古事記 02 校註 古事記

12話 古事記 上つ卷 序并はせたり 〔四、大國主の神〕

1,515字 約3分 2013年7月15日 公開

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〔菟と鰐〕

 かれこの大國主の神の兄弟(はらから)八十(やそ)神一ましき。然れどもみな國は大國主の神に()りまつりき。避りし所以(ゆゑ)は、その八十神おのもおのも稻羽(いなば)八上(やかみ)比賣二を(よば)はむとする心ありて、共に稻羽に行きし時に、大穴牟遲(おほあなむぢ)の神に《ふくろ》を負せ、從者(ともびと)として()て往きき三。ここに氣多(けた)(さき)四に到りし時に、(あかはだ)なる(うさぎ)伏せり。ここに八十神その菟に謂ひて云はく、「(いまし)()まくは、この海鹽(うしほ)を浴み、風の吹くに當りて、高山の尾の上に伏せ」といひき。かれその菟、八十神の教のまにまにして伏しつ。ここにその鹽の乾くまにまに、その身の皮悉に風に吹き()かえき。かれ痛みて泣き伏せれば、最後(いやはて)に來ましし大穴牟遲の神、その菟を見て、「何とかも汝が泣き伏せる」とのりたまひしに、菟答へて言さく「(あれ)淤岐(おき)の島五にありて、この(くに)に度らまくほりすれども、度らむ(よし)なかりしかば、海の鰐六を欺きて言はく、(われ)(いまし)と競ひて(やから)の多き少きを計らむ。かれ汝はその族のありの(ことごと)()て來て、この島より氣多(けた)(さき)まで、みな()み伏し度れ。ここに吾その上を蹈みて走りつつ讀み度らむ。ここに吾が族といづれか多きといふことを知らむと、かく言ひしかば、欺かえて()み伏せる時に、吾その上を蹈みて讀み度り來て、今(つち)に下りむとする時に、吾、(いまし)は我に欺かえつと言ひ(をは)れば、すなはち最端(いやはて)に伏せる鰐、(あれ)を捕へて、悉に我が衣服(きもの)を剥ぎき。これに因りて泣き患へしかば、先だちて行でましし八十神の命もちて(をし)へたまはく、海鹽(うしほ)を浴みて、風に當りて伏せとのりたまひき。かれ教のごとせしかば、()が身悉に(そこな)はえつ」とまをしき。ここに大穴牟遲の神、その菟に教へてのりたまはく、「今()くこの水門(みなと)に往きて、水もちて汝が身を洗ひて、すなはちその水門の(かま)(はな)七を取りて、敷き散して、その上に()(まろ)びなば、汝が身本の(はだ)のごと、かならず()えなむ」とのりたまひき。かれ教のごとせしかば、その身本の如くになりき。こは稻羽(いなば)素菟(しろうさぎ)といふものなり。今には菟神といふ。かれその菟、大穴牟遲の神に白さく、「この八十神は、かならず八上(やがみ)比賣を得じ。《ふくろ》を負ひたまへども、汝が命ぞ獲たまはむ」とまをしき。

 ここに八上(やがみ)比賣、八十神に答へて言はく、「吾は汝たちの言を聞かじ、大穴牟遲の神に()はむ」といひき。

一 多くの神。神話にいう兄弟は、眞實の兄弟ではない。

二 鳥取縣八頭郡八上の地にいた姫。

三 七福神の大黒天を大國主の神と同神とする説のあるのは、大國と大黒と字音が同じなのと、ここに袋を背負つたことがあるからであるが、大黒天はもとインドの神で別である。

四 島根縣氣高郡末恒村の日本海に出た岬角。

五 日本海の隱岐の島。ただし氣多の前の海中にも傳説地がある。

六 フカの類。やがてその知識に、蛇、龜などの要素を取り入れて想像上の動物として發達した。フカの實際を知らない者が多かつたからである。

七 カマの花粉。

〔貝比賣と蛤貝比賣〕

 かれここに八十神忿(いか)りて、大穴牟遲の神を殺さむとあひ(はか)りて、伯伎(ははき)の國の手間(てま)の山本一に至りて云はく、「この山に赤猪(あかゐ)あり、かれ我どち追ひ下しなば、汝待ち取れ。もし待ち取らずは、かならず汝を殺さむ」といひて、火もちて猪に似たる大石を燒きて、(まろば)し落しき。ここに追ひ下し取る時に、すなはちその石に燒き()かえて()せたまひき。ここにその御祖(みおや)の命二哭き患へて、天にまゐ(のぼ)りて、神産巣日(かむむすび)の命に(まを)したまふ時に、(きさがひ)比賣と蛤貝(うむがひ)比賣とを遣りて、作り活かさしめたまひき。ここに貝比賣きさげ集めて、蛤貝比賣待ち()けて、(おも)乳汁(ちしる)と塗りしかば三、(うるは)しき壯夫(をとこ)になりて出であるきき。

一 鳥取縣西伯郡天津村。

二 母の神。

三 赤貝の汁をしぼつて(はまぐり)の貝に受け入れて母の乳汁として塗つた。古代の火傷の療法である。

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