古事記 02 校註 古事記

14話 古事記 上つ卷 序并はせたり 〔八千矛の神の歌物語〕

2,478字 約5分 2013年7月15日 公開

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 この八千矛(やちほこ)の神一、高志(こし)の國の沼河比賣(ぬなかはひめ)二を(よば)はむとして()でます時に、その沼河比賣の家に到りて三歌よみしたまひしく、

八千矛(やちほこ)の 神の命は、

八島國 妻()ぎかねて、

遠遠し 高志(こし)の國に

(さか)()を ありと聞かして、

(くは)()を ありと()こして、

(よば)ひに あり立たし四

婚ひに あり通はせ、

大刀が緒も いまだ解かずて、

(おすひ)をも いまだ解かね五、

孃子(をとめ)の ()すや六板戸を

()そぶらひ七 ()が立たせれば、

引こづらひ ()が立たせれば、

青山に 《ぬえ》八は鳴きぬ。

()つ鳥 雉子(きぎし)(とよ)む。

庭つ鳥 (かけ)は鳴く。

うれたくも九 鳴くなる鳥か。

この鳥も うち()めこせね。

いしたふや一〇 天馳使(あまはせづかひ)一一、

事の 語りごとも こをば一二。  (歌謠番號二)

 ここにその沼河日賣(ぬなかはひめ)、いまだ戸を(ひら)かずて内より歌よみしたまひしく、

八千矛(やちほこ)の 神の命。

ぬえくさの一三 ()にしあれば、

()が心 浦渚(うらす)の鳥ぞ一四。

今こそは ()鳥にあらめ。

後は 汝鳥(などり)にあらむを、

命は な()せたまひそ一五。

いしたふや 天馳使、

事の 語りごとも こをば。  (歌謠番號三)

青山に 日が隱らば、

ぬばたまの一六 夜は出でなむ。

朝日の ()み榮え來て、

(たくづの)の一七 白き(ただむき)

沫雪の一八 わかやる胸を

(だた)き 叩きまながり

眞玉手 玉手差し()

(もも)長に ()宿()さむを。

あやに な戀ひきこし一九。

八千矛の 神の命。

事の 語りごとも こをば。  (歌謠番號四)

 かれその夜は合はさずて、明日(くるつひ)の夜御合(みあひ)したまひき。

 またその神の嫡后(おほぎさき)須勢理毘賣(すせりびめ)の命、いたく嫉妬(うはなりねた)み二〇したまひき。かれその日子(ひこ)ぢの神二一侘()びて、出雲より(やまと)の國に上りまさむとして、裝束(よそひ)し立たす時に、片御手は御馬(みま)の鞍に()け、片御足はその御鐙(みあぶみ)に蹈み入れて、歌よみしたまひしく、

ぬばたまの 黒き御衣(みけし)

まつぶさに 取り(よそ)ひ二二

(おき)つ鳥二三 (むな)見る時、

()たたぎ二四も これは(ふさ)はず、

()つ浪 そに脱き()て、

(そにどり)の二五 青き御衣(みけし)

まつぶさに 取り裝ひ

奧つ鳥 胸見る時、

羽たたぎも こも(ふさ)はず、

邊つ浪 そに脱き()て、

山縣二六に ()きし あたねつき二七

(そめ)木が(しる)に 染衣(しめごろも)

まつぶさに 取り裝ひ

奧つ鳥 胸見る時、

羽たたぎも ()しよろし。

いとこやの二八 妹の命二九、

(むら)鳥の三〇 ()が群れ()なば、

引け鳥三一の 吾が引け往なば、

泣かじとは ()は言ふとも、

山跡(やまと)の 一本(ひともと)すすき

(うな)(かぶ)し三二 汝が泣かさまく三三

朝雨の さ三四霧に()たむぞ。

若草の三五 (つま)の命。

事の 語りごとも こをば。  (歌謠番號五)

