順は違ふが、――こゝで一寸話したい。――これは、後に、洲崎の辨財天の鳥居前の、寛政の津浪之碑の前での事である。――打寄する浪に就いて、いま言はう。
汐見橋から、海に向つた――大島川の入江の角、もはや平久町何丁めに成つた――出洲の端に同じ津浪の碑が立つて居た。――前談、谷崎さんと活動寫眞の一行が、船で來て、其の岸を見た震災前には、蘆洲の中に、孤影煢然として、百年一人行く影の如く、あの、凄く、寂しく、あはれだつた碑が、恰も、のつぽの石臼の如く立つて、すぐ傍には、物干棹に洗濯ものが掛つて、象を撫づるのではないが、私たちの石を繞るのを、片側長屋の小窓から、場所らしい、侠な娘だの、洒落れた女房が、袖を引合つて覗いたものであつた。――いまは同じ所、おなじ河岸に、ポキリと犀の角の折れた如く、淵にも成らぬ痕を殘して、其の躯は影もない。
燒けた水を、目前、波の鱗形に積んだ、煉瓦を根にして、卒堵婆が一基。――神力大光普照無際土消險。三垢冥廣濟衆厄難。――しか/″\と記したのが、水へ斜に立つて居る。
尤も、案内者といへども、汐見橋から水の上を飛んだのではない。一度、富岡門前へ。……それから仲通を越中島へ、蓬莱橋を渡ること――其の谷崎さんの時と殆ど同一に、嘗て川へ落ちた客が、津浪之碑を訪ねたので、古石場、牡丹町を川づたひに、途中、木の段五つを數へる、人のほか車は通じない牡丹橋を高く渡つた。――恁う大りをしないと、汐見橋から手に取るやうでも、碑のあとへは至り得ないのである。此のあたり、船の長屋、水の家、肌襦袢で乳のむつちりしたのなどは、品格ある讀者のお聞きなさりたくない事を信じて、先を急ぐ。從つて古石場の石瓦、石炭屑などは論じない。唯一つ牡丹町の御町内、もしあらば庄屋に建言したい事がある。場所のいづれを問はず、一株の牡丹を、庭なり鉢なりに植ゑて欲い。紅、白、緋、濃艷、淡彩、其の唯一輪の花開いて、薹に金色の町名を刻むとせよ、全町立處に樂園に化して、いまは見えぬ、團子坂、入谷の、菊、朝顏。萩寺の萩、を凌いで、大東京の名所と成らう。凡そ、その町の顯はるゝは、住む人の富でない。ダイヤモンドの指環でない、時に、一本の花である。
やがて、碑のあとに、供養の塔婆を、爲出す事もなく弔つた。
沈んだか、燒けたか、碑の行方を訪ねようと思ふにさへ、片側のバラツクに、數多く集つたのは、最早や、女房にも娘にも、深川の人どころでない。百里帶水、對馬を隔てた隣國から入稼ぎのお客である。煙草を賣つて、ラムネ、サイダーを酌するらしい、おなじ鮮女の衣の白きが二人、箒を使ひ、道路に水を打つを見た。塔を清むるは、僧の善行である。町を掃くのは、土を愛するのである。殊勝のおん事、おん事と、心ばかり默禮しつゝ、私たちは、むかし蘆間を渡せし船板――鐵の平久橋を渡る。
「震災の時ではありませぬで、ついこの間、大風に折れましてな。」
同伴よ、許せ、赤ら顏で、はげたのが――蘆の根に寄る波の、堤に並ぶ蘆簀の茶屋から、白雪の富士の見える、こゝの昔を描いた配りものらしい――團扇を使ひながら、洲崎の辨財天の鳥居外に、石の柵を緩くめぐらした、碑の前に立つた時、ぶらりと來合はせて、六十年配が然ういつた。
此處寛政三年波あれの時、家流れ人死するもの少からず、此の後高波の變はかり難く、溺死の難なしといふべからず、これによりて西入船町を限り、東吉祥寺前に至るまで、凡そ長さ二百八十間餘の處、家居取沸ひ、空地となし置くものなり。
寛政六甲寅十二月日――(小作中一度載之。――再録。)
繰返すやうだけれども、文字は殆ど認め難い。地に三尺窪んだやうに碑の半は埋まつた。
――因にいふ、芭蕉に用のある人は、六間堀方面に行くがよい――江戸の水の製造元、式亭三馬の墓は、淨心寺中雲光院にある。
さて、時を、いへば、やがて五時半であつた。夏の日も、この梅雨空で、雨の小留んだ間も、蒸しながら陰が籠つて、家居は沈み、辻は黄昏れた。
團扇持つた六十年配が、一つ頸窪の蚊を敲いて立去るあとから、同伴は、兩切の煙草を買ふといつて、弓なりの辻を、洲崎の方へ小走りする。
ぽつねんとして、あとに、水を離れた人間の棒立と、埋れた碑と相對した時であつた。
皺枯れた聲をして、
「旦那さ――ん。」
「あ。」
思はず振向くと、ふと背後に立つて、暮方の色に紛るゝものは、あゝ何處かで見た……大びけ過ぎの遣手部屋か、否、四谷の閻魔堂か、否、前刻の閻王の膝の蔭か、否。今しがた白衣の鮮女が、道を掃いた小店の奧に、暗く目を光らして居た、鐵あみを絞つたやうに、皺の數を面に刻んで、白髮を逆に亂しつゝ、淺葱の筒袖に黒い袴はいた媼である。万ちやんの淺草には、石の枕の一つ家がある。安達ヶ原には黒塚がある。こゝのは僥倖に、檳榔の葉の樣な團扇を皺手に、出刃庖丁を持つてをらず、腹ごもりの嬰兒を胞衣のまゝ掴んでもゐない。讀者は、たゞ凄く、不氣味に、靈あり、驗あり、前世の約束ある古巫女を想像さるればよい。なほ同一川筋を、扇橋から本所の場末には、天井の裏、壁の中に、今も口寄せの巫女の影が殘ると聞く。
「水の音が聞こえまするなう。何處となくなう。」
「…………」
「旦那さ――ん、今のほどは汐見橋の上でや、水の上るのをば、嬉しげに見てござつた。……濁り濁つた、この、なう、溝川も、堀も、入江も、淨めるには、まだ/\汐が足りませぬよ、足りませぬによつて、なう、眞夜中に來て見なされまし。――月にも、星にも、美しい、氣高い、お姫樣が、なう、勿體ない、賤の業ぢや、今時の女子の通り、目に立たぬお姿でなう、船を浮べ、筏に乘つて、大海の水を、さら/\と、この上、この上に灌がつしやります事よ。……あゝ、有難うござります。おまゐりをなされまし、……おゝ、お連れがござりましたの。――おさきへ、ごゆるされや、はい、はい。」
と、鳥居も潛らず、片檐の暗い處を、蜘蛛の巣のやうに――衣ものの薄さに、身の皺を、次第に、板羽目へ掛けて、奧深く境内へ消えて行く。
「やあ、お待遠樣。――次手に囀新道とかいふのを、一寸……覗いて來たが……燕にしては頭が白い。あはははは、が、驚きました、露地口に、妓生のやうなのが三人ゐましたぜ、ふはり/\と白い服で。」
――忘れたのではない。私たちは、實はまだ汐見橋に、その汐を見つゝ立つてゐる。――
富岡八幡宮
成田山不動明王