深川浅景

5話 深川浅景(5)

4,811字 約10分 2018年2月2日 公開

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「それから(おも)ふと……いまの(むすめ)さんの飛乘(とびのり)は、人間業(にんげんわざ)ぢやあないんだよ。」

()大袈裟(おほげさ)ですなあ、(なに)、あれ(しき)(こと)を。……これから(さき)、その蓬莱町(ほうらいちやう)平野町(ひらのちやう)河岸(かし)()つて、(ふね)棟割(むねわり)といつた(ところ)をご(らん)なさい。阿媽(おつかあ)小舷(こべり)から(かに)ぢやあありませんが、(かま)()して、(はす)かひに(こめ)()いでるわきを、あの(くらゐ)(むすめ)が、(そで)なしの肌襦袢(はだじゆばん)から、むつちりとした()をのぞかせて、……それでも女氣(をんなぎ)でござんせうな、紅入模樣(べにいりもやう)のめりんすを(なが)めに(こし)()いたなりで、その泥船(どろぶね)埃船(ごみぶね)(さを)()()つてゐますから。――()(どく)(こと)は、(あせ)ぐつしよりですがね、勞働(はたらき)(はだ)がしまつて、手足(てあし)のすらりとしてゐる(ところ)は、女郎花(をみなへし)一雨(ひとあめ)かゝつた(かたち)ですよ。」

(あめ)は、お(あつらへ)にしと/\と()つてゐるし、眞個(ほんたう)にそれが、凡夫(ぼんぷ)()()えるのかね。」

「ご串談(じようだん)ばかり、凡夫(ぼんぷ)だから()えるんでさあね。――いえまだ、もつと凡夫(ぼんぷ)なのは、近頃(ちかごろ)(しま)()いた(やう)(ひら)けました、疝氣稻荷樣(せんきいなりさま)(ちか)くの或工場(あるこうば)(よう)があつて、(わたし)()(あひ)三人連(さんにんづ)(ゑん)タクで乘込(のりこ)んだのが、(かへ)りがけに、洲崎橋(すさきばし)正面見當(しやうめんけんたう)打突(ぶつか)ると、……凡夫(ぼんぷ)ですな。まだ、あなた、四時(よじ)だといふのに、一寸(ちよつと)見物(けんぶつ)だけで、道普請(みちぶしん)や、小屋掛(こやがけ)でごつた(がへ)して、こんがらかつてゐる(なか)を、ブン/\獨樂(ごま)のやうにぐる/\《まは》りで、その(くせ)乘込(のりこ)む……(はや)いんです。引手茶屋(ひきてぢやや)か、見番(けんばん)か、(ひだり)は?……(みぎ)は、といふうちに、――(あらかじ)御案内(ごあんない)(まを)しましたつけ、(なか)(ちやう)正面(しやうめん)波除(なみよけ)()(あた)つたと思召(おぼしめ)せ。――(たちま)蒼海(さうかい)漫々(まん/\)たり。あれが房州(ばうしう)鋸山(のこぎりやま)だ、と(ゆび)さすのが、府下(ふか)品川(しながは)だつたり(なに)かして、地理(ちり)には(まつた)(くら)連中(れんぢう)ですが、蒸風呂(むしぶろ)から飛上(とびあが)つた同然(どうぜん)に、それは(すゞ)しいには(すゞ)しいんですとさ。……(ひとへ)(かぜ)()めるばかり、凡夫(ぼんぷ)ですな。卷煙草(まきたばこ)をふかす(ほか)所在(しよざい)がないから、やゝあつて(した)()たした(ゑん)タクへ()りて()ると、素裸(すはだか)女郎(ぢよらう)三人(さんにん)――この(とも)だち意地(いぢ)(わる)くつて、西(にし)だか(ひがし)だか方角(はうがく)(をし)へませんがね、虚空(こくう)()(あらは)れた(やう)に、(すだれ)(はら)つた裏二階(うらにかい)窓際(まどぎは)立並(たちなら)ぶと、(うで)(かた)も、(むね)(はら)も、くな/\と()(きれ)()いた、乳房(ちぶさ)眉間尺(みけんじやく)といつた(かたち)()()つて、まだそれだけなら、(なに)女郎(ぢよらう)だつて(すゞ)みます、不思議(ふしぎ)はありませんがね。(まね)いたり、頬邊(ほつぺた)をたゝいて()せたり、(ひぢ)でまいたり、これがまさしく、府下(ふか)房州(ばうしう)見違(みちが)へた凡夫(ぼんぷ)()にもあり/\と()えたんですつて。(ふたゝ)()く、(てん)一方(いつぱう)(あた)つて、(はるか)にですな。()しいかな、方角(はうがく)(わか)りません。」

