「それから思ふと……いまの娘さんの飛乘は、人間業ぢやあないんだよ。」
「些と大袈裟ですなあ、何、あれ式の事を。……これから先、その蓬莱町、平野町の河岸へ行つて、船の棟割といつた處をご覽なさい。阿媽が小舷から蟹ぢやあありませんが、釜を出して、斜かひに米を磨いでるわきを、あの位な娘が、袖なしの肌襦袢から、むつちりとした乳をのぞかせて、……それでも女氣でござんせうな、紅入模樣のめりんすを長めに腰へ卷いたなりで、その泥船、埃船を棹で突ツ張つてゐますから。――氣の毒な事は、汗ぐつしよりですがね、勞働で肌がしまつて、手足のすらりとしてゐる處は、女郎花に一雨かゝつた形ですよ。」
「雨は、お誂にしと/\と降つてゐるし、眞個にそれが、凡夫の目に見えるのかね。」
「ご串談ばかり、凡夫だから見えるんでさあね。――いえまだ、もつと凡夫なのは、近頃島が湧いた樣に開けました、疝氣稻荷樣近くの或工場へ用があつて、私の知り合が三人連れ圓タクで乘込んだのが、歸りがけに、洲崎橋の正面見當へ打突ると、……凡夫ですな。まだ、あなた、四時だといふのに、一寸見物だけで、道普請や、小屋掛でごつた返して、こんがらかつてゐる中を、ブン/\獨樂のやうにぐる/\《まは》りで、その癖乘込む……疾いんです。引手茶屋か、見番か、左は?……右は、といふうちに、――豫め御案内申しましたつけ、仲の町正面の波除へ突き當つたと思召せ。――忽ち蒼海漫々たり。あれが房州鋸山だ、と指さすのが、府下品川だつたり何かして、地理には全く暗い連中ですが、蒸風呂から飛上つた同然に、それは涼しいには涼しいんですとさ。……偏に風を賞めるばかり、凡夫ですな。卷煙草をふかす外に所在がないから、やゝあつて下に待たした圓タクへ下りて來ると、素裸の女郎が三人――この友だち意地が惡くつて、西だか東だか方角は教へませんがね、虚空へ魔が現れた樣に、簾を拂つた裏二階の窓際へ立並ぶと、腕も肩も、胸も腹も、くな/\と緋の切を卷いた、乳房の眉間尺といつた形で揉み合つて、まだそれだけなら、何、女郎だつて涼みます、不思議はありませんがね。招いたり、頬邊をたゝいて見せたり、肱でまいたり、これがまさしく、府下と房州を見違へた凡夫の目にもあり/\と見えたんですつて。再び説く、天の一方に當つて、遙にですな。惜しいかな、方角が分りません。」
「宙に迷つてる形だね、きみが手をひかれた幽靈なぞも、或はその連中ではないのかね。」
「わあ、泥龜が、泥龜が。」
「あ、凡夫を驚かしては不可い。……何だか、陰々として來た。――丁ど此處だ、此處だが、しかし、油倉だと思ふ處は、機械びきの工場となつた。冬木で見た、あの工場も、これと同じものらしい。」
つい、叱られたらあやまる氣で、伸上つて窓から覗いた。中で竹刀を使つてゐるのだと、立處に引込まれて、同伴が犬に怯えたかはりに、眞庭念流の腕前を顯はさうといふ處である。
久しぶりで參詣をするのに、裏門からでは、何故か不躾な氣がする。木場を一りするとして、話しながら歩行き出した。
「……蠱といふ形を、そのまゝ女の肉身で顯はしたやうな、いまの話で思出すが、きみの方が友だちだから此方も友だちさ。以前――場所も同じ樣だが、何とかいふ女郎がね。一寸、その服裝を聞いて覺えてゐる。……黒の絽縮緬の裾に、不知火のちら/\と燃えるのに……水淺葱の麻の葉の襟の掛つた裲襠だとさ。肉色縮緬の長襦袢で、其の白襦子の伊達卷を――そんなに傍へ寄つちや不可ない。橋の眞中を通るのに、邪魔になるぢやあないか。」
下を二流し筏が辷る。
「何だつけ、その裲襠を屏風へ掛けて、白い切の潰島田なのが……いや、大丈夫――惜しいかな、これが心中をしたのでも、殺されたのでも、斬られたのでもない。のり血更になしだよ。(まだ學生さんでせう、當樓の内證は穩かだから、臺のかはりに、お辨當を持つて入らつしやい。……私に客人があつて、退屈だつたら、晝間、その間裏の土手へ出て釣をしておいでなさいまし。……海津がかゝります。私だつて釣つたから。……)時候は暑いが、春風が吹いてゐる。人ごとだけれども、眉間尺と較べると嘘のやうだ。」
