白花の朝顔

3話

6,317字 約13分 2011年12月28日 公開

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「いらっしゃいまし、ようこそ。――路之助も一度お伺い申したいと、いいいい、帰京早々稽古(けいこ)にかかって、すぐに、開けたものでございますから、つい失礼を。……今日(こんにち)はまたどうも難有(ありがと)う存じます。」

御挨拶(ごあいさつ)で恐縮ですよ。津山さん。私こそ、京都で、あんなにお世話になって。――すぐにもお礼かたがたお訪ね申さなければならなかったのですが、ご存じの、貧乏稼ぎにかまけましてね。」

「なぞとおっしゃる。……は、は、は。」

 と笑いを手で(ふた)して、軽く(せき)した。小肥(こぶと)りにがっしりした年配が、稼業で人をそらさない。

「まったくですよ。ところでですね。ぶちまけた話ですが、万事、ちっとでも、楽屋の方で御心配を下さらないように――実は売場で切符を買ってと思いましたがね。」

「そんな水臭いことを……ご串戯(じょうだん)で。」

「いや、ご馳走は、ご馳走。見物は見物です。実は、この京人形。」

 お絹が上品な円髷(まるまげ)で、紫仕立の柳褄(やなぎづま)、茶屋の蒲団に、据えたようにいるのです。

「たしか、今度の二番目の外題(げだい)も、京人形。」

「序幕が開いた処でございまして、お土産興行、といった心持でござんしてな。」

「そのお土産をね、津山さん、……本箱の上へ飾ってある処へ……でしょう。……不意でしょう。まるで動いて出たようでしょう。並んでいる木菟(みみずく)にも、ふらふらと魂が入ったから、羽ばたいて飛出したと――お大尽(だいじん)づきあいは馴れていなさるだろうから、一つ、切符で見ようじゃありませんか、というと、……嬉しい、といって賛成は、まことに嬉しい。当方立処(たちどころ)懐中(ふところ)が大きくなった。」

「は、は、は。」

 と(ふた)して、軽く笑う。津山の懐中(ふところ)の方が余程大きい。

「木戸へ差しかかると満員、全部売切れ申候だから、とにかく、連中で来て、一二度知ってるので、こちらに世話を掛けたんですが、つれがつれです、快よくあしらってはくれましたけれども、何分にも、ぎっしりで、席は一つもないというんで、()むを得ず……悪く思わないで下さい……まったく止むを得ず、茶屋から、楽屋へ声を掛けてもらったんですから。しかし、大入で、何より結構。」

「お庇様(かげさま)で、ここん処、ずっと売切っております。いえ、お場所は出来ます。いえ、決して無理はいたしません。そのかわり、他様(ほかさま)入込(いれご)みで、ご不承を願うかも知れません。今日の処は、ほんの場の景気をお慰みだけ、芝居は(あらた)めてお見直しを願いとうございますので。……つきましては、いずれ楽屋へもお供をいたしますが、そのおつれ様……その、京人形様。――は、は、は――の処は、何にもおっしゃらず、ご内分に。――いえ、あなた様のおつれでございますから、仔細(しさい)はないのでございますがな、この役者なかまと申しますものは、何かとそのつきあいがまた……(うるさ)いのでして、……京から芸妓(げいこ)はんが路之助を追駈(おいか)けて逢いに来たわ、それ蕎麦(そば)だ……などと申すわけで、そうでもないのに、何かと物騒、は、は、は。」

 両三度、津山の笑いは、ここで笑うのにあらかじめ用意をしたらしいほど、(かた)のごとく、例の口許(くちもと)をおさえて、黙然(だんまり)を暗示しながら、目でおどけた。

「……は、は、は、と申すわけで。お含みを。――ああ、八さん、お茶を入れかえて……そう、(よろ)しい。何、ぼくにか、はて、忙しい。は、は、は。いやいずれ今ほど。――お場所が出来ましたそうでございますから。」

