古事記 02 校註 古事記

19話 古事記 上つ卷 序并はせたり 〔天若日子〕

2,720字 約5分 2013年7月15日 公開

読み方を変える
字の大きさ
行の間隔
1行の長さ
書体
配色
組み方

 天照らす大御神の命もちて、「豐葦原の千秋(ちあき)長五百秋(ながいほあき)水穗(みづほ)の國一は、我が御子正勝吾勝勝速日(まさかあかつかちはやひ)天の忍穗耳(おしほみみ)の命の知らさむ國」と、言依(ことよ)さしたまひて、天降(あまくだ)したまひき。ここに天の忍穗耳の命、天の浮橋に立たして詔りたまひしく、「豐葦原の千秋の長五百秋の水穗の國は、いたくさやぎてありなり二」と()りたまひて、更に還り上りて、天照らす大御神にまをしたまひき。ここに高御産巣日(たかみむすび)の神三、天照らす大御神の命もちて、天の安の河の河原に八百萬の神を神集(かむつど)へに集へて、思金の神に思はしめて詔りたまひしく、「この葦原の中つ國四は、我が御子の知らさむ國と、言依さしたまへる國なり。かれこの國にちはやぶる荒ぶる國つ神五どもの(さは)なると思ほすは、いづれの神を使はしてか言趣(ことむ)けなむ」とのりたまひき。ここに思金の神また八百萬の神(たち)議りて白さく、「天の菩比(ほひ)の神六、これ遣はすべし」とまをしき。かれ天の菩比の神を遣はししかば、大國主の神に媚びつきて、三年に至るまで復奏(かへりごと)まをさざりき。

 ここを以ちて高御産巣日の神、天照らす大御神、また諸の神たちに問ひたまはく、「葦原の中つ國に遣はせる天の菩比の神、久しく復奏(かへりごと)まをさず、またいづれの神を使はしてば()けむ」と告りたまひき。ここに思金の神答へて白さく、「天津國玉(あまつくにだま)の神七の子天若日子(あめわかひこ)八を遣はすべし」とまをしき。かれここに(あめ)麻迦古弓(まかこゆみ)九天の波波矢(ははや)一〇を天若日子に賜ひて遣はしき。ここに天若日子、その國に降り到りて、すなはち大國主の神の女下照(したて)比賣(ひめ)()ひ、またその國を獲むと(おも)ひて、八年に至るまで復奏(かへりごと)まをさざりき。

 かれここに天照らす大御神、高御産巣日の神、また諸の(かみ)たちに問ひたまはく、「天若日子久しく復奏(かへりごと)まをさず、またいづれの神を遣はして、天若日子が久しく留まれる所由(よし)を問はむ」とのりたまひき。ここに諸の神たちまた思金の神答へて白さく、「雉子(きぎし)()鳴女(なきめ)一一を遣はさむ」とまをす時に、詔りたまはく、「(いまし)行きて天若日子に問はむ状は、汝を葦原の中つ國に遣はせる所以(ゆゑ)は、その國の荒ぶる神たちを言趣(ことむ)(やは)せとなり。何ぞ八年になるまで、復奏まをさざると問へ」とのりたまひき。

 かれここに鳴女(なきめ)、天より()り到りて、天若日子が門なる湯津桂(ゆつかつら)一二の上に居て、委曲(まつぶさ)に天つ神の詔命(おほみこと)のごと言ひき。ここに(あめ)佐具賣(さぐめ)一三、この鳥の言ふことを聞きて、天若日子に語りて、「この鳥はその鳴く(こゑ)いと惡し。かれみづから射たまへ」といひ進めければ、天若日子、天つ神の賜へる天の波士弓(はじゆみ)天の加久矢(かくや)一四をもちて、その雉子(きぎし)を射殺しつ。ここにその矢雉子の胸より通りて(さかさま)に射上げて、天の安の河の河原にまします天照らす大御神高木(たかぎ)の神一五の御所(みもと)(いた)りき。この高木の神は、高御産巣日の神の(また)(みな)なり。かれ高木の神、その矢を取らして見そなはせば、その矢の羽に血著きたり。ここに高木の神告りたまはく、「この矢は天若日子に賜へる矢ぞ」と告りたまひて、諸の神たちに()せて詔りたまはく、「もし天若日子、(みこと)(たが)へず、(あら)ぶる神を射つる矢の到れるならば、天若日子にな(あた)りそ。もし(きたな)き心あらば、天若日子この矢にまがれ一六」とのりたまひて、その矢を取らして、その矢の穴より衝き返し下したまひしかば、天若日子が、朝床一七に寢たる高胸坂(たかむなさか)に中りて死にき。こは還矢の本なり。またその雉子(きぎし)還らず。かれ今に諺に雉子の頓使(ひたづかひ)一八といふ本これなり。