「風葉さん、春葉さん、い、いづれですか、言はれた、その御當人は?」
「それは、想像にまかせよう。」
案内者にも分らない。
水の町の不思議な大深林は、皆薄赤く切開かれた、木場は林を疊んで堀に積み、空地に立掛けた板に過ぎぬ。蘆間に鷺の眠り、軒に蛙の鳴いたやうな景色は、また夢のやうである。
――鶴歩橋を見た。その橋を長く渡つた。名の由來を知りたい方々は、案内記の類を讀まるゝがよい。私はそれだからといつて、鶴歩といふ字にかゝづらふわけではないが、以前知つた時、この橋は鶴の首に似て、淡々たる水の上に、薄雲の月更けて、頸を皓く眠つてゐた。――九月の末、十月か、あれは幾日頃であつたらう。折から此の水邊の惠比壽の宮の町祭りの夜と思ふ。もう晩かつたから、材木の森に谺する鰐口の響きもなく、露地の奧から笛の音も聞えず、社頭にたゞ一つ紅の大提灯の霧に沈んで消殘つたのが、……強ひて擬へるのではない、さながら一抹の丹頂に似て、四邊皆水。且行き、且、彳む人影は、斑に黒い羽の影を落して、橋をめぐつた堀は、大なる兩の翼だつたのを覺えてゐる。その時、颯と吹いた夜嵐に、提灯は暗くなり、小波は白い毛を立てて、空なる鱗形の雲とともに亂れた。
鶴の姿の消えたあとは、遣手の欠伸よりも殺風景である。
しかし思へ。鹿島へ詣でた鳳凰も、夜があければ風説である。――鶴歩橋の面影も、別に再び月の夜に眺めたい。
こゝに軒あれば、松があり、庭あれば燈籠が差のぞかれ、一寸子のすき間さへ、山の手の雀の如く鳥影のさすと見るのが、皆ひら/\と船であつた。奧深い戸毎の帳場格子も、早く事務所の椅子になつた。
けれども、麥稈が通りがかりに、
「あゝ、燒け殘つた……」
私は凡夫だから、横目にたゞ「おなじ束髮でも涼しやかだな。」ぐらゐなもの、氣にした處で、ひとへに御婦人ばかりだが、同伴は少々骨董氣があるから、怪しからん。たゝき寄せた椅子の下に突つ込んだ、鐵の大火鉢をのぞき込んで、
「十萬坪の坩堝の中で、西瓜のわれたやうに燒けても、溶けなかつたんですな。寶物ですぜ。」
この不作法に……叱言もいはぬは、さすがに取り鎭めた商人の大氣であらう。
それにしても、荒れてゐる。野にさらしたものの如く、杭が穴、桁が骨に成つた橋が多い。わづかに左右を殘して、眞中の渡りの深く崩れ込んだのもある。通るのに危なつかしいから、また踏み迷つた體になつて、一處は泥龜の如く穴を傳ひ、或處では、
「手を曳いてたべ……幽靈どの。」
「あら、怨めしや。」
どろ/\どろと、二人で渡つた。
人通りさへ、稀であるのに、貨物車は、衝いて通り、驅け拔ける。澁苦い顏して乘るのは、以前は小意氣な小揚たちだつたと聞く。
たゞひとり、この間に、角乘の競勢を見た。岸に柳はないけれども、一人すつと乘つた大角材の六間餘は、引緊つた眉の下に、その行くや葉の如し。水面を操ること、草履を突つ掛けたよりも輕うして、横にめぐり、縱に通つて、漂々として浮いて行く。
月夜に鶴歩橋を渡るなぞ、いひ出たのも極りが惡い。かの宋の康王の舍人にして、狷彭の術を行ひ、冀州、郡の間に浮遊すること二百年。しかして其の水を鯉に乘つた琴高を羨むには當らない。わが深川の兄哥の角乘は、仙人を凌駕すること、竹の柄の鳶口約十尺と、加ふるに、さらし六尺である。
道幅もやゝ傾くばかり、山の手の二人が、さいはひ長棹によらずして、たゞ突き出された川筋は、むかしにくらべると、(大)といひたい、鐵橋と註し、電車が複線といひたしたい。大汐見橋を、八幡宮から向つて左へ、だら/\と下りた一廓であつた。
