古事記 02 校註 古事記

105話 古事記 下つ卷 〔敏達天皇〕

599字 約1分 2013年7月15日 公開

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 御子沼名倉太玉敷(ぬなくらふとたましき)の命一、(をさ)田の宮二にましまして、一十四歳(とをまりよとせ)、天の下治らしめしき。この天皇、庶妹(ままいも)豐御食炊屋(とよみけかしぎや)比賣の命に娶ひて、生みませる御子、靜貝(しづかひ)の王、またの名は貝鮹(かひだこ)の王、次に竹田の王、またの名は小貝(をがひ)の王、次に小治田(をはりだ)の王、次に葛城の王、次に宇毛理(うもり)の王、次に小張(をはり)の王、次に多米(ため)の王、次に櫻井の(ゆみはり)の王八柱。また伊勢の大鹿(おほか)(おびと)が女、小熊(をくま)子の郎女に娶ひて、生みませる御子、布斗(ふと)比賣の命、次に寶の王、またの名は糠代(ぬかで)比賣の王二柱。また息長眞手(おきながまて)の王が女、比呂(ひろ)比賣の命に娶ひて、生みませる御子、忍坂(おさか)日子人(ひこひと)太子(みこのみこと)、またの名は麻呂古の王、次に坂(のぼり)の王、次に宇遲(うぢ)の王三柱。また春日の(なか)若子(わくご)が女、老女子(おみなこ)の郎女に娶ひて、生みませる御子、難波の王、次に桑田の王、次に春日の王、次に大俣(おほまた)の王四柱。この天皇の御子たち并せて十七王(とをまりななはしら)の中に、日子人の太子、庶妹(ままいも)田村の王、またの名は糠代(ぬかで)比賣の命に娶ひて、生みませる御子、岡本の宮にましまして、天の下治らしめしし天皇三、次に中つ王、次に多良(たら)の王三柱。また(あや)の王が妹、大俣の王に娶ひて、生みませる御子、智奴(ちぬ)の王、次に妹桑田の王二柱。また庶妹(ゆみはり)の王に娶ひて、生みませる御子、山代(やましろ)の王、次に笠縫の王二柱。并はせて七王(ななはしら)。甲辰の年四月六日崩りたまひき。御陵は川内の科長(しなが)四にあり。

一 敏達天皇。

二 奈良縣磯城郡。

三 舒明天皇。この即位の事は、古事記の記事中もつとも新しい事實である。

四 大阪府南河内郡。

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