(ちう)(まよ)つてる(かたち)だね、きみが()をひかれた幽靈(いうれい)なぞも、(あるひ)はその連中(れんぢう)ではないのかね。」

「わあ、泥龜(すつぽん)が、泥龜(すつぽん)が。」

「あ、凡夫(ぼんぷ)(おどろ)かしては不可(いけな)い。……(なん)だか、陰々(いん/\)として()た。――(ちやう)此處(こゝ)だ、此處(こゝ)だが、しかし、油倉(あぶらぐら)だと(おも)(ところ)は、機械(きかい)びきの工場(こうば)となつた。冬木(ふゆき)()た、あの工場(こうば)も、これと(おな)じものらしい。」

 つい、(しか)られたらあやまる()で、伸上(のびあが)つて(まど)から(のぞ)いた。(なか)竹刀(しなひ)使(つか)つてゐるのだと、立處(たちどころ)引込(ひきこ)まれて、同伴(つれ)(いぬ)(おび)えたかはりに、眞庭念流(まにはねんりう)腕前(うでまへ)(あら)はさうといふ(ところ)である。

 (ひさ)しぶりで參詣(さんけい)をするのに、裏門(うらもん)からでは、何故(なぜ)不躾(ぶしつけ)()がする。木場(きば)(ひとまは)りするとして、(はな)しながら歩行(ある)()した。

「……()といふ(かたち)を、そのまゝ(をんな)肉身(にくしん)(あら)はしたやうな、いまの(はなし)思出(おもひだ)すが、きみの(はう)(とも)だちだから此方(こつち)(とも)だちさ。以前(いぜん)――場所(ばしよ)(おな)(やう)だが、(なん)とかいふ女郎(ぢよらう)がね。一寸(ちよつと)、その服裝(なり)()いて(おぼ)えてゐる。……(くろ)絽縮緬(ろちりめん)(すそ)に、不知火(しらぬひ)のちら/\と()えるのに……水淺葱(みづあさぎ)(あさ)()(えり)(かゝ)つた裲襠(しかけ)だとさ。肉色縮緬(にくいろちりめん)長襦袢(ながじゆばん)で、()白襦子(しろじゆす)伊達卷(だてまき)を――そんなに(そば)()つちや不可(いけ)ない。(はし)眞中(まんなか)(とほ)るのに、邪魔(じやま)になるぢやあないか。」

 (した)二流(ふたなが)(いかだ)(すべ)る。

(なん)だつけ、その裲襠(しかけ)屏風(びやうぶ)()けて、(しろ)(きれ)潰島田(つぶし)なのが……いや、大丈夫(だいぢやうぶ)――()しいかな、これが心中(しんぢう)をしたのでも、(ころ)されたのでも、()られたのでもない。のり(べに)(さら)になしだよ。(まだ學生(がくせい)さんでせう、當樓(うち)内證(ないしよ)(おだや)かだから、(だい)のかはりに、お辨當(べんたう)()つて()らつしやい。……(わたし)客人(きやくじん)があつて、退屈(たいくつ)だつたら、晝間(ひるま)、その(あひだ)(うら)土手(どて)()(つり)をしておいでなさいまし。……海津(かいづ)がかゝります。(わたし)だつて()つたから。……)時候(じこう)(あつ)いが、春風(はるかぜ)()いてゐる。(ひと)ごとだけれども、眉間尺(みけんじやく)(くら)べると(うそ)のやうだ。」