また貨物車を曳出すでもないが、車輪、跫音の響き渡る汐見橋から、ものの半町、此處に入ると、今は壞れた工場のあとを、石、葉鐵を跨いで通る状ながら、以前は、芭蕉で圍つたやうな、しつとりした水の色に包まれつゝ、印袢纏で木を挽く仙人が、彼方に一人、此方に二人、大なる材木に、恰も啄木鳥の如くにとまつて、鋸の嘴を閑に敲いてゐたもので、ごしごし、ごしごし、時に鎹を入れて、カンと行る。湖心に櫓の音を聞くばかり、心耳自から清んだ、と思ふ。が、同伴の説は然うでない。この汐見橋を、廓へ出入るために架けた水郷の大門口ぐらゐな心得だから、一段低く、此處へ下りるのは、妓屋の裏階子を下りて、間夫の忍ぶ隱れ場所のやうな氣がしたさうである。
夜更けて、引け過ぎに歸る時も、醉つて、乘込む時も。
大川此方の町の、場所により、築地、日本橋の方からも永代を渡るが、兩國橋、もう新大橋となると、富岡門前の大通りによらず、裏道、横町を拾つて、入堀の河岸を縫ふ。……晝も靜かだ。夜の寂しさ。汀の蘆は夏も冷い。葉うらに透る月影の銀色は、やがて、その蘆の細莖の霜となり、根は白骨と成つて折れる。……結んで角組める髷は、解けて洗髮となり、亂れて拔け毛となり、既にして穗とともに塵に消えるのである。
それが枯れ立ち、倒れ伏す、河岸、入江に、わけて寒月の光り冴えて、剃刀の刃の如くこぼるゝ時、大空は遙に蘆葦雜草の八萬坪を透通つて、洲崎の海、永代浦から、蒼波品川に連つて、皎々として凍る時よ。霜に鳴く蟲の黒い影が、世を怨む女の瞳の如く、蘆の折葉の節々は、卒堵婆に、浮ばない戒名を刺青したか、と明るく映る。……そのおもひ、骨髓に徹つて、齒の根震ひ、肉戰いて、醉覺の頬を悚然と氷で割らるゝが如く感じた……と言ふのである。
御勝手になさい。
此の案内には弱つた。――(第一、こゝを記す時、七月二十二日の暑さと言つたら。夜へかけて九十六度、四十年來のレコードだといふ氣象臺の發表であるから、借家は百度を超えたらしい。)
早く汐見橋へ驅け上らう。
來るわ、來るわ。
船。
筏。
見渡す、平久橋。時雨橋。二筋、三筋、流れを合せて、濤々たる水面を、幾艘、幾流、左右から寄せ合うて、五十傳馬船、百傳馬船、達磨、高瀬、埃船、泥船、釣船も遠く浮く。就中、筏は馳る。水は瀬を造つて、水脚を千筋の綱に、さら/\と音するばかり、裝入るゝ如く川筋を上るのである。さし上る汐は潔い。
風はひよう/\と袂を吹いた。
私は學者でないから、此の汐は、堀割を、上へ、凡そ、どのあたりまで淨化するかを知らない。
けれども、驚破洪水と言へば、深川中、波立つ湖となること、傳へて一再に留まらない。高低と汐の勢ひで、あの油堀、仙臺堀、小名木川、――且辿り、且見た堀は、皆滿々と鮮しい水を流すであらう。冬木の池も湛へよう。
誘はれて、常夏も、夕月の雫に濡れるであらう。
「成程、汐見橋は汐見橋ですな。」
同伴が更めて感心した。廓へばかり氣を取られて、あげさげ汐のさしひきを、今はじめて知つたのかと思ふと、また然うでない。
大欄干(此にも大がつく)から、電車の透き間に、北し、東して、涼しくはあるし、汐の流れを眺めるうちに……一人來た、二人來た、見ぬ間に三人、……追羽子の唄に似て、氣の輕さうな女たち、銀杏返しのも、島田なのも、ずつと廂髮なのも、何處からともなく出て來て、おなじやうに欄干に立つて、しばらく川面を見おろしては、ふいと行く。――内證でお知らせ申さうが、海から颯々と吹通すので、朱鷺、淺葱、紅を、斜に絞つて、半身を飜すこと、特に風のために描いた女の蹴出の繪のやうであつた。が、いづれも、涼むために立ち停るのではない。凡そ汐時を見計つて、橋に近づく船乘、筏師に、目許であひづを通はせる。成程、汐見橋の所以だ、と案内者が言ふのである。眞僞は保證する限りでない。
たゞ、淙々として大汐の上る景色は、私……一個人としては、船頭の、下から蹴出を仰ぐ如き比ではなかつた。