伯爵の釵

3話 伯爵の釵(3)

6,016字 約12分 2009年5月31日 公開

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「……太夫様(たゆうさま)……太夫様。」

 ()と紫玉は、宵闇(よいやみ)の森の下道(したみち)真暗(まっくら)な大樹巨木の(こずえ)を仰いだ。……思ひ()けず空から呼掛(よびか)けたやうに聞えたのである。

一寸(ちょっと)(あかり)を、……」

 玉野がぶら下げた料理屋の提灯(ちょうちん)()めさせて、さし(かわ)す枝を透かしつゝ、――何事(なにごと)と問ふ玉江に、

「誰だか呼んだやうに思ふんだがねえ。」

 と言ふ……お師匠さんが、樹の上を()て居るから、

「まあ、そんな(とこ)から。」

()うだねえ。」

 紫玉は、はじめて納得したらしく、(ひとみ)をそらす時、(まげ)に手を()つて、(かんざし)に指を触れた。――指を触れた釵は鸚鵡(おうむ)である。

「此が呼んだのか知ら。」

 と微酔(ほろよい)の目元を(はな)やかに莞爾(にっこり)すると、

「あら、お嬢様。」

可厭(いや)ですよ。」

 と仰山(ぎょうさん)に二人が(おび)えた。女弟子の驚いたのなぞは構はないが、読者を(おびやか)しては不可(いけな)い。滝壺(たきつぼ)投沈(なげしず)めた同じ白金(プラチナ)の釵が、其の日のうちに再び紫玉の黒髪に戻つた仔細を言はう。

 池で、船の中へ鯉が飛込(とびこ)むと、弟子たちが手を()つ、立騒(たちさわ)ぐ声が響いて、最初は女中が小船(こぶね)で来た。……島へ渡した細綱(ほそづな)手繰(たぐ)つて、立ちながら(あやつ)るのだが、()れたもので、あとを二押(ふたおし)三押(みおし)屋形船(やかたぶね)へ来ると、(よし)を聞き、(うお)を視て、「まあ、」と目を《みは》つた(きり)(あわただ)しく引返(ひきかへ)した。が、()もあらせず、今度は印半纏(しるしばんてん)()た若いものに船を()らせて、亭主らしい年配(としごろ)法体(ほったい)したのが()ぎつけて、「これは/\太夫様(たゆうさま)。」亭主も逸時(いちはや)く其を知つて居て、(うやうや)しく挨拶(あいさつ)をした。浴衣(ゆかた)の上だけれど、紋の着いた薄羽織(うすばおり)(ひっ)かけて居たが、()て、「改めて御祝儀を申述べます。目の下二(しゃく)貫目(がんめ)(かか)りませう。」とて、……(およ)(ごし)(のぞ)いて魂消(たまげ)て居る若衆(わかいしゅ)目配(めくば)せで(うなずか)せて、「()やうな大魚(たいぎょ)(しかし)出世魚(しゅっせうお)と申す鯉魚(りぎょ)の、お船へ飛込(とびこ)みましたと言ふは、類希(たぐいまれ)な不思議な祥瑞(しょうずい)。おめでたう存じまする、皆、太夫様の御人徳(ごじんとく)。続きましては、手前(あずか)りまする池なり、所持の屋形船(やかたぶね)烏滸(おこ)がましうござりますが、従つて手前どもも、太夫様の福分(ふくぶん)徳分(とくぶん)未曾有(みぞう)御人気(ごにんき)の、はや幾分かおこぼれを頂戴(ちょうだい)いたしたも同じ儀で、()やうな心嬉しい事はござりませぬ。()()くの通りの旱魃(かんばつ)、市内は(もと)より近郷(きんごう)隣国(りんごく)(ただ)炎の中に(もだ)えまする時、希有(けう)大魚(たいぎょ)(おど)りましたは、甘露(かんろ)法雨(ほうう)やがて、禽獣(きんじゅう)草木(そうもく)に到るまでも、雨に蘇生(よみがえ)りまする前表(ぜんぴょう)かとも存じまする。三宝(さんぽう)利益(りやく)四方(しほう)大慶(たいけい)。太夫様にお祝儀を申上げ、われらとても心祝(こころいわ)ひに、此の鯉魚(こい)(さかな)に、祝うて一(こん)、心ばかりの粗酒(そしゅ)差上(さしあ)げたう存じまする。()風情(ふぜい)はなくとも、あの島影(しまかげ)にお船を(つな)ぎ、涼しく水ものをさしあげて、やがてお席を母屋(おもや)の方へ移しませう。」で、辞退も会釈もさせず、紋着(もんつき)法然頭(ほうねんあたま)は、()う屋形船の方へ腰を()ゑた。