 膝で(すべ)って、津山が立つのと入交(いれかわ)って、男衆が階子段(はしごだん)の口でお辞儀をして、

「では、ご見物を。」

「心得た。」

 見ますとね、下の店前(みせッさき)に、八角の大火鉢を、ぐるりと人間の(いわ)のごとく取巻いて、大髻(おおたぶさ)の相撲連中九人ばかり、峰を(そばだ)て、谷を(ひら)いて、湯呑(ゆのみ)(あお)り、片口、丼、谷川の流れるように飲んでいる。……何しろ取込んで忙しそうだ、早いに限ると、外套(がいとう)を脱いだ身軽です。いきなり下りると、

「へい、行ってらっしゃいまし。」

 帳場で女の声がしたかしないに、

「危い!」

 わッと響くのが一斉(いっとき)で、相撲が四五人どッと立った。いずれも大ものですから、屋鳴り震動の中に、(かすか)に、トンと心細い音が、と見ると、お絹のその姿が階子段(はしごだん)の上から真横になって、くるくるトトトン、(つま)がばッと乱れて、白い(はぎ)、いや、祇園での踊手だと聞く、舞で鍛えた身は軽い、さそくの(たしな)みで前褄(まえづま)を踏みぐくめた雪なす爪先(つまさき)が、死んだ蝶のように落ちかかって、帯の糸錦(いとにしき)薬玉(くすだま)(ひるがえ)ると、(こぼ)れた襦袢(じゅばん)緋桜(ひざくら)の、(こまか)(うろこ)のごとく流れるのが、さながら、凄艶(せいえん)白蛇(はくじゃ)の化身の、血に()がれてのた打つ(さま)して、ほとんど無意識に両手を(ひろ)げた、私の袖へ、うつくしい首が仰向(あおの)けになって胸へ入り、櫛笄(くしこうがい)がきらりとして、前髪よりは、眉が(ぷん)と匂うんです。そのまま私の首筋に、袖口が熱くかかったなり、抱き据えて、腰をたてにしたまで、すべて、息を()(ひま)がない。息を吐く隙がありません。

 土俵が(くず)れたような、相撲の総立ちに、茶屋の表も(のぼり)を黒くした群衆でしょう。雪は降りかかって来ませんが、お七が(やぐら)から(さかさま)に落ちたも同然、恐らく本郷はじまって以来、前代未聞の珍事です。

 あまりの事に、寂然(しん)とする、その人立の中を、どう替草履を引掛(ひっか)けたか覚えていません。夢中で、はすに木戸口へ突切(つっき)りました。お絹は、それでも、帯も襟もくずさない。おくれ毛を、掛けたばかりで、櫛もきちんと(ささ)っていましたが、背負(しょい)上げの結び目が、まだなまなまと血のように片端(さが)って、踏みしめて(すそ)(かば)った上前の片褄(かたづま)が、ずるずると地を()いている。

 抱いて通ったのか、(もつ)れて飛んだのか、まるで(うつつ)で、ぐたりと肩に()っかかったまま、そうでしょう……引息を(ほっ)と深く、木戸口で、

「ああ、お婿はん。」……

 と泣くようにいった。生死の最中、洒落(しゃれ)どころではないのですが、これは京都で、連中が、女形の客だというので(お婿はん、お婿はん。)と私を、からかったのが、つい出ました。

「……わて、もう、死ぬるか思うた。」

 と、目が澄んで、(じっ)()て、(さっ)と顔色が(あお)ざめたんです。

「あんたはんに恥を掻かせた、済まんなあ、……生命(いのち)の親え。」

「…………」

「二階を下りしなに、何や暗うなって、ふらふらと目がもうて、……まあ、(あて)、ほんに、あの中へ落ちた事なら手足が(ちぎ)れる。」

 という声も、小刻みで東へ廻る。茶屋の男は木戸口に待っていたが、この上(きま)りを悪がらせまい用心で、見舞もいわない、知らん顔で……ぞろぞろついて来た表口の人だかりを、たッつけを穿()いた男が二人、手を挙げて留めているのが見えました。

