山を思う

28話 素材三つ 一、麓の娘

1,365字 約3分 2018年8月4日 公開

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 北アルプスの、ある有名な登山中心地、これをAとする。Aへ行くには省線の鉄道でDまで、こゝから電車か自動車でBという小村まで、そこからは峠を越して六里。Bは電車が出来るまでは人家が二三軒の寒村だった。電車が出来てからも、人家は四五軒になったゞけ、一番大きな建物は終点であるところの停車場と乗合自動車の発着場。

 駅のすぐ前に旅館兼休憩場で、煙草を売ったり、親子どんぶりを食わせたりする家がある。登山者は大勢Bの村落を通過するが、泊る人はめったになく、親子どんぶりを食う人もすくない。山から下りて来る人の方が、むしろこの家に立寄ることが多い。電車の出る一時間前に着いてしまったりして、退屈まぎれにこの家の土間で駄菓子を食う人もある。また六里の峠を雨で濡れて、土間で洋服を乾す人もある。

 この旅館に娘がいる。ちょっと綺麗な顔をしているので、一部の登山者仲間では評判になっている。当人もそれを知っているのだが、また毎年きまってBを通過する登山者の中には、妙に彼女の印象に残って仕方のない人もいるのだが、勿論どうすることも出来ない。

 Bには夏になると荷物かつぎをする若者が二三人いる。その一人がこの娘に惚れている。惚れたといっても山の中のことだから、ラヴ・レターを書いたり、音楽会へ招待したり、そんなことはしない。第一音楽会はないし、ラヴ・レターを書いたところで、Dまで投函に行き、それが電車に積まれてBへ帰って来て娘の家の前を通過し、半みち離れたBの本村の三等郵便局へ行き、そこから一日一回の配達が娘の家まで持って来るような有様だ(もっともこんな莫迦話は本物の小説には書かない。)せいぜい娘の家の背戸へ来て尺八を吹いたり、娘が行水をつかっているのをカボチャの葉がくれにのぞいて娘の親爺にぶん撲られたり、まアそんな真似をしている。

 娘は婦人雑誌を読んでいるからロマンチストでセンチメンタリストだ。都会の生活にあこがれを持っている。村の男に対しては非常に冷淡でお高くとまっている。然し夏になると、この男にひどく親切にする。男が山から帰って来ると冷い水を汲んでやったり、長さ三寸位な貧弱な玉蜀黍――山だから大した玉蜀黍は出来ない――を焼いてやったりする。男はよろこんで、たまに登山者の荷物を持ってDまで行ったりすると、何かしら手みやげを買って来る。だが男はこの娘の親切が、都会の登山者がいる時にかぎられていることに気がつかぬ。娘はハッキリした意思もなしに、都会の人々に自分にも恋愛があることを示したいような気持がして、それで男に親切にしてやるのである。

 やがて秋になり、桑の葉がカサカサ鳴るようになると、娘は憂鬱になってしまう。男など見向きもしない。男は相当に悩み、ある日山へ入ってあけびを沢山とって来る。日暮れ、埃っぽい路をポクポク歩いて娘の家へ帰って来ると、娘は五燭の電燈を低くさげて、一人で雑誌を読んでいる。上りかまちから声をかけても、娘は知らん顔をしている――「おい、お千代さん」と二度目にやゝ声高く叫んだ時、お千代は顔も上げずにいった「何さ?」「俺あ朝から大滝山の北谷へ入ってな、見な、あけびを籠一杯とって来た」「籠一杯のあけびをどうする気だね」お千代はプイと立って隣の座敷へ行ってしまった。――こんな風な結末にしようかと思っている。

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