたでしょう。路之助の馳走になりつづけで、おのぼりの身は藻抜の殻で、座敷に預けたのが、擬更紗の旅袋たった一つ。
しわす、晦の雪の夜に、情の宿を参らせた、貧家の衾の筵の中に、旅僧が小判になっていたのじゃない。魔法妖術をつかうか知らん、お客が蝦蟆に変じた形で、ひょこんと床間に乗っている。
お絹が引添っての、心づけでは、電話で、もう路之助から、ここの勘定は済んでいる。まだ、それよりも、お恥かしいやら、おかしいのは。……
(――お絹さん、その手提袋ですがね、中味が緊張しておりません、張合のないせいか、紐が自から、だらりとして、下駄のさきとすれすれに袋が伸びていたそうで。京都へ着いた時迎いに来てくれました、路之助の番頭と一所だった年増の芸妓が、追って酒宴の時、意見をしてくれましたよ。あれは見っともない、先陣の源太はんやないけど、腹帯が弛んだように見える……といってね。)
(ほんに、私も、東の方贔屓どす……しっかりとあんじょうに……)
――細い指であやつッて、あ、着換を畳もう、という、待遇振。ですが、何にもない。着のみ、着のままで、しゃんと結ばると袋はぺしゃんこ。そいつを袖で抱いて、さ、晩のご飯を近所のちもとへ、と立たれたのには、懐中もぺしゃんこです。
これも路之助の心づけで、ちゃんと席を取って支度が出来ていて、さしむかいで、酒になった処へ、芝居から使の番頭、姓氏あり。津山彦兵衛とちょっとお覚え下さい。
(――すぐ、あとで、本郷座の前茶屋へ顔を出しますから――)
花柳界の総見で、楽屋は混雑の最中、おいでを願ってはかえって失礼。お送りをいたすはずですが、ちょうど舞台になりますから。……縞の羽織、前垂掛だが、折目正しい口上で、土産に京人形の綺麗な島田と、木菟の茶羽の練もの……大贔屓の鳥で望んだのですが、この時は少々擽ったかった。やがて、その京人形に、停車場まで送られて、木菟が。……夜汽車で飛ぶ。」……