 そッと(かが)んで、

「へい、こちらへ。」――

 土間、桟敷、二、三階、ぎっしり一杯。成程、やっと都合がついたのだと見えて、四人詰めに、上下大島ずくめなのと、背広の服のと、しかるべき紳士が二人いましたが、これが、そのまま、腰に瓢箪(ひょうたん)でもつけていそうな、暖簾(のれん)も、景気燈(けいきあかり)も、お花見気分、(あか)(もや)が場内一面。舞台は、切組、描割で引包んだ祇園の景色。で、この間、枝ぶりを見て返ったばかりの名木の車輪桜が、影の映るまで満開です。おかしい事には、芸妓(げいしゃ)舞妓(まいこ)幇間(ほうかん)まじり、きらびやかな取巻きで、洋服の紳士が、桜を一枝――あれは、あの枝は折らせまい、形容でしょう。――もう一人、富豪――成金らしい大島(ぞろい)が、瓢箪をさげている。

 一つ桟敷――東のずっと末でした――その妙に、同じような先客が、ふと気がさしたと見えて――挨拶をした時は、ふり向きもしなかったのが――お絹をこの時見返って、愕然(がくぜん)とした様子です。……

 ところで、何でも、その桜の枝と、瓢箪が、幇間の手に渡るのをきっかけに、おのおの(にぎ)やかなすて台辞(ぜりふ)で、しも手ですか、向って右へ入ると、満場ただ祇園の桜。

花咲かば告げ    むといいし山寺の……

 ここの合方は、あらゆる浄瑠璃、勝手次第という処を、囃子(はやし)に合わせて謡が聞える。

使は来たり馬    に鞍、鞍馬の山のうず桜……

「牛若の仮装ででも出ますかね、私は大の贔屓です。」

 恥ずべし、恥ずべし。……式亭三馬(あざけ)る処の、聾桟敷(つんぼさじき)のとんちきを(あら)わすと、

「路之助はんが、出やはるやろ。」

 お絹の方が知っている。ただしこの様子では、胸も痛めず、怪我はしない。

 しゃり、り、揚幕。艶麗(えんれい)にあらわれた、大どよみの掛声に路之助(ふん)した処の京の芸妓(げいこ)が、襟裏のあかいがやや露呈(あらわ)なばかり、髪容(かみかたち)着つけ万端。無論友染の緋桜縮緬(ひざくらちりめん)。思いなしか、顔のこしらえまで、――(かたわら)にならんだのとそっくりなのに、聾桟敷一驚を(きっ)する処に、一度姿を消した舞妓が一人、小走りに駆け戻るのと、花道の、七三とかいうあたりで、ひったり出会う。何でもお客が大変(まち)あぐんで機嫌が悪い、急いで迎いに、というのです。