風葉(ふうえふ)さん、春葉(しゆんえふ)さん、い、いづれですか、()はれた、その御當人(ごたうにん)は?」

「それは、想像(さうざう)にまかせよう。」

 案内者(あんないしや)にも(わか)らない。

 (みづ)(まち)不思議(ふしぎ)大深林(だいしんりん)は、(みな)薄赤(うすあか)切開(きりひら)かれた、木場(きば)(はやし)(たゝ)んで(ほり)()み、空地(あきち)立掛(たてか)けた(いた)()ぎぬ。蘆間(あしま)(さぎ)(ねむ)り、(のき)(かへる)()いたやうな景色(けしき)は、また(ゆめ)のやうである。

 ――鶴歩橋(かくほばし)()た。その(はし)(なが)(わた)つた。()由來(ゆらい)()りたい方々(かた/″\)は、案内記(あんないき)(るゐ)()まるゝがよい。(わたし)はそれだからといつて、鶴歩(かくほ)といふ()にかゝづらふわけではないが、以前(いぜん)()つた(とき)、この(はし)(つる)(くび)()て、淡々(たん/\)たる(みづ)(うへ)に、薄雲(うすぐも)(つき)()けて、(うなじ)(しろ)(ねむ)つてゐた。――九月(くぐわつ)(すゑ)十月(じふぐわつ)か、あれは幾日頃(いくにちごろ)であつたらう。(をり)から()水邊(すゐへん)惠比壽(ゑびす)(みや)町祭(まちまつ)りの()(おも)ふ。もう(おそ)かつたから、材木(ざいもく)(もり)(こだま)する鰐口(わにぐち)(ひゞ)きもなく、露地(ろぢ)(おく)から(ふえ)()(きこ)えず、社頭(しやとう)にたゞ(ひと)(くれなゐ)大提灯(おほぢやうちん)(きり)(しづ)んで消殘(きえのこ)つたのが、……()ひて(なぞら)へるのではない、さながら一抹(いちまつ)丹頂(たんちやう)()て、四邊(しへん)(みな)(みづ)(かつ)()き、(かつ)(たゝず)人影(ひとかげ)は、(まだら)(くろ)()(かげ)(おと)して、(はし)をめぐつた(ほり)は、(おほい)なる(りやう)(つばさ)だつたのを(おぼ)えてゐる。その(とき)(さつ)()いた夜嵐(よあらし)に、提灯(ちやうちん)(くら)くなり、小波(さゝなみ)(しろ)()()てて、(そら)なる鱗形(うろこがた)(くも)とともに(みだ)れた。

 (つる)姿(すがた)()えたあとは、遣手(やりて)欠伸(あくび)よりも殺風景(さつぷうけい)である。

 しかし(おも)へ。鹿島(かしま)(まう)でた鳳凰(ほうわう)も、()があければ風説(うはさ)である。――鶴歩橋(かくほばし)面影(おもかげ)も、(べつ)(ふたゝ)(つき)()(なが)めたい。

 こゝに(のき)あれば、(まつ)があり、(には)あれば燈籠(とうろう)(さし)のぞかれ、一寸(ちよつと)(れんじ)のすき()さへ、(やま)()(すゞめ)(ごと)鳥影(とりかげ)のさすと()るのが、(みな)ひら/\と(ふね)であつた。奧深(おくふか)戸毎(こごと)帳場格子(ちやうばがうし)も、(はや)事務所(じむしよ)椅子(いす)になつた。

