卵塔場の天女

10話

1,464字 約3分 2011年6月29日 公開

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 橋手前、辻の角の、古ぼけたが、店並一番の老舗(しにせ)らしい菓子屋へ入って、売台へ立ちながら、

「ちょっと……ああ、番頭さん、お店の方もお聞きなさい。私ね、この頃人に聞いたんですがね。お店の仕来(しきた)りで、あの饅頭だの、羊羹(ようかん)だの、餅菓子だのを組合せて、婚礼や、お産の祝儀事に註文さきへお配りなさいます。」

「へい、へい。」

「あの、能の葛桶(かつらおけ)のような形で、青貝じらしの蒔絵(まきえ)で、三巴(みつどもえ)の定紋附の古い組重(くみじゅう)が沢山ありますね。私たちが豆府や剥身(むきみ)を買うように、なんでもなく使っていらっしゃるようだけれど、(ぬり)といい、蒔絵といい、形といい、大した美術品とやらなんですとさ。」

「へーい、成程。」

仏蘭西(フランス)のパリイの何とかって貴族の邸の応接室(おうせつま)で、ヴァイオリンですか、楽器をのせる台になっているんですって。」

「へーい、成程。」

提灯(ちょうちん)を一つ貸して下さいな。」

「へーい、成程。」

「そこの道具屋さんで借りれば()かったのに、ついうっかりしたもんだから。」

「へへい、成程。――どちら様で。」

「別院(わき)の紅屋の家内(うち)ですがね、どちらだって構わないじゃありませんか。」

 お悦は澄まして、その定紋つきの提灯を下げて(さき)へ立つと、一柳亭の(わき)を、川へ、石段づたいに、ぐいと下りた。大橋の橋杭(はしぐい)が昼見た山の塔の高さほどに下から仰がれる、橋袂(はしたもと)の窪地で、柳の名、雪女郎の根の処である。

「ここが暗いんですからね。――ちょっと見たい事があるんです。」

 片側川端の窓の(あかり)は、お悦の鼈甲(べっこう)中指(なかざし)をちらりと映しては、円髷(まるまげ)を飛越して、川水に冷い不知火(しらぬい)を散らす。が、(かが)んで、差出した提灯の灯で見ると、ああ、その柳の根に、叩きつけたようになって、秋草の花瓶(はながめ)ががらがらと壊れていた。石に化した羽衣を、打砕いたようである。その断片の処々(ところどころ)女郎花(おみなえし)を、桔梗(ききょう)を、萩を、(ながれ)(さっ)と、脈を打って、蒼白い。

「御覧なさい。こんなことだろうと思ったんです。小児(こども)の時、あの人は、この美しい柳に魅入(みい)られたんですか、何ですかね、ふらふらとして、幾たびもここで死のうとしたんですから――いいえ……」

 と優しい声して、

「大丈夫、かえって身がわりになったでしょうよ。この花瓶がですよ。でも、あの人の無事のお祈りのために、放生会(ほうじょうえ)をして()きましょう。昨日は大きな鮒を料理(りょう)りましたから。」

 持てとも言わず、角樽を柳の枝に預けると、小褄(こづま)をぐい、と取った(しま)った足の白いこと。――姿も婀娜(あだ)に、(ながれ)へ張出しの板を踏むと、大川の水に箱造りの生簀(いけす)がある。

「や、それを放すんですか。」

「ええ、一柳亭のですがね、する事は先へして、あとで掛け合った方が捗取(はかど)りますから。」

 伸上って、(のぞ)いたが、綱で(ゆわ)えたまま、錠を下してない。

 (しゃが)んで、提灯を(かざ)したと思うと、

「あ、可厭(いや)な。」

 と云った。

(おおき)な鰻が居ますか、居ますか、(なまず)。」

「お退()き、お退き――」

 と生簀(いけす)を見詰め、(かぶり)()って、

「いいえ、私が何かしようとすると、時々目の前へ出て来るんです。……(かみしも)を着た、頭の大きな、おかしな侏儒(いっすんぼうし)ですがね。」

 私は思わず(あと)退(さが)った。葉は落ちつつも、柳の茂りで、滝に巻込まれる心持(ここち)がした。気の(まよい)と思ったが、実はお悦が八郎を(ひっ)ぱたいた瞬間にも、舞台の端をちょこちょこと古い福助が()けて通った。

「可厭だったら。何だい出額助(でこすけ)。」

 声とともに、(さっ)ともつれた(びん)を払って、横に提灯の柄を口に(くわ)えると、まくり手に二つ三つ生簀を(ゆす)って、どぶんと水に浸した。鯉の()ねる隙もない。魔のごとき大きな黒い橋杭が、揃って、並んで、どぶんどぶん、どぶんと(こだま)を返した。

「さあ、参りましょう、お待遠様。八さんの居所(いどころ)は、大抵もう知れました。」……

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