9話 七(2)
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あ、お燈明が、蛍が消えた。」
手を取りました。
「私も消えとうございますわ。」というのです。
――(同好の怪談は、ここでお冬さんが幽霊になって消えるのか、と筆者はまた思った、が、そうではなかった。)――
「私も消えとうございますわ。」
と、お冬さんがいった時です。松をしぶいて、ざっと大降りになった。単衣の藍、帯の柳、うす青い褄、白い足袋まで、雨明りというのに、濡々と鮮明した。
「傘では凌げません、雨宿りに、この中へ消えましょう。」
と、その姿で……ここは暗闇だ。お聞きになるあなたの目に、もう一度故郷の一本松を思い浮べて頂きたい。あの松の幹をです。立上りはしないで、傘なりに少し屈腰になって、その白い手で、トンと敲いたと思うと、蘭燈といいますか、かさなり咲いた芍薬の花に、電燈を包んだような光明がさして、金襴の衾、錦の褥、珊瑚の枕、瑠璃の床、瑪瑙の柱、螺鈿の衣桁が燎爛と輝いた。
覚悟をしました。たしかに伝来の魔法にかかった。下司と、鈍痴と、劣情を兼ね備えた奴として、この魔法にかからずにいられますか。
その上に大酔悩乱です。――一度はいつか、二日酔の朝、胸が上下に跳上り動悸をうつと、仰向けに寝ていて、茶の間の、めくり暦の赤い処が血を噴いた女の切首になって飛上り飛下りしたのを忘れない。それにもました惑乱です。
のめり込んで、錦爛の裡にぽかんとすると、
「一口、めしあがりますか。」
「何の事です、それじゃ狒々の老耄か、仙人の化物になる。」
と言ったんだから可恐しい。
狸穴の狸じゃないが、一本松の幹の中へ入った気で居て、それに供えるという処から、入りしなに壜に詰めた白いのを、鼻頭で掻分けたつもりで居る。それが朦朧として、何だかお冬さんの懐の中へ、つまみ込まれたようだったものですから。……何にしろ魔法にかかった、いよいよ魔法に掛ったに相違ない。一口、というのさえ酒でなしに、魔法に限ります、かかり切りになっていりゃ申分はありません。」
といって、肩のめりに、ぐったりと手を支いた。
この獅子屋さん、名も直槙が、くなくなになったから、余程おかしい。
いや、話は可笑しいのではないのである。