 かれ天若日子が()下照(したて)比賣(ひめ)()く聲、風のむた一九響きて天に到りき。ここに天なる天若日子が父天津國玉(あまつくにたま)の神、またその妻子(めこ)二〇ども聞きて、降り來て哭き悲みて、其處に喪屋(もや)二一を作りて、河鴈を岐佐理持(きさりもち)二二とし、(さぎ)掃持(ははきもち)二三とし、翠鳥(そにどり)御食人(みけびと)二四とし、雀を碓女(うすめ)二五とし、雉子を哭女(なきめ)とし、かく行ひ定めて、日八日(やか)八夜(やよ)を遊びたりき二六。

 この時阿遲志貴高日子根(あぢしきたかひこね)の神()まして、天若日子が()を弔ひたまふ時に、天より()り到れる天若日子が父、またその妻みな哭きて、「我が子は死なずてありけり」「我が君は死なずてましけり」といひて、手足に取り懸かりて、哭き悲みき。その(あやま)てる所以(ゆゑ)は、この二柱の神の容姿(かたち)いと能く()れり。かれここを以ちて過てるなり。ここに阿遲志貴高日子根の神、いたく怒りていはく、「我は(うるは)しき友なれ二七こそ弔ひ來つらくのみ。何ぞは吾を、穢き(しに)人に()ふる」といひて、御佩(みはかし)の十(つか)の劒を拔きて、その喪屋(もや)を切り伏せ、足もちて()ゑ離ち遣りき。こは美濃の國の藍見(あゐみ)河二八の河上なる喪山(もやま)といふ山なり。その持ちて切れる大刀の名は大量(おほばかり)といふ。またの名は神度(かむど)の劒といふ。かれ阿治志貴高日子根の神は、忿(いか)りて飛び去りたまふ時に、その同母妹(いろも)高比賣(たかひめ)の命、その御名を顯さむと思ほして歌ひたまひしく、

天なるや二九 弟棚機(おとたなばた)三〇の

うながせる 玉の御統(みすまる)三一、

御統に あな玉はや三二。

(たに) (ふた)わたらす三三

阿遲志貴高日子根(あぢしきたかひこね)の神ぞ。  (歌謠番號七)

 この歌は夷振(ひなぶり)三四なり。

一 日本國の美稱。ゆたかな葦原で永久に穀物のよく生育する國の義。

二 たいへん騷いでいる。アリナリは古い語法。ラ行變格動詞の終止形にナリが接續している。

三 この神が加わるのは思想的な意味からである。

四 日本國。葦原の中心である國。

五 暴威を振う亂暴な土地の神。

六 誓約の條に出現した神。出雲氏の祖先神で、出雲氏の方ではよく活躍したという。古事記日本書紀は中臣氏系統の傳來が主になつているのでわるくいう。

七 天の土地の神靈。

八 天から來た若い男。傳説上の人物として後世の物語にも出る。

九 鹿の靈威のついている弓。

一〇 大きな羽をつけた矢。

一一 キギシの鳥名はその鳴聲によつていう。よつて逆にその名を鳴く女の意にいう。

一二 神聖な桂樹。野鳥である雉子などが門口の樹に來て鳴くのを氣にして何かのしるしだろうとする。

一三 實相を探る女。巫女で鳥の鳴聲などを判斷する。

一四 前に出た弓矢。ハジ弓はハジの木の弓。カク矢は鹿兒矢で鹿の靈威のついている矢。

一五 タカミムスビの神の神靈の宿る所についていうのだろう。

一六 曲れで、災難あれの意になる。

一七 胡床(あぐら)とする傳えもある。

一八 ひたすらの使、行つたきりの使。

一九 風と共に。

二〇 天における天若日子の妻子。

二一 葬式は別に家を作つて行う風習である。

二二 食物を入れた器を持つて行く者。

二三 ホウキで穢を拂う意である。

二四 食物を作る人。

二五 臼でつく女。

二六 葬式の時に連日連夜歌舞してけがれを拂う風習である。

二七 友だちだから。

二八 岐阜縣長良川の上流。

二九 ヤは間投の助詞。

三〇 若い機おり姫。機おりは女子の技藝として尊ばれていた。

三一 頸にかけている緒に貫いた玉。

三二 大きな珠。ハヤは感動を示す。

三三 谷を二つ同時に渡る。ミは美稱。

三四 歌曲の名。

目次に戻る

目次