105話 古事記 下つ卷 〔敏達天皇〕
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御子沼名倉太玉敷の命一、他田の宮二にましまして、一十四歳、天の下治らしめしき。この天皇、庶妹豐御食炊屋比賣の命に娶ひて、生みませる御子、靜貝の王、またの名は貝鮹の王、次に竹田の王、またの名は小貝の王、次に小治田の王、次に葛城の王、次に宇毛理の王、次に小張の王、次に多米の王、次に櫻井の玄の王八柱。また伊勢の大鹿の首が女、小熊子の郎女に娶ひて、生みませる御子、布斗比賣の命、次に寶の王、またの名は糠代比賣の王二柱。また息長眞手の王が女、比呂比賣の命に娶ひて、生みませる御子、忍坂の日子人の太子、またの名は麻呂古の王、次に坂騰の王、次に宇遲の王三柱。また春日の中つ若子が女、老女子の郎女に娶ひて、生みませる御子、難波の王、次に桑田の王、次に春日の王、次に大俣の王四柱。この天皇の御子たち并せて十七王の中に、日子人の太子、庶妹田村の王、またの名は糠代比賣の命に娶ひて、生みませる御子、岡本の宮にましまして、天の下治らしめしし天皇三、次に中つ王、次に多良の王三柱。また漢の王が妹、大俣の王に娶ひて、生みませる御子、智奴の王、次に妹桑田の王二柱。また庶妹玄の王に娶ひて、生みませる御子、山代の王、次に笠縫の王二柱。并はせて七王。甲辰の年四月六日崩りたまひき。御陵は川内の科長四にあり。
一 敏達天皇。
二 奈良縣磯城郡。
三 舒明天皇。この即位の事は、古事記の記事中もつとも新しい事實である。
四 大阪府南河内郡。