 路之助の姉芸妓(あねげいしゃ)が、おおしんど、か何かで、肩へ色気を見せたのですが、

「えろう遅うなって、ご苦労え、あのな、ついそこで、いえ、あのな、むこうへ、……境はん。」

 おや。

「あんたも知ってやろ。境はんが来やはって、逢いとう逢いとうていた処やろ、それやよって。」

 とこっちを()莞爾(にっこり)。――

「いやや、(おご)んなはれ。」

 と舞妓が入交(いれかわ)って、トンと揚幕の方から路之助の脊筋を(たた)いた。

「おお、晴がまし。」

 お絹が、階子段を転げた時から、片手に持っていた、水のように薄色の藤紫の肩掛(ショオル)を、俯向(うつむ)いた頬へ当てたのです。

 ――舞台、舞台ですか……

 舞台どころじゃありません。その時うしろの戸が、悪く、静かに開いたと思うと、この、私の背中を、トンと、誰か、ぐにゃりとした手で敲いたんですから。

 いま、戸が開いたと思うと同時に、可厭(いや)な気味合の冷アい風が、すうと廊下から入って、ちり毛もとに、ぞッと()みたも道理こそ、十九貫と渾名(あだな)を取る……かねて借金があって、抜けつ(くぐ)りつ、すっぽかしている――でぶでぶした、ある、その、安待合の女房が、餡子入(あんこいり)大廂髪(おおひさし)で、その頃はやった消炭色(けしずみいろ)紋付の羽織の衣紋(えもん)を抜いたのが、目のふちに、ちかちかと青黒い筋の畳まるまで、むら(はげ)のした濃い白粉(おしろい)、あぶらぎった(つら)で、ヌイと覗込(のぞきこ)んで、

「大した勢いでございますのね。」

「ちょっと……出よう。」

 ……ですもの、舞台どころですか。――

「結構ですわ、ほんとに境さん、ご全盛で。」

串戯(じょうだん)だろう。」

「役者があなた、この大入(おおいり)に、花道で、名前の広告をするんだもの。大したものでなくってさ。」

 と、くくり(あご)(ゆす)って、しゃくる。

「あれは洒落(しゃれ)だよ、洒落も洒落だし、第一、この人数だ、境というのは。」

 売店があるから、ずんずん廊下を反れました。

「何も私一人というんじゃあなかろう。」

「うんえ、あの台辞(せりふ)で、あなたの桟敷を見て笑ったのを見て、それで気がついた、あなたの来ているのが。……といったわけなんですもの、やすい祝儀じゃでけんでねえ。」

 と、どこかのなまりが時々出る。

「馬鹿を言いたまえ、路之助は友だちだぜ。――おかみさん、知ってるじゃないか。」

「それは存じておりますがね、ご全盛には違いませんね。何しろ、しがない待合を、勘定で泣かせようという勢いではありませんです。」

 ないが上にもないものを、ありあまってでもあるように。催促の()をうらがえしに、敵は搦手(からめて)へ迫って危い。

「一言もない。が、勢いだの全盛なぞは、そっちの誤解さ、お見違えだよ。」

「見違えましたよ、ほんとうに。」

 と衣紋をたくして、

「大した腕だよ、見上げたあよう。」

「何が。」

「なにがじゃあないじゃないかね、といいたくなるよ。ふんとうに。……新橋柳橋、それとも赤坂……ご同伴は。」

「…………」

「ちょっと見掛けませんね、あのくらいなのは。商売がらお恥かしいんだけれど……三千歳(みちとせ)おいらんを素人づくりに……おっと。」

 と両袖を突張(つっぱ)って肩でおどけた。これが、さかり場の魔所のような、廂合(ひあわい)から暗夜(やみ)(のぞ)いて、植込の影のさす姿見の前なんですが。

芸妓(げいしゃ)にしたという素敵な玉だわ……あんなのが一人、里にいれば、里の誉れ、まあさね、私のうちへ出入りをすれば、私の内の名聞(みょうもん)ですのよ。……境さん、貸借(かしかり)も、もとは味方、勘定は勘定、ものは相談、あなたとはお馴染(なじみ)じゃありませんか。似合ったよ、恐れ入ったよ、ものになってる、容子(ようす)がね。うんねさ、だからさ、一度連込んでおいでなさいよ。早い話が……今夜、これから帰りにさ。水打った格子さきへ、あの紫が(すそ)をぼかして、すり硝子(がらす)(あかり)に、(えり)あしをくっきりと浮かして、ごらんなさい、それだけで、私のうちの估券(こけん)がグッと上りまさね。

 兜町(かぶとちょう)の、ぱりぱりしたのが三四人、今も見物で一所ですがね。すぐ切上げてもいいんですの。ちょっと一座敷、抜け荷を売りゃ……すぐに三十と五十さ、あなた。あなたの遊興(あそび)は、うわになるわ。