 ここにその(きささ) 大御酒杯(さかづき)を取らして、立ち依り指擧(ささ)げて、歌よみしたまひしく、

八千矛の 神の命や、

()が大國主。

()こそは ()にいませば、

うち《み》る三六 島三七の埼埼

かき《み》る 磯の埼おちず三八、

若草の (つま)持たせらめ三九。

()はもよ ()にしあれば、

()()て四〇 ()は無し。

()を除て (つま)は無し。

文垣(あやかき)の ふはやが下に四一、

蒸被(むしぶすま) (にこや)が下に四二、

(たくぶすま) さやぐが下に四三、

沫雪(あわゆき)の わかやる胸を

(たくづの)の 白き(ただむき)

(だた)き 叩きまながり四四

ま玉手 玉手差し()

股長(ももなが)に ()をしなせ。

豐御酒(とよみき) たてまつらせ四五。  (歌謠番號六)

 かく歌ひて、すなはち(うき)()ひして四六、項懸(うなが)けりて四七、今に至るまで鎭ります。こを神語(かむがたり)四八といふ。

一 多くの武器のある神の義。大國主の神の別名。三八頁參照。

二 北越の沼河の地の姫。ヌナカハは今の糸魚川町附近だという。

三 男子が夜間女子の家を訪れるのが古代の婚姻の風習である。

四 ヨバヒは、呼ぶ義で婚姻を申し入れる意。サは接頭語。アリタタシは、お立ちになつて。動詞の上につけるアリは在りつつの意。タタシは立つの敬語。

五 オスヒをもまだ解かないのに。オスヒは通例の服裝の上に著る衣服。禮裝、旅裝などに使用する。トカネは解かないのにの意。

六 ナスは寢るの敬語。ヤは感動の助詞で調子をつけるために使う。

七 押しゆすぶつて。

八 今トラツグミという鳥。夜間飛んで鳴く。

九 歎かわしいことに。

一〇 イ下フで、下方にいる意だろう。イは接頭語。ヤは感動の助詞。

一一 走り使いをする部族。アマは神聖なの意につける。この種の歌を語り傳える部族。

一二 この事をば。この通りです。

一三 譬喩による枕詞。なえた草のような。

一四 水鳥です。おちつかない譬喩。

一五 おなくなりなさるな。

一六 譬喩による枕詞。カラスオウギの實は黒いから夜に冠する。

一七 同前。楮で作つた綱は白い。

一八 同前。アワのような大きな雪。

一九 たいへんに戀をなさいますな。

二〇 第二の妻に對する憎み。

二一 夫の神。

二二 十分に著用して。

二三 譬喩による枕詞。水鳥のように胸をつき出して見る。

二四 奧つ鳥と言つたので、その縁でいう。身のこなし。

二五 譬喩による枕詞。カワセミ。青い鳥。

二六 山の料地。

二七 アタネは、アカネに同じというが不明。アカネはアカネ科の蔓草。根をついてアカネ色の染料をとる。

二八 イトコは親愛なる人。ヤは接尾語。

二九 女子の敬稱。

三〇 譬喩による枕詞。

三一 同前。空とおく引き去る鳥。

三二 首をかしげて。うなだれて。

三三 お泣きになることは。マクは、ムコトに相當する。

三四 眞福寺本、サに當る字が無い。

三五 譬喩による枕詞。

三六 このミルは、原文「微流」。微は、古代のミの音聲二種のうちの乙類に屬し、甲類の見るのミの音聲と違う。それでる意であり、ここはつているの意有坂博士で次の語を修飾する。

三七 シマは水面に臨んだ土地。はなれ島には限らない。

三八 磯の突端のどこでも。

三九 お持ちになつているでしよう。モタセ、持ツの敬語の命令形。ラ、助動詞の未然形。メ、助動詞ムの已然形で、上の係助詞コソを受けて結ぶ。

四〇 汝をおいては。

四一 織物のトバリのふわふわした下で。

四二 あたたかい寢具のやわらかい下で。

四三 楮の衾のざわざわする下で。

四四 叩いて抱きあい。

四五 めしあがれ。奉るの敬語の命令形。

四六 酒盃をとりかわして約束して。

四七 首に手をかけて。

四八 以上の歌の名稱で、以下この種の名稱が多く出る。これは歌曲として傳えられたのでその歌曲としての名である。この八千矛の神の贈答の歌曲は舞を伴なつていたらしい。

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