 けれども、麥稈(むぎわら)(とほ)りがかりに、

「あゝ、()(のこ)つた……」

 (わたし)凡夫(ぼんぷ)だから、横目(よこめ)にたゞ「おなじ束髮(そくはつ)でも(すゞ)しやかだな。」ぐらゐなもの、()にした(ところ)で、ひとへに御婦人(ごふじん)ばかりだが、同伴(つれ)少々(せう/\)骨董氣(こつとうぎ)があるから、()しからん。たゝき()せた椅子(いす)(した)()()んだ、(てつ)大火鉢(おほひばち)をのぞき()んで、

十萬坪(じふまんつぼ)坩堝(るつぼ)(なか)で、西瓜(すゐくわ)のわれたやうに()けても、()けなかつたんですな。寶物(はうもつ)ですぜ。」

 この不作法(ぶさはふ)に……叱言(こゞと)もいはぬは、さすがに()(しづ)めた商人(あきうど)大氣(たいき)であらう。

 それにしても、()れてゐる。()にさらしたものの(ごと)く、(くひ)(あな)(けた)(ほね)()つた(はし)(おほ)い。わづかに左右(さいう)(のこ)して、眞中(まんなか)(わた)りの(ふか)(くづ)()んだのもある。(とほ)るのに(あぶ)なつかしいから、また()(まよ)つた(てい)になつて、一處(ひとところ)泥龜(すつぽん)(ごと)(あな)(つた)ひ、或處(あるところ)では、

()()いてたべ……幽靈(いうれい)どの。」

「あら、(うら)めしや。」

 どろ/\どろと、二人(ふたり)(わた)つた。

 人通(ひとどほ)りさへ、(まれ)であるのに、貨物車(トラツク)は、()いて(とほ)り、()()ける。澁苦(しぶにが)(かほ)して()るのは、以前(いぜん)小意氣(こいき)小揚(こあげ)たちだつたと()く。

 たゞひとり、この(あひだ)に、角乘(かくのり)競勢(きほひ)()た。(きし)(やなぎ)はないけれども、一人(ひとり)すつと()つた大角材(だいかくざい)六間餘(ろくけんよ)は、引緊(ひきしま)つた(まゆ)(した)に、その()くや()(ごと)し。水面(すゐめん)(あやつ)ること、草履(ざうり)()()けたよりも(かる)うして、(よこ)にめぐり、(たて)(とほ)つて、漂々(へう/\)として()いて()く。

 月夜(つきよ)鶴歩橋(かくほばし)(わた)るなぞ、いひ()たのも(きま)りが(わる)い。かの(そう)康王(かうわう)舍人(しやじん)にして、狷彭(けんはう)(じゆつ)(おこな)ひ、冀州(きしう)(たくぐん)(あひだ)浮遊(ふいう)すること二百年(にひやくねん)。しかして()(たくすゐ)(こひ)()つた琴高(きんかう)(うらや)むには(あた)らない。わが深川(ふかがは)兄哥(あにい)角乘(かくのり)は、仙人(せんにん)凌駕(りようが)すること、(たけ)()鳶口(とびぐち)約十尺(やくじつしやく)と、(くは)ふるに、さらし六尺(ろくしやく)である。

 道幅(みちはゞ)もやゝ(かたむ)くばかり、(やま)()二人(ふたり)が、さいはひ長棹(ながざを)によらずして、たゞ()()された川筋(かはすぢ)は、むかしにくらべると、((だい))といひたい、鐵橋(てつけう)(ちう)し、電車(でんしや)複線(ふくせん)といひたしたい。大汐見橋(おほしほみばし)を、八幡宮(はちまんぐう)から(むか)つて(ひだり)へ、だら/\と()りた一廓(いつくわく)であつた。