 若衆(わかいしゅ)取寄(とりよ)せさせた、調度を控へて、島の柳に(もや)つた頃は、()うでもない、(みぎわ)人立(ひとだち)(さえぎ)るためと、用意の(むらさき)の幕を垂れた。「神慮(しんりょ)鯉魚(りぎょ)等閑(なおざり)にはいたしますまい。略儀ながら不束(ふつつか)田舎(いなか)料理の庖丁をお目に掛けまする。」と、ひたりと直つて真魚箸(まなばし)を構へた。

 ――(かんざし)(こい)の腹を光つて出た。――竜宮へ往来(おうらい)した釵の玉の鸚鵡(おうむ)である。

太夫(たゆう)様――太夫様。」

 ものを言はうも知れない。――

 とばかりで、二声(ふたこえ)聞いたやうに思つただけで、何の気勢(けはい)もしない。

 風も(ささや)かず、公園の暗夜(やみよ)(さび)しかつた。

「太夫様。」

「太夫様。」

 うつかり釵を、又おさへて、

可厭(いや)だ、今度はお前さんたちかい。」

        十

――水のすぐれ(おぼ)ゆるは、

西天竺(せいてんじく)白鷺池(はくろち)

じんじやうきよゆうにすみわたる、

昆明池(こんめいち)の水の色、

行末(ゆくすえ)(ひさ)しく()むとかや。

「お待ち。」

 紫玉は耳を(すま)した。道の露芝(つゆしば)曲水(きょくすい)(みぎわ)にして、さら/\と音する(ながれ)の底に、聞きも知らぬ三味線(しゃみせん)の、沈んだ、陰気な調子に合せて、(かすか)(うた)ふ声がする。

「――坊さんではないか知ら……」

 紫玉は胸が(とどろ)いた。

 あの漂白(さすらい)の芸人は、鯉魚(りぎょ)の神秘を()た紫玉の身には、最早(もは)や、うみ(しる)の如く、(つば)(よだれ)(くさ)い乞食坊主のみではなかつたのである。

「……あの、三味線は、」

 夜陰(やいん)のこんな場所で、もしや、と思ふ時、掻消(かきき)えるやうに音が()んで、ひた/\と小石を(くぐ)つて響く水は、忍ぶ跫音(あしおと)のやうに聞える。

 紫玉は立留(たちど)まつた。

 再び、名もきかぬ三味線の音が陰々(いんいん)として響くと、

――日本一(にっぽんいち)にて(そうろう)ぞと申しける。鎌倉殿(かまくらどの)こと/″\しや、何処(いずこ)にて舞ひて日本一とは申しけるぞ。梶原(かじわら)申しけるは、一歳(ひととせ)百日(ひゃくにち)(ひでり)(そうら)ひけるに、賀茂川(かもがわ)桂川(かつらがわ)水瀬(みなせ)切れて流れず、筒井(つつい)の水も絶えて、国土(こくど)の悩みにて候ひけるに、――

 聞くものは耳を澄まして(そで)を合せたのである。

――有験(うげん)の高僧貴僧百人、神泉苑(しんせんえん)の池にて、仁王経(にんおうきょう)(こう)(たてまつ)らば、八大竜王(はちだいりゅうおう)慈現(じげん)納受(のうじゅ)たれ(たま)ふべし、と申しければ、百人の高僧貴僧を(しょう)じ、仁王経を講ぜられしかども、其験(そのしるし)もなかりけり。又或人(あるひと)申しけるは、容顔(ようがん)美麗(びれい)なる白拍子(しらびょうし)を、百人めして、――

