淡島椿岳 ――過渡期の文化が産出した画界のハイブリッド――

4話 十一 画人椿岳 椿岳の泥画

647字 約1分 2011年7月14日 公開

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 椿岳の泥画というは絵馬や一文人形(いちもんにんぎょう)を彩色するに用ゆる下等絵具の紅殻(べにがら)黄土(おうど)(たん)群青(ぐんじょう)胡粉(ごふん)緑青(ろくしょう)等に少量の墨を交ぜて描いた画である。そればかりでなく泥面子(どろめんこ)古煉瓦(ふるれんが)の破片を砕いて溶かして絵具とし、枯木(かれき)の枝を折って筆とした事もあった。その上に琉球唐紙(からかみ)のような下等の紙を用い、興に乗ずれば塵紙(ちりがみ)にでも浅草紙にでも反古(ほご)の裏にでも竹の皮にでも(おり)(ふた)にでも何にでも描いた。泥絵具は絹や鳥の子にはかえって調和しないで、悪紙粗材の方がかえって泥絵具の妙味を発揮した。

 この泥画について一笑話がある。ツイ二十年ほど前まで日本橋の海運橋の(たもと)楢屋(ならや)という老舗(しにせ)の紙屋があった。この楢屋の主人はその頃マダ若かったが、先代からの江戸の通人で、文人墨客と広く交際していた。或時椿岳がフラリと来て、主人に向っていうには、俺の処へ画を頼みに来るものも多いが、紙ばっかりでトンと絹を持って来ない、どうだい、一つ絹に描かしてくれないかと。そんなら羽織の胴裏(どううら)にでも描いてもらいましょうと、楢屋の主人は早速白羽二重(しろはぶたえ)を取寄せて頼んだ。椿岳は常から弱輩のくせに通人顔する楢屋が気に入らなかった()、あるいは羽織の胴裏というのが(しゃく)(さわ)った乎して、例の泥絵具で一気呵成(いっきかせい)に地獄変相の図を描いた。(すこぶ)る見事な出来だったので楢屋の主人も(おおい)に喜んで、早速この画を胴裏として羽織を仕立てて着ると、故意乎、偶然乎、(にかわ)()かなかったと見えて、絵具がベッタリ着物に附いてしまった。椿岳さんの画には()う懲り懲りしたと、楢屋はその後椿岳の噂が出る度に頭を()き掻き苦笑した。

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