15話 中年者の幻想 九
読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
読み上げの速さ
組み方
女車掌に無関心であり得ぬ僕は、同様に運転手に無関心であり得ぬ。幸にして今迄一度も僕の自動車が衝突したり、人を轢いたりしたことが無いから、そんな風に心配を抱きはしないが、万一運転中の運転手が、突然目をまわしたり、心臓麻痺を起したりしたら、どんなことになるだろうとは、しょっ中考えている。
いう迄でもないが新宿から行くと、麹町三丁目から傾斜して半蔵門にいたり、あすこを直角に曲ると三宅坂まで、かなり急な坂である。麹町三丁目あたりでウンといったら、果してどうなるだろう。更に半蔵門を曲った所でそんな事変が起ったら、バスよ、汝は何処へ行く? である。乗客中に自動車の操縦を知っている人があれば無事である。車掌がかゝるエマージェンシイに処する知識を持っていれば、これは結構である。さもなくば大変な結果になるにきまっている。こんな事を考えているので、数日前夢を見た。僕がバスのハンドルを握って、文字通り夢中でそれを廻しているのである。ハンドルを右へ廻せば車体も右へ廻る。が、廻しきりでは理論上、車体は円を描いて了うから、一度方向が変ったら、すぐ元へもどさねばならぬ。これは僕も知っていた。然し止めようを知らぬ。右の方に二三本出ている棒を、いくら押しても引張っても、何のききめも無い。仕方がないから運を天にまかせて、あのお堀ばたの坂を突破し、電車の線路がY字形になっている所で桜田門の方へ行かず、まっすぐに参謀本部の裏口の坂へのし上げた。するとバスはうまく止ったが、止ると同時に逆行しはじめた。こいつはいけないと思う途端に目が覚めた。