御坊様(ごぼうさま)。」

 今は疑ふべき心も()せて、御坊様、と呼びつゝ、紫玉が暗中(あんちゅう)(すか)して、声する(かた)に、(すが)るやうに寄ると思ふと、

()を消せ。」

 と、()びたが力ある声して言つた。

提灯(ちょうちん)を……」

「は、」と、返事と息を、はツはツとはずませながら、一度消損(けしそこ)ねて、(あわただ)しげに吹消(ふきけ)した。玉野の手は震へて居た。

――百人の白拍子をして舞はせられしに、九十九人舞ひたりしに、其験(そのしるし)もなかりけり。(しずか)一人舞ひたりとても、竜神(りゅうじん)示現(じげん)あるべきか。内侍所(ないしどころ)に召されて、(ろく)おもきものにて(そうろう)にと申したりければ、とても人数(ひとかず)なれば、(ただ)舞はせよと(おお)せ下されければ、静が舞ひたりけるに、しんむしやうの曲と言ふ白拍子(しらびょうし)を、――

 ()を消すと、あたりが(かえ)つて朦朧(もうろう)と、薄く鼠色(ねずみいろ)(ほの)めく向うに、石の反橋(そりばし)欄干(らんかん)に、僧形(そうぎょう)(すみ)法衣(ころも)、灰色に成つて、(うずくま)るか、と()れば欄干に胡坐(あぐら)()いて(うた)ふ。

 橋は心覚えのある石橋(いしばし)巌組(いわぐみ)である。気が着けば、あの、かくれ(だき)の音は遠くだう/\と鳴つて、風の如くに響くが、(かす)れるほどの糸の()も乱れず、唇を(あわ)すばかりの唄も(さえぎ)られず、嵐の下の虫の声。が、形は(いちじる)しいものではない、胸をくしや/\と折つて、坊主頭を、がく、と俯向(うつむ)けて唄ふので、(うなじ)()いた転軫(てんじん)(かか)る手つきは、鬼が(つの)(はじ)くと言はば(いか)めしい、(むし)ろ黒猫が居て顔を洗ふと言ふのに適する。

――なから舞ひたりしに、御輿(みこし)(たけ)愛宕山(あたごやま)(かた)より黒雲(くろくも)(にわか)出来(いでき)て、洛中(らくちゅう)にかゝると見えければ、――

 と唄ふ。……紫玉は腰を折つて地に低く居て、弟子は、其の背後(うしろ)(しゃが)んだ。

――八大竜王(はちだいりゅうおう)鳴渡(なりわた)りて、稲妻(いなずま)ひらめきしに、諸人(しょにん)目を驚かし、三日の洪水を流し、国土安穏(あんおん)なりければ、(さて)こそ静の(まい)に示現ありけるとて、日本一と宣旨(せんじ)(たまわ)りけると、(うけたまわ)(そうろう)。――

 時に唄を()めて黙つた。

太夫様(たゆうさま)。」

 余り尋常(じんじょう)な、ものいひだつたが、

「は、」と、呼吸(いき)をひいて答へた紫玉の、身動(みじろ)ぎに、帯がキと擦れて鳴つたほど、深く身に響いて聞いたのである。

癩坊主(かったいぼうず)が、ねだり(ごと)(うけご)うて、千金(せんきん)(かんざし)()てられた。其の心操(こころばえ)に感じて、些細(ささい)ながら、礼心(れいごころ)()内証(ないしょう)の事を申す。貴女(あなた)雨乞(あまごい)をなさるが()い。――(てん)の時、()の利、(ひと)の和、まさしく時節(じせつ)ぢや。――こゝの大池(おおいけ)中洲(なかす)の島に、かりの法壇を設けて、雨を祈ると触れてな。……(はかま)練衣(ねりぎぬ)烏帽子(えぼし)狩衣(かりぎぬ)白拍子(しらびょうし)の姿が()からう。衆人(しゅうじん)めぐり見る中へ、其の姿をあの島の柳の上へ高く(あらわ)し、大空に向つて(はい)をされい。祭文(さいもん)にも歌にも及ばぬ。天竜(てんりゅう)、雲を()り、(らい)を放ち、雨を(みなぎ)らすは、明午(みょうご)を過ぎて(さる)上刻(じょうこく)分毫(ふんごう)も相違ない。国境の山、赤く、黄に、(みね)(たけ)を重ねて(ただ)れた奥に、白蓮(びゃくれん)の花、玉の(たなそこ)ほどに白く(そび)えたのは、四時(しじ)に雪を頂いて幾万年(いくまんねん)白山(はくさん)ぢや。貴女(あなた)、時を計つて、其の鸚鵡(おうむ)の釵を抜いて、山の其方(そなた)に向つて(かざ)すを合図に、雲は竜の如く()いて出よう。――()ほ其の上に、()いか、名を挙げられい。……」