 また貨物車(トラツク)曳出(ひきだ)すでもないが、車輪(しやりん)跫音(きやうおん)(ひゞ)(わた)汐見橋(しほみばし)から、ものの半町(はんちやう)此處(こゝ)(はひ)ると、(いま)(こは)れた工場(こうぢやう)のあとを、(いし)葉鐵(ブリキ)(また)いで(とほ)(さま)ながら、以前(いぜん)は、芭蕉(ばせう)(かこ)つたやうな、しつとりした(みづ)(いろ)(つゝ)まれつゝ、印袢纏(しるしばんてん)()()仙人(せんにん)が、彼方(あつち)一人(ひとり)此方(こつち)二人(ふたり)(おほい)なる材木(ざいもく)に、(あたか)啄木鳥(きつゝき)(ごと)くにとまつて、(のこぎり)(くちばし)(しづか)(たゝ)いてゐたもので、ごしごし、ごしごし、(とき)(かすがひ)()れて、カンと()る。湖心(こしん)()(おと)()くばかり、心耳(しんじ)(おのづ)から()んだ、と(おも)ふ。が、同伴(つれ)(せつ)()うでない。この汐見橋(しほみばし)を、(くるわ)出入(ではひ)るために()けた水郷(すゐきやう)大門口(おほもんぐち)ぐらゐな心得(こゝろえ)だから、一段(いちだん)(ひく)く、此處(こゝ)()りるのは、妓屋(ちやや)裏階子(うらばしご)()りて、間夫(まぶ)(しの)(かく)場所(ばしよ)のやうな()がしたさうである。

 夜更(よふ)けて、()()ぎに(かへ)(とき)も、()つて、乘込(のりこ)(とき)も。

 大川(おほかは)此方(こなた)(まち)の、場所(ばしよ)により、築地(つきぢ)日本橋(にほんばし)(はう)からも永代(えいたい)(わた)るが、兩國橋(りやうごくばし)、もう新大橋(しんおほはし)となると、富岡門前(とみをかもんぜん)大通(おほどほ)りによらず、裏道(うらみち)横町(よこちやう)(ひろ)つて、入堀(いりぼり)河岸(かし)()ふ。……(ひる)(しづ)かだ。(よる)(さび)しさ。(なぎさ)(あし)(なつ)(つめた)い。()うらに(とほ)月影(つきかげ)銀色(ぎんしよく)は、やがて、その(あし)細莖(ほそぐき)(しも)となり、()白骨(はくこつ)()つて()れる。……(むす)んで角組(つのぐ)める(まげ)は、()けて洗髮(あらひがみ)となり、(みだ)れて()()となり、(すで)にして()とともに(ちり)()えるのである。

 それが()()ち、(たふ)()す、河岸(かし)入江(いりえ)に、わけて寒月(かんげつ)(ひか)()えて、剃刀(かみそり)()(ごと)くこぼるゝ(とき)大空(おほぞら)(はるか)蘆葦雜草(ろゐざつさう)八萬坪(はちまんつぼ)透通(すきとほ)つて、洲崎(すさき)(うみ)永代浦(えいたいうら)から、蒼波(さうは)品川(しながは)(つらな)つて、皎々(かう/\)として(こほ)(とき)よ。(しも)()(むし)(くろ)(かげ)が、()(うら)(をんな)(ひとみ)(ごと)く、(あし)折葉(をれは)節々(ふし/″\)は、卒堵婆(そとば)に、(うか)ばない戒名(かいみやう)刺青(いれずみ)したか、と(あか)るく(うつ)る。……そのおもひ、骨髓(こつずゐ)(とほ)つて、()()(ふる)ひ、(にく)(をのゝ)いて、醉覺(よひざめ)(ほゝ)悚然(ぞつ)(こほり)()らるゝが(ごと)(かん)じた……と()ふのである。

 御勝手(ごかつて)になさい。

 ()案内(あんない)には(よわ)つた。――(第一(だいいち)、こゝを(しる)(とき)七月二十二日(しちぐわつにじふににち)(あつ)さと()つたら。(よる)へかけて九十六度(くじふろくど)四十年來(しじふねんらい)のレコードだといふ氣象臺(きしやうだい)發表(はつぺう)であるから、借家(しやくや)百度(ひやくど)()えたらしい。)

 (はや)汐見橋(しほみばし)()(あが)らう。

 ()るわ、()るわ。

 (ふね)

 (いかだ)