 もう一息、目を眠って、――直さん……」

(――直さんの意味(つまびらか)ならず。談者、境氏に聞かんとして、いまだ果さざる処である――)

「ね、色悪で、あの白々とした(うま)(はだ)を貸すとなりゃ、十倍だわ。三百、五百、借金も勘定も浮いて出るじゃあないかねえ。」

 酒と、女か、目にも口にも借りのある、聾桟敷のとんちきも、むらむらとして、我ながら姿見に色が動いた。

「何をいってるんだ――同伴(つれ)はないよ。」

「あら。」

「誰も居やしない。」

「まあ。」

「私一人じゃあないか。」

「おやおやおや。」

「何を見たんだ。」

「ふん、しらじらしい、空ッとぼけもいい加減になさい。あなたがそういう了簡(りょうけん)なら、いいから私は居催促をするから、ここへ坐っちまいますから、よござんすか。」

 これこの十九貫、廊下へ、どすんと坐りかねない。

「仕方がない、じゃあ、ほんとうの事をいおう。」

「いわないでさ。そして、ちょっと顔を貸しますか、それとも(はだ)を……」

「顔にも、膚にも……それは(けむ)だ。」

「またかね、居催促ですよ、坐りますから。」

「あれは(かすみ)だ、霧なんだよ。」

煙草(たばこ)のかねえ。」

「いや芸妓(げいしゃ)の……幽霊だ。」

「ええ。」

「この大入に、けちでもつけるようで可厭(いや)だから、いいたくはなかったんだが、どうもそうまでいわれりゃしかたがない。三千歳を素人とか、何とかいったね、それだ、そっくりだ。そりゃ路之助に憑絡(つきまと)ってる幽霊だ。いいえ、(つき)ものは、当人の背中に(おぶ)さっているとは限らない――

 実は祇園の芸妓だがね、私がこの間、彼地(あっち)へ行っていたもんだから、路之助が帰るのに先廻りをして、私を便って来たらしい。またかと思う。……今いわれた時も慄然(ぞっ)としてこの通り毛穴が立ってら。私には何にも見えないんだよ。見えないが、一人で茶屋へ休むと、茶二つ、旅籠屋(はたごや)では膳が二つ、というのが、むかしからの津々浦々の仕来(しきた)りでね、――席には洋服と、男ばかり三人きりさ。それが、お前さんに見えたのは、幽霊に違いない。」

「ひええ。」

 しめた。不断の大臆病(だいおくびょう)

「行って見たまえ、(のぞ)いてごらん、さあ。それが嘘なら、きっとあそこにいやしない。いても、目には見えないから。」

「気味の悪い……いやだねえ。」

「板一枚のなかは、蒸し上るばかりのこの人数だ。幽霊だってどうするものか。行って覗いて見たまえ、というのに。」

 あたかもそこへ、魔の手が立樹を動かすように、のさのさと相撲の群が帰って来た。

「それ、力士連が来た、なお気丈夫じゃあないか。」

 と、図に乗っていった。が、この巨大なる(からだ)は、(おど)すものにも陰気を浴せた。それら天井を貫く影は、すっくと電燈を黒く(おお)って、廊下にむらむらと影が並んで、姿見に、かさなり映った。

「ここへ来た、幽霊が。」

「ひゃあ。」

「あ、力士の中に芸妓(げいしゃ)が居る。」

「きゃッ、あれえ、お関取。助けてえ。」

「やあ、何じゃい。」

 (すが)りつかれた関取がたじろいで、

「どえらい(ずこ)じゃい。桟俵法師(さんだらぼッち)い。」

「お絹さん――お絹さん。ちょっと。」

 戸を開けて、立ちながら(そッ)と呼ぶと、お絹は、金煙管(きんぎせる)に持添えた、女持ちの嵯峨錦(さがにしき)の筒を襟下に挟んで、すっと立った。

 前髪に顔を寄せ、

「何だか落着きません、一度、茶屋へ引揚げよう。」

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