――賢人(かしこびと)(つり)を垂れしは、

厳陵瀬(げんりょうらい)の河の水。

月影ながらもる夏は、

山田の(かけい)の水とかや。――……

        十一

 翌日の午後の公園は、炎天の下に雲よりは早く黒く成つて人が()いた。煉瓦(れんが)羽蟻(はあり)で包んだやうな(すさま)じい群集である。

 かりに、鎌倉殿(かまくらどの)として置かう。此の……県に成上(なりあがり)の豪族、色好(いろごの)みの男爵で、面構(つらがまえ)風采(ふうつき)巨頭公(あたまでっかち)(よう)()たのが、劇興行(しばいこうぎょう)のはじめから()に手を貸さないで紫玉を贔屓(ひいき)した、既に昨夜(ゆうべ)或処(あるところ)一所(いっしょ)に成る約束があつた。其の()の時間を、紫玉は微行(びこう)したのである。が、思ひも掛けない出来事のために、大分の隙入(ひまいり)をしたものの、船に飛んだ(こい)は、其のよしを(こと)づけて初穂(はつほ)と言ふのを、氷詰めにして、紫玉から鎌倉殿へ使(つかい)を走らせたほどなのであつた。――

 車の通ずる(ところ)までは、()う自動車が来て待つて居て、やがて、相会(あいかい)すると、(ある)時間までは附添(つきそ)つて差支(さしつか)へない女弟子の口から、真先(まっさき)に予言者の不思議が()れた。

 一議に及ばぬ。

 其の()のうちに、池の島へ足代(あじろ)を組んで、朝は()や法壇が調(ととの)つた。無論、略式である。

 県社の神官に、故実(こじつ)の詳しいのがあつて、神燈(しんとう)を調へ、供饌(ぐせん)を捧げた。

 島には鎌倉殿の定紋(じょうもん)ついた帷幕(まんまく)引繞(ひきめぐ)らして、威儀を正した夥多(あまた)の神官が詰めた。紫玉は、さきほどからこゝに控へたのである。

 あの、底知れずの水に浮いた御幣(ごへい)は、やがて壇に登るべき立女形(たておやま)に対して目触(めざわ)りだ、と逸早(いちはや)取退(とりの)けさせ、樹立(こだち)さしいでて(かげ)ある水に、例の鷁首(げきしゅ)の船を(うか)べて、(なか)(むらさき)の幕を絞つた(うち)には、鎌倉殿をはじめ、客分として、県の顕官、勲位(くんい)の人々が、(さかずき)を置いて(こも)つた。――雨乞(あまごい)に参ずるのに、杯をめぐらすと言ふ故実は聞かぬが、しかし事実である。

 伶人(れいじん)の奏楽一順して、ヒユウと(しょう)()虚空(こくう)に響く時、柳の葉にちら/\と緋の(はかま)がかゝつた。

 群集は波を()んで動揺(なだれ)を打つた。

 あれに真白な足が、と疑ふ、緋の袴は一段、(きざはし)(しき)られて、二条(ふたすじ)(べに)(かすみ)()きつゝ、(うえ)(むらさき)(した)萌黄(もえぎ)なる、(ちょう)(とり)刺繍(ぬい)狩衣(かりぎぬ)は、緑に透き、葉に(なび)いて、柳の中を、する/\と、容顔美麗なる白拍子(しらびょうし)。紫玉は、色ある月の風情(ふぜい)して、一千の花の(ともし)の影、百を数ふる雪の供饌に向うて法壇の正面にすらりと立つ。

