10話 九
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橋手前、辻の角の、古ぼけたが、店並一番の老舗らしい菓子屋へ入って、売台へ立ちながら、
「ちょっと……ああ、番頭さん、お店の方もお聞きなさい。私ね、この頃人に聞いたんですがね。お店の仕来りで、あの饅頭だの、羊羹だの、餅菓子だのを組合せて、婚礼や、お産の祝儀事に註文さきへお配りなさいます。」
「へい、へい。」
「あの、能の葛桶のような形で、青貝じらしの蒔絵で、三巴の定紋附の古い組重が沢山ありますね。私たちが豆府や剥身を買うように、なんでもなく使っていらっしゃるようだけれど、塗といい、蒔絵といい、形といい、大した美術品とやらなんですとさ。」
「へーい、成程。」
「仏蘭西のパリイの何とかって貴族の邸の応接室で、ヴァイオリンですか、楽器をのせる台になっているんですって。」
「へーい、成程。」
「提灯を一つ貸して下さいな。」
「へーい、成程。」
「そこの道具屋さんで借りれば可かったのに、ついうっかりしたもんだから。」
「へへい、成程。――どちら様で。」
「別院傍の紅屋の家内ですがね、どちらだって構わないじゃありませんか。」
お悦は澄まして、その定紋つきの提灯を下げて前へ立つと、一柳亭の傍を、川へ、石段づたいに、ぐいと下りた。大橋の橋杭が昼見た山の塔の高さほどに下から仰がれる、橋袂の窪地で、柳の名、雪女郎の根の処である。
「ここが暗いんですからね。――ちょっと見たい事があるんです。」
片側川端の窓の燈は、お悦の鼈甲の中指をちらりと映しては、円髷を飛越して、川水に冷い不知火を散らす。が、屈んで、差出した提灯の灯で見ると、ああ、その柳の根に、叩きつけたようになって、秋草の花瓶ががらがらと壊れていた。石に化した羽衣を、打砕いたようである。その断片の処々、女郎花を、桔梗を、萩を、流が颯と、脈を打って、蒼白い。
「御覧なさい。こんなことだろうと思ったんです。小児の時、あの人は、この美しい柳に魅入られたんですか、何ですかね、ふらふらとして、幾たびもここで死のうとしたんですから――いいえ……」
と優しい声して、
「大丈夫、かえって身がわりになったでしょうよ。この花瓶がですよ。でも、あの人の無事のお祈りのために、放生会をして行きましょう。昨日は大きな鮒を料理りましたから。」
持てとも言わず、角樽を柳の枝に預けると、小褄をぐい、と取った緊った足の白いこと。――姿も婀娜に、流へ張出しの板を踏むと、大川の水に箱造りの生簀がある。
「や、それを放すんですか。」
「ええ、一柳亭のですがね、する事は先へして、あとで掛け合った方が捗取りますから。」
伸上って、覗いたが、綱で結えたまま、錠を下してない。
踞んで、提灯を翳したと思うと、
「あ、可厭な。」
と云った。
「大な鰻が居ますか、居ますか、鯰。」
「お退き、お退き――」
と生簀を見詰め、頭を掉って、
「いいえ、私が何かしようとすると、時々目の前へ出て来るんです。……裃を着た、頭の大きな、おかしな侏儒ですがね。」
私は思わず後へ退った。葉は落ちつつも、柳の茂りで、滝に巻込まれる心持がした。気の迷と思ったが、実はお悦が八郎を引ぱたいた瞬間にも、舞台の端をちょこちょこと古い福助が駈けて通った。
「可厭だったら。何だい出額助。」
声とともに、颯ともつれた鬢を払って、横に提灯の柄を口に啣えると、まくり手に二つ三つ生簀を揺って、どぶんと水に浸した。鯉の刎ねる隙もない。魔のごとき大きな黒い橋杭が、揃って、並んで、どぶんどぶん、どぶんと谺を返した。
「さあ、参りましょう、お待遠様。八さんの居所は、大抵もう知れました。」……