12話 古事記 上つ卷 序并はせたり 〔四、大國主の神〕
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〔菟と鰐〕
かれこの大國主の神の兄弟八十神一ましき。然れどもみな國は大國主の神に避りまつりき。避りし所以は、その八十神おのもおのも稻羽の八上比賣二を婚はむとする心ありて、共に稻羽に行きし時に、大穴牟遲の神に《ふくろ》を負せ、從者として率て往きき三。ここに氣多の前四に到りし時に、裸なる菟伏せり。ここに八十神その菟に謂ひて云はく、「汝爲まくは、この海鹽を浴み、風の吹くに當りて、高山の尾の上に伏せ」といひき。かれその菟、八十神の教のまにまにして伏しつ。ここにその鹽の乾くまにまに、その身の皮悉に風に吹き拆かえき。かれ痛みて泣き伏せれば、最後に來ましし大穴牟遲の神、その菟を見て、「何とかも汝が泣き伏せる」とのりたまひしに、菟答へて言さく「僕、淤岐の島五にありて、この地に度らまくほりすれども、度らむ因なかりしかば、海の鰐六を欺きて言はく、吾と汝と競ひて族の多き少きを計らむ。かれ汝はその族のありの悉率て來て、この島より氣多の前まで、みな列み伏し度れ。ここに吾その上を蹈みて走りつつ讀み度らむ。ここに吾が族といづれか多きといふことを知らむと、かく言ひしかば、欺かえて列み伏せる時に、吾その上を蹈みて讀み度り來て、今地に下りむとする時に、吾、汝は我に欺かえつと言ひ畢れば、すなはち最端に伏せる鰐、我を捕へて、悉に我が衣服を剥ぎき。これに因りて泣き患へしかば、先だちて行でましし八十神の命もちて誨へたまはく、海鹽を浴みて、風に當りて伏せとのりたまひき。かれ教のごとせしかば、我が身悉に傷はえつ」とまをしき。ここに大穴牟遲の神、その菟に教へてのりたまはく、「今急くこの水門に往きて、水もちて汝が身を洗ひて、すなはちその水門の蒲の黄七を取りて、敷き散して、その上に輾い轉びなば、汝が身本の膚のごと、かならず差えなむ」とのりたまひき。かれ教のごとせしかば、その身本の如くになりき。こは稻羽の素菟といふものなり。今には菟神といふ。かれその菟、大穴牟遲の神に白さく、「この八十神は、かならず八上比賣を得じ。《ふくろ》を負ひたまへども、汝が命ぞ獲たまはむ」とまをしき。
ここに八上比賣、八十神に答へて言はく、「吾は汝たちの言を聞かじ、大穴牟遲の神に嫁はむ」といひき。
一 多くの神。神話にいう兄弟は、眞實の兄弟ではない。
二 鳥取縣八頭郡八上の地にいた姫。
三 七福神の大黒天を大國主の神と同神とする説のあるのは、大國と大黒と字音が同じなのと、ここに袋を背負つたことがあるからであるが、大黒天はもとインドの神で別である。
四 島根縣氣高郡末恒村の日本海に出た岬角。
五 日本海の隱岐の島。ただし氣多の前の海中にも傳説地がある。
六 フカの類。やがてその知識に、蛇、龜などの要素を取り入れて想像上の動物として發達した。フカの實際を知らない者が多かつたからである。
七 カマの花粉。
〔貝比賣と蛤貝比賣〕
かれここに八十神忿りて、大穴牟遲の神を殺さむとあひ議りて、伯伎の國の手間の山本一に至りて云はく、「この山に赤猪あり、かれ我どち追ひ下しなば、汝待ち取れ。もし待ち取らずは、かならず汝を殺さむ」といひて、火もちて猪に似たる大石を燒きて、轉し落しき。ここに追ひ下し取る時に、すなはちその石に燒き著かえて死せたまひき。ここにその御祖の命二哭き患へて、天にまゐ上りて、神産巣日の命に請したまふ時に、貝比賣と蛤貝比賣とを遣りて、作り活かさしめたまひき。ここに貝比賣きさげ集めて、蛤貝比賣待ち承けて、母の乳汁と塗りしかば三、麗しき壯夫になりて出であるきき。
一 鳥取縣西伯郡天津村。
二 母の神。
三 赤貝の汁をしぼつて蛤の貝に受け入れて母の乳汁として塗つた。古代の火傷の療法である。