 花火の中から、天女(てんにょ)(ななめ)に流れて出ても、群集は此の時くらゐ驚異の念は起すまい。

 烏帽子(えぼし)もともに此の装束(しょうぞく)は、(おり)ものの模範、美術の表品(ひょうほん)、源平時代の参考として、(かつ)て博覧会にも飾られた、鎌倉殿が秘蔵の、いづれ什物(じゅうもつ)であつた。

 ()て、遺憾ながら、此の晴の舞台に於て、紫玉のために(しる)すべき振事(ふりごと)は更にない。(かれ)は学校出の女優である。

 が、姿は天より天降(あまくだ)つた(たえ)(えん)なる乙女(おとめ)の如く、国を囲める、其の赤く黄に(ただ)れたる(みね)(たけ)(つらぬ)いて、高く柳の(あいだ)(かか)つた。

 紫玉は(うやうや)しく()たび虚空(なかぞら)を拝した。

 時に、宮奴(みやつこ)(よそおい)した白丁(はくちょう)の下男が一人、露店の飴屋(あめや)が張りさうな、(しぶ)大傘(おおからかさ)(たた)んで肩にかついだのが、法壇の根に(あらわ)れた。――此は()しからず、天津乙女(あまつおとめ)の威厳と、場面の神聖を(そこな)つて、()うやら華魁(おいらん)の道中じみたし、雨乞(あまごい)には()行過(ゆきす)ぎたもののやうだつた。が、何、降るものと(きま)れば、雨具(あまぐ)の用意をするのは賢い。……加ふるに、紫玉が(かつ)いだ装束は、貴重なる宝物(ほうもつ)であるから、驚破(すわ)と言はばさし掛けて()らすまいための、鎌倉殿の内意(ないい)であつた。

 ――()ればこそ、此のくらゐ、注意の役に立つたのはあるまい。――

 あはれ、身のおき(どころ)がなく成つて、紫玉の(すそ)が法壇に崩れた時、「(ざま)を見ろ。」「や、身を投げろ。」「飛込(とびこ)め。」――わツと群集の騒いだ時、……(たま)らぬ、と飛上(とびあが)つて、紫玉を(おさ)へて、生命(いのち)取留(とりと)めたのも此の下男で、同時に狩衣(かりぎぬ)()ぎ、緋の(はかま)(ひも)引解(ひきほど)いたのも――鎌倉殿のためには敏捷(びんしょう)な、忠義な奴で――此の下男である。

 雨はもとより、風どころか、(あまり)の人出に、大池(おおいけ)には蜻蛉(とんぼ)も飛ばなかつた。

        十二

 時を見、(ほど)を計つて、紫玉は始め、実は法壇に立つて、数万の群集を足許(あしもと)に低き波の如く見下(みおろ)しつゝ、昨日(きのう)通つた坂にさへ(あり)の伝ふに似て押覆(おしかえ)人数(にんず)を望みつゝ、(おもむろ)に雪の(あぎと)に結んだ(むらさき)(ひも)()いて、結目(むすびめ)を胸に、烏帽子(えぼし)を背に掛けた。

 其から伯爵の(かんざし)を抜いて、意気込んで一振(ひとふ)り振ると、……黒髪の(さっ)(さば)けたのが烏帽子の(きん)裏透(うらす)いて、宛然(さながら)金屏風(きんびょうぶ)に名誉の絵師の、松風を(すみ)で流したやうで、雲も竜も其処(そこ)から()くか、と(なが)められた。――此だけは工夫した女優の所作(しょさ)で、手には白金(プラチナ)匕首(あいくち)の如く輝いて、凄艶(せいえん)比類なき風情(ふぜい)であつた。