 見渡(みわた)す、平久橋(へいきうばし)時雨橋(しぐればし)二筋(ふたすぢ)三筋(みすぢ)(なが)れを(あは)せて、濤々(たう/\)たる水面(すゐめん)を、幾艘(いくそう)幾流(いくながし)左右(さいう)から()()うて、五十傳馬船(ごじふでんま)百傳馬船(ひやくでんま)達磨(だるま)高瀬(たかせ)埃船(ごみぶね)泥船(どろぶね)釣船(つりぶね)(とほ)()く。就中(なかんづく)(いかだ)(はし)る。(みづ)()(つく)つて、水脚(みづあし)千筋(ちすぢ)(つな)に、さら/\と(おと)するばかり、裝入(もりい)るゝ(ごと)川筋(かはすぢ)(のぼ)るのである。さし(のぼ)(しほ)(いさぎよ)い。

 (かぜ)はひよう/\と(たもと)()いた。

 (わたし)學者(がくしや)でないから、()(しほ)は、堀割(ほりわり)を、(かみ)へ、(およ)そ、どのあたりまで淨化(じやうくわ)するかを()らない。

 けれども、驚破(すは)洪水(こうずゐ)()へば、深川中(ふかがはぢう)(なみ)()(みづうみ)となること、(つた)へて一再(いつさい)(とゞ)まらない。高低(かうてい)(しほ)(いきほ)ひで、あの油堀(あぶらぼり)仙臺堀(せんだいぼり)小名木川(をなぎがは)、――(かつ)辿(たど)り、(かつ)()(ほり)は、(みな)滿々(まん/\)(あたら)しい(みづ)(なが)すであらう。冬木(ふゆき)(いけ)(たゝ)へよう。

 (さそ)はれて、常夏(とこなつ)も、夕月(ゆふづき)(しづく)()れるであらう。

成程(なるほど)汐見橋(しほみばし)汐見橋(しほみばし)ですな。」

 同伴(つれ)(あらた)めて感心(かんしん)した。(くるわ)へばかり()()られて、あげさげ(しほ)のさしひきを、(いま)はじめて()つたのかと(おも)ふと、また()うでない。

 大欄干(だいかんらん)(こゝ)にも(だい)がつく)から、電車(でんしや)()()に、(きた)し、(ひがし)して、(すゞ)しくはあるし、(しほ)(なが)れを(なが)めるうちに……一人(ひとり)()た、二人(ふたり)()た、()()三人(さんにん)、……追羽子(おひばね)(うた)()て、()(かる)さうな(をんな)たち、銀杏返(いてふがへ)しのも、島田(しまだ)なのも、ずつと廂髮(ひさしがみ)なのも、何處(いづこ)からともなく()()て、おなじやうに欄干(らんかん)()つて、しばらく川面(かはづら)()おろしては、ふいと()く。――内證(ないしよ)でお()らせ(まを)さうが、(うみ)から颯々(さつ/\)吹通(ふきとほ)すので、朱鷺(とき)淺葱(あさぎ)(くれなゐ)を、(なゝめ)(しぼ)つて、半身(はんしん)(ひるがへ)すこと、(とく)(かぜ)のために(ゑが)いた(をんな)蹴出(けだし)()のやうであつた。が、いづれも、(すゞ)むために()(どま)るのではない。(およ)汐時(しほどき)見計(みはから)つて、(はし)(ちか)づく船乘(ふなのり)筏師(いかだし)に、目許(めもと)であひづを(かよ)はせる。成程(なるほど)汐見橋(しほみばし)所以(ゆゑん)だ、と案内者(あんないしや)()ふのである。眞僞(しんぎ)保證(ほしよう)する(かぎ)りでない。

 たゞ、淙々(そう/\)として大汐(おほしほ)(のぼ)景色(けしき)は、(わたし)……一個人(いつこじん)としては、船頭(せんどう)の、(した)から蹴出(けだし)(あふ)(ごと)()ではなかつた。

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