13話 古事記 上つ卷 序并はせたり 〔根の堅州國〕
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ここに八十神見てまた欺きて、山に率て入りて、大樹を切り伏せ、茹矢一をその木に打ち立て、その中に入らしめて、すなはちその氷目矢を打ち離ちて、拷ち殺しき。ここにまたその御祖、哭きつつ求ぎしかば、すなはち見得て、その木を拆きて、取り出で活して、その子に告りて言はく、「汝ここにあらば、遂に八十神に滅さえなむ」といひて、木の國二の大屋毘古の神三の御所に違へ遣りたまひき。ここに八十神覓ぎ追ひ臻りて、矢刺して乞ふ時に、木の俣より漏き逃れて去にき。御祖の命、子に告りていはく、「須佐の男の命のまします根の堅州國四にまゐ向きてば、かならずその大神議りたまひなむ」とのりたまひき。かれ詔命のまにまにして須佐の男の命の御所に參ゐ到りしかば、その女須勢理毘賣出で見て、目合して五婚ひまして、還り入りてその父に白して言さく、「いと麗しき神來ましつ」とまをしき。ここにその大神出で見て、「こは葦原色許男の命といふぞ」とのりたまひて、すなはち喚び入れて、その蛇の室六に寢しめたまひき。ここにその妻須勢理毘賣の命、蛇のひれ七をその夫に授けて、「その蛇咋はむとせば、このひれを三たび擧りて打ち撥ひたまへ」とまをしたまひき。かれ教のごとせしかば、蛇おのづから靜まりぬ。かれ平く寢て出でましき。また來る日の夜は、呉公と蜂との室に入れたまひしを、また呉公蜂のひれを授けて、先のごと教へしかば、平く出でたまひき。また鳴鏑八を大野の中に射入れて、その矢を採らしめたまひき。かれその野に入りましし時に、すなはち火もちてその野を燒きらしつ。ここに出づる所を知らざる間に、鼠來ていはく、「内はほらほら、外はすぶすぶ九」と、かく言ひければ、其處を踏みしかば、落ち隱り入りし間に、火は燒け過ぎき。ここにその鼠、その鳴鏑を咋ひて出で來て奉りき。その矢の羽は、その鼠の子どもみな喫ひたりき。
ここにその妻須世理毘賣は、喪つ具一〇を持ちて哭きつつ來まし、その父の大神は、すでに死せぬと思ほして、その野に出でたたしき。ここにその矢を持ちて奉りし時に、家に率て入りて、八田間の大室一一に喚び入れて、その頭の虱を取らしめたまひき。かれその頭を見れば、呉公多にあり。ここにその妻、椋の木の實と赤土とを取りて、その夫に授けつ。かれその木の實を咋ひ破り、赤土を含みて唾き出だしたまへば、その大神、呉公を咋ひ破りて唾き出だすとおもほして、心に愛しとおもほして寢したまひき。ここにその神の髮を握りて、その室の椽ごとに結ひ著けて、五百引の石一二を、その室の戸に取り塞へて、その妻須世理毘賣を負ひて、すなはちその大神の生大刀と生弓矢一三またその天の沼琴一四を取り持ちて、逃げ出でます時に、その天の沼琴樹に拂れて地動鳴みき。かれその寢したまへりし大神、聞き驚かして、その室を引き仆したまひき。然れども椽に結へる髮を解かす間に遠く逃げたまひき。かれここに黄泉比良坂に追ひ至りまして、遙に望けて、大穴牟遲の神を呼ばひてのりたまはく、「その汝が持てる生大刀生弓矢もちて汝が庶兄弟をば、坂の御尾に追ひ伏せ、また河の瀬に追ひ撥ひて、おれ一五大國主の神となり、また宇都志國玉の神一六となりて、その我が女須世理毘賣を嫡妻として、宇迦の山一七の山本に、底津石根に宮柱太しり、高天の原に氷椽高しりて一八居れ。この奴」とのりたまひき。かれその大刀弓を持ちて、その八十神を追ひ避くる時に、坂の御尾ごとに追ひ伏せ、河の瀬ごとに追ひ撥ひて國作り始めたまひき一九。
かれその八上比賣は先の期のごとみとあたはしつ二〇。かれその八上比賣は、率て來ましつれども、その嫡妻須世理毘賣を畏みて、その生める子をば、木の俣に刺し挾みて返りましき。かれその子に名づけて木の俣の神といふ、またの名は御井の神といふ。
一 クサビ形の矢。氷目矢とあるも同じ。
二 紀伊の國(和歌山縣)
三 家屋の神。イザナギ、イザナミの生んだ子の中にあつた。ただしスサノヲの命の子とする説がある。
四 既出、地下の國。
五 互に見合うこと。
六 古代建築にはムロ型とス型とある。ムロは穴を掘つて屋根をかぶせた形のもので濕氣の多い地では蟲のつくことが多い。スは足をつけて高く作る。どちらも原住地での習俗を移したものだろうが、ムロ型は亡びた。
七 蛇を支配する力のあるヒレ。ヒレは、白い織物で女子が頸にかける。これを振ることによつて威力が發生する。次のヒレも同じ。
八 射ると鳴りひびくように作つた矢。
九 入口は狹いが内部は廣い。古墳のあとだろうという。
一〇 葬式の道具。
一一 柱間の數の多い大きな室。
一二 五百人で引くほどの巨石。
一三 生命の感じられる大刀弓矢。
一四 美しいりつぱな琴。
一五 親愛の第二人稱。
一六 現實にある國土の神靈。
一七 島根縣出雲市出雲大社の東北の御埼山。
一八 壯大な宮殿建築をする意の常用句。地底の石に柱をしつかと建て、空中に高く千木をあげて作る。ヒギ、チギともいう。屋上に交叉して突出している材。今では神社建築に見られる。
一九 國土經營をはじめた。
二〇 婚姻した。