 さて其の鸚鵡(おうむ)を空に(かざ)した。

 紫玉の《みは》つた()には、(たしか)天際(てんさい)僻辺(へきへん)に、美女の()に似た、白山(はくさん)は、白く清く映つたのである。

 毛筋(けすじ)ほどの雲も見えぬ。

 雨乞(あまごい)の雨は、いづれ後刻(ごこく)の事にして、其のまゝ壇を(くだ)つたらば無事だつたらう。(ところ)が、遠雷(えんらい)の音でも聞かすか、暗転に成らなければ、舞台に()れた女優だけに幕が切れない。紫玉は、しかし、目前(まのあたり)鯉魚(りぎょ)神異(しんい)を見た、怪しき僧の暗示と讖言(しんげん)を信じたのであるから、今にも一片の雲は法衣の(そで)のやうに白山の(まゆ)(ひるがえ)るであらうと信じて、須叟(しばし)を待つ()を、法壇を二廻(ふたまわ)三廻(みまわ)り緋の(はかま)して輪に歩行(ある)いた。が、此は鎮守(ちんじゅ)神巫(みこ)に似て、(しか)もなんば、と言ふ足どりで、少なからず威厳を損じた。

 群集の思はんほども(はばか)られて、(わき)の下に()(つめた)き汗を覚えたのこそ、天人(てんにん)五衰(ごすい)のはじめとも言はう。

 気をかへて(きっ)と成つて、もの忘れした後見(こうけん)(はげ)しくきつかけを渡す(さま)に、紫玉は虚空(こくう)に向つて伯爵の鸚鵡(おうむ)を投げた。が、あの玩具(おもちゃ)竹蜻蛉(たけとんぼ)のやうに、晃々(きらきら)と高く舞つた。

大神楽(だいかぐら)!」

 と(わめ)いたのが第一番の半畳(はんじょう)で。

 一人口火(くちび)を切つたから(たま)らない。練馬大根(ねりまだいこん)と言ふ、おかめと(わめ)く。雲の内侍(ないじ)と呼ぶ、(あめ)しよぼを踊れ、と怒鳴(どな)る。水の輪の拡がり、嵐の狂ふ如く、聞くも堪へない讒謗(ざんぼう)罵詈(ばり)(いかずち)の如く(どっ)()く。

 鎌倉殿(かまくらどの)は、船中に於て嚇怒(かくど)した。愛寵(あいちょう)せる女優のために群集の無礼を(いきどお)つたのかと思ふと、――()うではない。這般(この)、好色の豪族は、(はや)く雨乞の(しるし)なしと見て取ると、日の(さく)の、短夜(みじかよ)もはや(なか)ばなりし(しゃ)蚊帳(かや)(うち)を想ひ出した。……

 雨乞のためとて、精進潔斎(しょうじんけっさい)させられたのであるから。

()げ。」

 紫幕(むらさきまく)の船は、矢を()るように島へ走る。

 一度、駆下(かけお)りようとした紫玉の緋裳(ひもすそ)は、此の船の激しく襲つたために、一度引留(ひきと)められたものである。

「…………」

 と喚く鎌倉殿の、何やら太い声に、最初、白丁(はくちょう)豆烏帽子(まめえぼし)(からかさ)(かつ)いだ宮奴(みややっこ)は、島になる幕の下を()つて、ヌイと(つら)を出した。

 すぐに此奴(こいつ)が法壇へ飛上(とびあが)つた、其の(はや)さ。

 紫玉が最早、と思ひ切つて池に飛ばうとする(ところ)を、(おさ)へて、そして()いだ。

 女の身としてあられうか。

 あの、雪を(つか)ねた白いものの、壇の上にひれ伏した、あはれな(さま)は、月を祭る供物(くもつ)に似て、(あら)ず、旱魃(かんばつ)鬼一口(おにひとくち)犠牲(にえ)である。

 ヒイと声を揚げて弟子が二人、幕の内で、手放しにわつと泣いた。

 赤ら顔の大入道(おおにゅうどう)の、首抜きの浴衣(ゆかた)の尻を、(しち)のづまで(ひき)めくつたのが、(にが)り切つたる顔して、つか/\と、(きざはし)を踏んで(あが)つた、金方(きんかた)(なん)ぞであらう、芝居もので。

 肩を無手(むず)と取ると、

「何だ、(ざま)は。小町(こまち)(しずか)ぢやあるめえし、増長をしやがるからだ。」

 手の裏かへす無情さは、足も手もぐたりとした、烈日(れつじつ)に裂けかゝる氷のやうな練絹(ねりぎぬ)の、紫玉の、ふくよかな胸を、酒焼(さかやけ)の胸に引掴(ひっつか)み、毛脛(けずね)に挟んで、

「立たねえかい。」

        十三

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