山を思う

16話 中年者の幻想 一〇

726字 約1分 2018年8月4日 公開

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 紐育の地下鉄道――恐らく他の都市のもそうであろうが――は、運転手に万一のことが起る場合、直ちに自動停車をするようになっている。何でも運転手は制動機のハンドルを常に押えつけているので、この力がゆるむと電流が切れ、従って電車は停車するとのことである。これは僕が紐育にいた時、ひどい事故が起り、その時新聞に出ていた話なのであるが、すべての地下鉄道、路面電車、電気機関車が、そんな仕掛になっているのかどうか、僕は知らぬ。事実そうであるとしても、僕は当然だと思う。

 紐育にいた時に起った、一番面白い事件は、エレヴェーター・ボーイ達のストライキであった。彼等にもユニオンとノンユニオンとがあり、従って紐育中のエレヴェーターがとまって了ったのではないが、所謂ダウンタウンの何十階という建物のが動かなくなったには、閉口した人が多かった。十階、二十階と口でいえば何でもないが、余程の登山家ならばとにかく、普通のビジネスマンに取っては、エッサエッサ登って行くことは、容易ではない。

 その時の噂によると、ストライキを起したくても、口実を持たぬオペレータア達は、一策を案じ、その一人の、ウルウオース・ビルディングだかに勤めていたのが、婦人の客に乱暴を働いた。表面的には婦人天下の米国のことだから、この乱暴というのも、あるいは客の前で「ダム」とか、「ヘル」とかいった程度なのかも知れない。あるいはもっと、すくなくとも男として得をした程度の乱暴だったかも知れぬ。何にしても婦人は大きに怒り、地階に達するや否や巡査にこれを訴えた。その結果、この男は首になり、彼に同情してストライキが始ったとのことであった。この話、あるいはストライキ・ブレーカア達の悪宣伝かも知れぬが、中々面白い。

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